エアポート・トリップ
「ふぁーあ」
「真面目に聞けよ!」
僕の隣であくびをした親友の中村希が担任の下岡に頭をぶっ叩かれた
僕の名前は中島田熊
今から修学旅行の男子高校生だ
出発前の担任のつまらない話もそろそろ終わる
「それでは、出席番号順にバスに乗りなさい」
下岡がそういうと出席番号1番の薄井直哉が乗り込んだ
薄井はいつもマスクをしている変わり者だ
その次は森間和也
坊主でマッチョだ
「クソ岡が・・・」
希が愚痴りながら乗り込む
次は僕だ
「よっ」
薄井が声をかけてきたが俺はそれをシカトして自分の席についた
「西村はボクの隣な」
そう言って席を叩いたのは高山剣
ちょっと大人しい人見知りだ
「わかったよ」
西村美野流が答えた
こいつは高山が唯一心を許している
ちなみにクラス委員長だ
最後に下岡が乗り込むとドアが閉まった
これでこのクラスは全員なのだ
来年で廃校になるような小規模な高校だからしょうがない
無駄に規則の厳しい男子校なんて今更流行らないしね
「ほら、まずは運転手さんに挨拶だ」
下岡が運転手を指差した
「僕は運転手のカン・チャン、よろしくアル」
運転手は中国人らしい
みんなが運転手に挨拶をするとバスは出発した
修学旅行の行き先はダイヤモンド・レイクというキャンプ場だ
白鳩高校最後の修学旅行ということもありちょっと大きめらしいから期待できそうだ
目的地までは約3時間
休憩も含まれているが結構な時間だ
山奥なのだから当然か
僕は希と雑談していた
高山と西村はゲームをしている
「何ここどこ!?」
「そこは秘境っていってな・・・」
騒がしい
森間は黙々とダンベルを上下させている
タンクトップから伸びるたくましい腕が眩しい
薄井に関しては寝てしまっている
寝るときくらいマスクを取れ
そして一番前の席に偉そうに座っている下岡は・・・ん?
「誰か、ビニール袋、とか、ない、かな?」
話しかけてきた
「ありませんね」
怒られたばかりの希が不機嫌そうに答えた
「あ、僕持ってますよ」
僕はそういうとお菓子を入れてきたビニール袋を渡した
「ありがっぷ・・・」
下岡はそう言うと急いで自分の席へと戻って行った
「ゥボロロロロロロロロロロロロ」
その直後押し殺したような声と異臭が漂ってきた
「臭いアル!何アルか!?」
運転手のカンが騒ぐ
みんなは不機嫌そうに窓を叩きつけるようにして開けた
下岡を見ると寝たフリをしていた
「まだ着いてないのかよ」
眠りから覚めた薄井が言った
「まだ5分しか経ってねーよ、大人しく寝てろ」
希が言った
「そんじゃ、恒例のカラオケタイムといきますか?」
西村はそういうとバッグからカラオケセットを取り出した
荷物が他の奴より一回り大きいからおかしいとは思っていたけど、こんなものを持ってきていたのか
「じゃあ、まずは俺から!」
薄井がそう言うと西村が割って入った
「おいおい、まずは持ち主の俺からだろ?」
「俺はカラオケではいつも1番に歌うって決めてんだよ」
薄井も引かない
「じゃあ、間を取ってボクが」
高山が立ち上がった
「「なんでだよ!」」
が、二人の反撃にあって撃沈した
数分の話し合いの末2人のデュエットということで落ち着いた
「足を引っ張るなよ」
薄井が言う
「俺のセリフだ」
西村はそういうとスイッチを入れた
「「ゴメンね♪素直じゃなくって♪夢の中なら・・・」」
二人が歌いだした直後だった
バスは急ブレーキをかけて止まった
「なっなんだよ!?」
薄井と西村はご立腹の様子だ
「そ、それがあの人が急に飛び出してきて危なかったアル・・・」
カンがバスの前を指差した
そこには太った男が立っていた
年齢は20代前半と言ったところか
その男はバスの入口に回り込むとノックを始めた
何かを言いたいのだろうか
「何アルか?」
カンがドアを開けるとその男は乗り込んでくるなり拳銃を取り出し叫んだ
「このバスは俺が乗っ取った!てめえら大人しくしねえと頭ブチ抜くぞ!」
「タバコ持ってねえか?」
男が下岡に拳銃を向ける
「びぇぇ・・・」
下岡はそういうと気絶してちびった
「くせえ!何だこいつ!」
さすがの男も下岡のチキンっぷりには驚いたようだ
「見たところお前ら高校生みたいだな、これから修学旅行ってか?ん?」
男はそういうと最前列に座った
「さて運転手さん、空港へ向かってくれ」
男はそういうとカンに拳銃を突きつけた
「も、目的は何アル・・・?」
カンが抵抗する
「サツに追われててね、さっさとしろ」
「思い出した!」
薄井が立ち上がった
みんなの視線が集まる
「お前は今指名手配中の連続食い逃げ犯の直木太志!」
薄井が叫ぶと直木は満足そうな笑みを浮かべた
「ほう、知っていてくれて光栄だよ」
「そういうことだから、早くしろ」
直木がそういうとバスは走り出した
キャンプ場ではなく空港へと
「お前らおやつ持ってきてんだろ?だせや」
直木はそう言うとみんなの持ってきたお菓子を1つ残らず集めさせた
「少ないな、俺1人ぶんより少ないぜ」
そりゃそうだろうな、あの体系じゃ
それにおやつが500円以内とか小学校のようなルールがあったからな
「それにしても、呑気に歩いてるコイツら、このバスがバスジャックに合っているなんて思ってもいないだろうな、ぶひひ」
直木が外を見ながらニヤついている
バスは高速道路へと入ろうとしていた
「ん?」
そのとき直木の近くに何かが転がってきた
「何だこれは」
直木がそれを手にしようと席から立ち上がった瞬間だった
バスが急停止をした
「うおっと」
直木が体勢を崩し膝をついた
すると1つの影が直木にのしかかり殴り始めた
「ぶべっべへっぶひっ」
直木が顔を苦痛に歪める
それとは対照的にたくましい腕が窓から差し込んだ光で輝いた
森間だった
森間がプロテインを転がし、直木の隙をついてバスの緊急停止ボタンを押したのだ
すかさず薄井が助太刀に入ろうとした瞬間銃声が鳴り響いた
「舐めた真似しやがって・・・」
直木はそう言うと起き上がった
それから頭を吹き飛ばされた森間を蹴り飛ばした
「クソ一休が」
そのとき僕の肩が重くなった
森間の死体を見た希が気絶して僕の肩に倒れこんできた
「んん?今の音は?」
下岡が銃声を聞いて目覚めたようだ
「ん?もりっまわあああああああああああああああああ」
そう言うと下岡は再び気絶した
僕らのバスは絶望としょんべんの臭いに包まれながら空港との距離を着々と縮めていた
「次は皆殺しだ、てめえら大人しくしていろ」
直木はそういうと頭を押さえ席に着いた
「あ、あのこれどうぞです」
薄井が氷水の入ったビニール袋を直木に渡した
「サンキュ」
裏切り者め
「すごい汗ですけど大丈夫です?」
薄井が直木にハンカチを差し出す
「おい運転手クーラーをつけろ、16℃だ」
汗だくの直木がカンに言った
「申し訳ないアル、クーラーは故障していて使えないアル」
どっちだよ
俺はそのセリフをぐっと抑えた
「窓をお開けしましょうか?」
薄井が再び媚びる
「そうだな、あとそのうちわで扇げ」
「はいですう」
薄きはそう言うと窓を開けた
ちょうどパーキングエリアに着いた所だった
「助けてええええええええええええええええええ!!!!!!」
薄井がいきなり叫んだ
バス内のみんなは唖然としている
外にいる人たちも唖然としている
ドバァン!!
そのとき銃声が響き薄井の頭が吹き飛んだ
バスの内外両方に血が飛び散り悲鳴が沸き起こる
「ちっ、早くバスを出せ!」
直木がそう言ってもう一度外へ発砲するとバスは走り出した
「薄井の奴無茶しやがって・・・しかし今の騒ぎで誰かが通報しただろうから安心だな」
西村が微笑した
「お前・・・仲間が死んだってのに何とも思わないのかよ!」
アイマスクをした希が西村に掴みかかる
「やっやめなよ・・・」
高山が止めに入るが希には聞こえていない
「うるさいぞ!死にてえのか!」
直木が拳銃を向ける
二人はしぶしぶ席へ着いた
「おい中国人、空港まではあとどれくらいだ?」
直木がカンに尋ねた
「我想大致是二小时左右」
カンが答えた
「てめえふざけんな!さっきまで日本語話してただろ!殺すぞ!」
直木がわめき散らす
「冗談アルよ、あと2時間くらいアル」
カンが日本語で答えた
「くそっ、ギリギリか・・・飛ばせ!」
直木はそういうと席に着いた
「どうやらアイツの目的の便には乗れないな」
西村が言った
「どういうこと?」
僕が聞き返すと西村は驚いたような顔をした
「気づかないのか?空港に行くのにあと2時間もかからんさ、あの運転手遠回りしてやがる、いい度胸だ」
さっきの中国語といいなかなかやるアルね
じゃなくてなかなかやるじゃん
「それにしてもあのデブかなり興奮しているみたいだから刺激しないようにね」
高山が不安そうに言った
「拳銃さえなければなんとかなるんだが」
西村はそう言うと考え込んだ
「まだ着かねえのか?」
直木がしびれを切らしたようだ
「おい、カーナビあんじゃねえか、付けてみろ」
直木はそういうとカーナビのスイッチを入れた
どうやらこのバスは空港の周りを大きくグルグルと回っていたようだった
「てめえ騙してたな!ブチ殺すぞ!さっさと空港へ向かえ!」
直木が叫んだ
「やれやれ気づかれたアルか」
カンがイスを倒し寝ころんだ
「てめえ・・・何のつもりだ?」
直木が銃を向ける
「あんた運転できないアルね?最初から僕を殺して運転しちゃえばいいアルにそうしないアルもんネ」
カンがそういうと直木は拳を握りしめ震えだした
「クソチョンが・・・どいつもこいつも舐めやがて!」
直木が発砲した
運転席に血が飛び散る
「はあ・・・はあ・・・」
直木が充血した目でこちらを睨んだ
「ひぃっ」
高山が縮まる
「おい、オッサン起きろ!」
直木はそう言うと下岡を殴り飛ばした
「もげっ」
3度目にしてようやく眼を覚ました下岡はカンの死体を見てちびった
「びぇぇ・・・」
「オッサンよお、この車空港まで運転してくれねえか?」
直木がそう言って下岡に拳銃を向けた
「わっわかりましたでござる」
目にも止まらぬ速さで頷いた下岡は運転席へ座ると空港へ車を走らせた
「空港まであと20分てとこか」
アイマスクをつけた希が隣で呟いた
「なあ、そのアイマスクなんなの?」
西村が尋ねた
「無駄なことは考えないためさ、時には視界が思考を妨げることもあるんだ」
希がクールに返した
「なるほど、やってみよう」
西村はそう言うと希のアイマスクを剥ぎ取った
「あっやめっっ」
希はそう言うと気絶した
「なるほどね・・・」
死体を見て気絶しないための工夫だったようだ
「何騒いでやがる!」
直木はそういうとこちらへ向かってきた
そして西村に銃を突きつけた
「あまり騒ぐんじゃねえ、まだ死にたくないだろ?」
そういうと直木は最前列へ戻った
「ふっ・・・なるほどね」
西村がほほ笑んだ
「なんだ?」
僕がたずねると西村は言った
「奴の使っている拳銃は日本の警察が正式採用している38口径官用回転式拳銃ニューナンブM60だ、装填数は5発で全長198mm、重量は685g、1960年に警視庁に採用されたことからM60と・・・」
「え?ちょっと待て何?」
僕は混乱した
「すまん話が逸れた、俺が言いたいのはあの拳銃の装填数が5発だということだ」
西村が鋭い目つきで言った
さっぱりだ
「森間に1発、薄井に1発、威嚇に1発、カンに1発、つまり残りの弾数は1発ってことか」
いつの間にか目を覚ました希が言った
「そゆこと」
西村が笑みを浮かべた
「ちょっと待てよ、予備があるかもしれないだろ?」
高山がそう言ったが即反論された
「奴はリロードする様子を見せなかった、もし予備があったとしてもあの拳銃の中に入っている弾は1発だ」
西村はそういうと深刻な顔をした
「だから何だってんだ」
僕がそう言うと希が答えた
「誰かが囮になって残りの1発を撃たせるんだ、その直後にリロードさせる隙を与えずにみんなで襲いかかる」
「なるほど、そりゃいいや!」
僕は乗り気だった
「だがこの狭い空間でアイツが弾を外すとは思えない、恐らく囮役は・・・死ぬ」
西村はそういうと顔を伏せた
「あと5分で着きますよ、直木君」
下岡はそう言うと引きつった笑みを浮かべた
直木は何も答えずに時計ばかりを気にしていた
「やるのかやらないのかはお前らが決めてくれ、この作戦は皆で協力しないと出来ないんだ」
西村は覚悟ができているようだった
「おいおい、空港には警察が待っているんだろ?」
僕がそう言うと希が言った
「その保証はどこにもない、もしいなかったらどうだ、俺らの仲間を殺した奴が海外へ逃亡だぜ、そしたら捕まる確率はゼロに近いだろう」
「だからって・・・」
高山も乗り気ではないようだ
「もし警察がいたとしても俺らの誰かを人質にとるだろう、結果は同じさ」
希も覚悟ができているようだった
「やるしかないようだな」
僕は覚悟を決めた
「そんな、そんな・・・」
高山がキョドる
「強制じゃないんだ、お前はここにいればいい」
希はそういうと深呼吸をした
「囮役は俺がやらせて貰おう」
希は前席についている灰皿を武器にすると直木の背後に忍び寄った
バスは問題なく走っている
直木も気づいていないようで前方をずっと見ている様子だ
ひょっとしたらもう誰も傷つかずに脱出できるんじゃないか?
僕のそんな思惑も奴の一言によって打ち砕かれた
「おい希、バス内で立ち上がると危ないぞ」
下岡がミラー越しに希に注意した
それを聞いた直木は僕らに気づき拳銃を向けた
「てめえら・・・どうやら死にたいらしいな・・・」
「ぱああああああああま」
希が叫びながらタックルをかましたが身体の大きさから言って勝敗は明らかだった
次の瞬間には床に倒れこむ希の姿があった
「なるほどそういうことか、お前らの狙いがわかったぞ、だがこれならどうだ」
直木はそう言うと拳銃を窓の外に向けた
「確かに俺にはあと1発しか弾がない、だが見知らぬ人を殺すことはできる」
「クソが・・・」
希が呟く
「お前らを殺してもいいんだぜ?」
直木はそう言うと高山に拳銃を向けた
「ひっひいい、ごめんなさいごめんなさい!」
高山がわめく
「あっあの・・・」
高山が直木に話しかけた
「ぼっ僕だけでも逃がしてください!おお願いします!」
「あの野郎・・・」
僕は呆気にとられた
「クズだな」
希も呆れ顔だ
西村に関しては怒りで何も言えないようだ
「ぶひひ、いいだろう人質はもう十分だ」
直木はそう言うと高山を出口へ向かわせた
「みっみんな、ボクを恨まないでね、ボクはこんなの無理なんだ」
高山はそういうと下岡のいた席を見つめて立ち止まった
「どうした、早くいけよ」
直木がせかす
「あ、あのコレもらって行ってもいいですか・・・?ダメですよね・・・」
高山が何かを指差す
「なんだなんだ?」
直木がそう言って近づいた瞬間
高山はそれを拾い上げて直木の顔面に投げつけた
褐色の液体が飛び散る
それと同時に異臭が車内に充満した
下岡のゲロだ!
「ぶひっ」
直木がひるんだ
「今だ!」
西村が叫ぶ
唖然としていた僕たちは我に返ると直木に殴りかかった
「私は最後まで信じていました、自分の生徒ですからね、森間君と薄井君、それにカンさんについては本当に心が痛みます」
下岡が駆けつけた警察の質問に答えていた
よく言うぜ
俺らが直木から取り上げた拳銃を向けたらちびりやがったくせに
「離せ!くそ!」
僕の横では手錠をはめられた直木がパトカーへ乗せられるところだった
僕が見つめているのに気づいた直木は僕を睨みつけた
そしてパトカーへ押し込まれると連行されていった
「それにしても、せっかくの修学旅行が台無しだな」
西村が言った
「そうだな、キャンプ場じゃなくて空港への旅行になるとはな」
僕がそういうと高山が言った
「楽しみだったのにな、こんなことになって・・・」
今にも泣きだしそうだ
「元気出せよ、助かっただけありがたいと思え」
希が高山を励ます
「うん・・・そうだね、あいつらの分まで生きなくっちゃ」
高山の眼に光が戻った
「あー明日から学校かーやってられんなー」
西村が言った
「それも悪くない」
僕はそう言うと事情聴取を受けに警察署へ向かった
翌日
僕は寝ぼけながらTVを点けたがその瞬間眠気が消し飛んだ
ニュースキャスターがとんでもないことを口にしたのだ
”先日逮捕された連続食い逃げ殺人犯の直木太志が事情聴取中に警視庁から姿を消したそうです、犯人は精神に異常をきたしており・・・”
「なんてこった・・・」
僕は思わず朝食のサラダをつつく手を止めてTVに見入った
そのときチャイムが鳴り響いた
こんな朝早くに誰だ?
これから学校なんだぞ
空気読んでほしいよ、まったく
「はーい今行きまーす」
僕はそういうと玄関へ走った
END
久しぶりの作品です。
楽しんでいただけたでしょうか。
いつもの通り殺人事件系と思わせておいてのバスジャックです。
まあ同じようなものですが、マンネリ化は防げていると思います。
ちなみに、カラオケタイムで薄井と西村が歌っていた曲はアニメ「セーラームーン」のOP「ムーンライト伝説」です。
それでは、ここまで読んでくれてありがとうございました。