ゾンビ令嬢は自分を抑えることができなかった
地中から延ばした右手は、ついに地表へと突き抜けた。
埋葬というには雑過ぎる埋め方が幸いしたのだろう。まだやわらかい土をかき分けて、そのまま地上に這い出る。
虫の音が鳴り響く中、立ち上がり全身の土を手ではらい、やっと一息――はつけなかった。
なぜなら息をしていないから。
死せる侯爵令嬢ミカエラは、ゾンビとなり蘇った。
周辺を見回すと、月灯りしかない闇夜だというのに、不思議とよく見えた。視線を上に向けると、雑木林の向こうに王都を守る城壁が見え、下に向ければ粗雑な墓石がいくつもある。どうやら身寄りの無い人間を葬る共同墓地にいるらしい。人の姿は見当たらない。
「どうしたものだか……」
息もしていないのに声は出せたが、独り言に答える者もない。
最期の記憶によると、馬車での移動中に襲撃され、乗り込んできた暗殺者の凶刃を胸に受けて絶命したはずだ。そこは間違いない。なにせ凶器の短剣は今も胸に刺さっている。にもかかわらず生き返っ――てはいないようだが、とにかくこうして立っている。
体を見下ろしてみると、胸から短剣の柄が飛び出し、衣服は血塗れ。どうみても死体です。だが、欠損している部位は無く、手足は自由に動く。
腐敗の兆候もないので、埋められてからそんなに時間は経っていないのかもしれない。
しばらく考えたが、ゾンビになる心当たりもないし、とりあえず、この件はおいておくことにした。それより、自分を殺した連中をどうにかしなければ。
あの時、致命傷を負った自分は、しばらく意識があった。もはや目を開く力すらなかったが、音だけは聴こえており、現場で会話する者がいたことを覚えている。襲撃者たちに首尾を確認するその声は、婚約者である王太子のものだった。
裏切られた、とは思わない。王太子と自分の関係は、元から最悪だったので。
◇
ミカエラの実家であるジョンソン侯爵家は代々重職に就いており、国王の信頼も篤い。そんな侯爵家の令嬢と王太子の婚約は、さしたる障害もなく結ばれ、このままつつがなく次代の王を支える王太子妃となるはずだった。
だが、王太子はそうは考えなかった。当人が知らぬうちに父親同士が婚約を決めてしまったため、なんとか白紙に戻そうと、やっきになってアンチ侯爵家キャンペーンを張っていった。
――侯爵は野心家だ。このまま外戚になれば専横は避けられない。娘もやばい。将来、奴が王妃になったりしたら、親子そろって好き放題にやらかすだろう――
そこまで言われる理由が、ミカエラにはわからなかった。なぜバレた。
実のところ、侯爵家は父も娘も権力とか大好きだった。
バレたものはしょうがない。切り替えていこう。
王太子がそんな感じなので、王族、貴族に大商会と、有力者にせっせと根回しをしていった。未来の国母にミカエラを、ミカエラをよろしくお願いします。実際自分は優秀だったので、外堀はどんどん埋まっていく。
一方、手詰まりとなった王太子は、嫌がらせで対抗してきた。瑕疵がないなら心を折ってしまえということらしい。しょうもない悪あがきである。
嫌味暴言無視に職場放棄、他の女とイチャつくとこまで見せつけてきやがった。
冷遇に耐える被害者ムーブでかわして、逆に同情票を集めることができたが、それはそれとして腹はたつ。後で覚えとけよこの野郎。
ちなみに、悪口の類はだいたい事実だったので、誹謗ではあるが中傷ではない。
◇
今思うと、低レベルな行動はカモフラージュだった。あのバカには大したことはできまいと侮った結果がこれだ。
暗愚な王に代わって国を治める賢い王妃となる未来を思い浮かべてニヤニヤしてたとこを、横からおもいきりぶん殴られてしまった。
くそっ! そっちが暴力でくるなら、こっちも我慢せずに殴っておけばよかった。
じっと手を見る。
いや、今からでも遅くないな。
自由に動く手足があるのだ。遠慮せずにボコボコにすればよいではないか。
そうは言っても、さすがに身一つで殴りこむのは無謀に過ぎる。手勢が必要だが、侯爵家の家中の者を集めようにも……と考えていると「ボコッ」と音がした。
見れば目の前の地面から手が突きだしている。さっきの自分もこんな感じだったし、稀によくあることなのかもしれない。
あちこちから次々と同じような音がする。稀じゃなかった。
夏場のセミのように土をかき分けて這い出してきたのは、年季がいった感じの死体の皆さんである。ゾンビだこれ。
普通は悲鳴でもあげるところだが恐怖は感じない。自分も同類だからだろうか。
ただ、ゾンビ先輩たちは、かなり熟成されているため、あまり近くで見たいものではなかった。
気配りに定評のある自分は、皆さんが気を悪くしないように、さりげなく自然に距離を置こうとしたのだが、まるでその意を酌んだかのように、先んじて向こうから離れていってくれた。そのまま墓場のスミのほうでじっとして、こちらを見ている。
「……」
しばらくゾンビと見つめあってしまったが、ひょっとして、いやいやまさかと思いつつ、「Tポーズをとれ」と脳内(脳も死んでるが)で指令を送ってみた。
「まじか……」
全員一斉に、直立した状態で両腕を地面と水平に広げている。
他にも、飛んだり跳ねたり回ったりと色々試してみたが、こちらが思い浮かべた通りの動きをしてくれる。ゾンビのくせに妙にフットワークが軽いのがキモかった。
そういえば、一緒にいた者たちの姿は見当たらない。
護衛や侍女の悲鳴を聞いた記憶があるので、生きているとは考えづらい。
御者については、襲撃者と通じていた疑いがある。馬車を止めた時の様子がおかしかった。いずれにせよ、こちらも生きているか、あやしいところだ。
彼らの遺体は、現場に放置されたのだろうか。むごいことを、と思うが、見知った顔の死体を見ないで済んだことに、ほっとしてもいた。
さて、斬っても突いても平気(たぶん)な戦力ができてしまった。
パーツが足りない者もいるため、ちゃんと動けそうなのは10名ほどだが、敵に一泡吹かすくらいはできるだろう。
ただ、一つ問題があった。思考や言動に影響がでているのを無視してきたが、なにを隠そう、さっきからミカエラには前世の記憶がある。
ゾンビになって蘇ったら前の人生の記憶も蘇りました。この力も転生特典かなにかだろうか。もう意味がわからない。
◇
前世、ミカエラは引きこもりであった。
名は美香子。学校で人間関係の構築に失敗し、SNSでなんとか現世との繋がりを保ちつつ、動画サイトの視聴に人生を費やしていた。
ある時、なんの気なしに、おすすめに出てきた動画クリックした。
それは、ゾンビメイクをしたダンサーたちが軽快に踊るという、ホラー仕立ての古いMVだった。
キング・オブ・ポップと称されたアーティストの大ヒット作に、美香子は魅入られた。ミイラじゃなくてゾンビやろってやかましいわ。
何度も何度も、なにかが擦り切れるほどリピートし、気が付けば振り付けを覚え、英語の歌詞まで暗記していた。ちなみに英語の成績は悪かった。
こうなると、自分でもやりたくなるのが心情だが、なにしろ引きこもりである。体幹はぶれぶれで、ちょっと動いただけで関節から変な音がする。瞬発力も持久力も柔軟性も、なにもかもが足りていない。
ならばと、基礎体力作りにジョギングを始めた。恥ずかしいから夜間に。
大スターが遺したMVが、引きこもりを外へと導いたのである。いい話風の展開だが、その後に美香子はトラックにはねられ生涯を終えた。運転手の信号無視、スピード違反、前方不注意の3HITコンボなので、美香子は悪くない。なんならゲーミング仕様の発光ジャージまで着ていた。
根気だけはそれなりにある美香子だったので、いずれは自撮り動画をSNSに上げて人生の輝かしい黒歴史を築くことができたかもしれない。
そんな彼女が、キレキレに動くゾンビの一団を前にして、平静でいられようか。
無論、復讐は大事だ。忘れてないよ。もちろんやるよ。前世を思い出したが、ミカエラとしての意思も記憶も消えたわけではない。無念も後悔も心の奥底で渦巻いている。
だが、その前に、少しくらい、いいのではないか?
見たい。彼らの「踊ってみた」を。
◇
動きは完璧。なにせ親の顔より見た――お父さんお母さん、色々親不孝でごめんなさい――音楽も脳内再生余裕です。
ゾンビに指示を出し、まずは通しで一回。次に視点を変えてもう一回。ローアングルからも、かぶりつきで堪能してライブ感に酔いしれた。録画もスクショもできないのが悔やまれる。では、改めて最初から――。
ぜんぜん少しじゃ済まなかった。
まだだ。まだ足りない。これはもう、やるしかないだろう。
カトラリーより重いものを持ったことがない今世の体だが、今やゾンビの身。そして自分はゾンビを自在に操作するなんかこうチート的なパワーを会得している。
ならば、いけるはず。
ゾンビダンサーズの立ち位置を調整すると、自らが中央に立ち目を閉じる。頭の中で、自分を操るイメージを繰り返し、時間をかけて集中する。
リズムをとり、目を開いた瞬間、スポットライトが舞台を照らし出した。
◇
侯爵家は双頭の蛇のようなものだ。息の根止めるには、父と娘、双方の頭を潰さなくてはならない。王太子はそう考えた。
まずは娘の方を亡き者とした。後は侯爵その人を討ち取れば、強力なリーダーシップを失った侯爵の派閥は瓦解する。残りの貴族たちは日和見に走るだろう。
彼女の死体は現場に残さず、生存の可能性を匂わせておいた。こうすれば、侯爵は、娘の捜索に手勢を使うだろう。本人の周囲が手薄になった、そこをつく計画だった。
だが、想定外の動きがあった。令嬢の遺体を埋めた共同墓地で、正体不明の一団が目撃されたという。
ただの墓荒らしかもしれないが、令嬢の殺害が発覚するにはまだ早い。捨て置くわけにはいかない。
王太子は、部下を率いて墓地へと向かった。
◇
到着した王太子は、静まりかえった墓地の様子に困惑した。
月影に照らされた人影が見えるが、松明も篝火も無い暗闇の中にたたずんでいる。こちらに気がついてもおかしくないのに動きがなく、まるで案山子のようだ。
「明かりを!」
部下の一人が、随伴している魔術師に指示を出し、夜戦でも使用される強力な発光魔法を行使させた。
眩い光が周辺を照らしだす。そこに露わになったのは、腐り、干からびた、身の毛もよだつような死者たちの姿だった。しかも中央にいるのは――。
「ミカエラ……」
思えば、その名を呼んだことは数えるほどしかなかった。最後に呼んだのはいつだったか。
そして、それが引き金となったかのように、微動だにしなかった死者の一団が、一斉に動き出した。
――ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!――
一糸乱れず、見たこともない動きで奇怪なステップを踏む死者たち。生前は淑女然としていたミカエラまでも、胸に短剣を生やしたまま、真っ赤に染まったドレスをひるがえし、化鳥の如き叫び声まであげている。
「で、殿下!?」
部下が指示を求めてくるが、死者たちの一挙手一投足に目を奪われ、息をすることすらままならない。
この地獄絵図はなんだ?
いや、問うまでもない。これは悍ましき呪いの儀式だ。
◇
期せずして照明と観客まで得たミカエラは、調子にのって掛け声までかましてしまった。
なんか王太子がいたような気もするが、どうでもいいか。あお。
腕が、脚が、首が、腰が、理想の動きをなぞっていく。疲労を感じない体は、ステップを一歩踏むごとに軽くなり、永遠に踊っていられそうだ。
この瞬間、ミカエラは世界一しあわせな踊り手だった。
そして、幸福な時間は終わりを迎えた。
思い残すことが無くなったからか、あるいはゾンビステップにボン・ダンス的な効果があったのか。ミカエラの身をめぐる怨念パワーは、いつしか昇華されていた。
原動力を失った彼女の体はただの死体に戻り、主を失った下僕たちも再び眠りについていく。
静寂を取り戻した墓地は、再び虫の音に満たされた。
◇
王太子たちには、数分の時間が永遠のように感じられた。
気が付けば、動きを止めた死者たちは、糸が切れたように次々と倒れていく。
恐る恐る近づいた部下が確認するが、再び動く様子はない。
皆、目の前で起きたことを消化しきれてなかった。
なにが終わったのか。なにが始まるのか。
不安に満ちた目を王太子に向ける。
灯りに照らされたその顔は、死者のように白かった。
□エピローグ
機先を制した王太子だったが、墓地で怪異に遭遇した後の動きは、精彩を欠いたものだった。
侯爵を討つ機会も逃してしまい、もはや我が事ならずと悟った彼は、部下には各々で落ち延びるように伝え解散させると、自ら謹慎に入った。
一方、窮地を切り抜けた侯爵は、娘を弔った後、その暴挙に対して抗議を申し立てた。
諸侯も賛同し、王家側も王太子の暴走を許してしまった手前、強くは出れず、最終的に賠償および王太子の廃嫡、除籍、幽閉という形で手打ちとなった。逃亡していた部下も何人かは捕らえられ、それぞれ刑を執行されることになる。
落としどころとしては手ぬるくも見えるが、侯爵はこの後、勢力争いの手もゆるめている。
己の野心が一人娘の死を招いたことに、父として思うところがあったのかもしれない。
侯爵家はその後、派閥の盟主の座を退き、他の高位貴族と横並びになるように、立ち位置を変えてゆく。色々あった末の王家との軋轢も、その過程で次第に緩和され、家は長く続くこととなった。
元王太子は、幽閉後ほどなく亡くなった。
巷では、殺害された侯爵令嬢の呪いとされ、幽閉されていた塔の頂上からは、夜な夜な彼女が踏むステップの音が響き、その命を吸い取っていったことになっている。
ただし、そもそも彼の幽閉先は城内の貴人用の牢であり、そのような塔自体が存在しない。
単なる噂であろう。
ハッピーエンドです。




