第七章:嵐
1904年6月中旬。
試作1号機の行きすぎた軽量化を洗い直す日々が続く。
これを改善する上では可能な限り、重さを増やさずに強度だけを上げたいところだ。
滑走試験中のちょっとした姿勢変化による慣性で応力が生じた結果なのだが、改めて見ても今の構造に問題があるとは思えないのが目下の悩み。
いくら軽量化されているとはいえ、たまごも梁も中空鉄管をろう付けして作られている中々頑丈な構造だ。
ここから何をどう変えればいいのか、私にもよくわからない。
しかし、天井から吊り下げられた1号機から少し離れた製図机のある一角で、椅子に背中をあずけながら機体全身を見上げるように眺めていると、問題の核は他にあったのかもしれないとわかってきた。
1号機を設計する上では、もっとも重くて頑丈な「たまご」を中心に、前後に重量が均等に配置されるようにした。
これなら姿勢が変わってもバランスが崩れにくく、飛行に有利だと思ったからだ。
でもそれが、梁の先にまで重量を分散させて慣性と応力をいたずらに大きくしてしまっていた可能性がある。
軽量化よりも、この“均等化”を見直すべきなのかもしれない。
そして試作2号機の設計は、1号機のシルエットを変える方向で始まった。
分散されていた重量を、可能な限り機体の中心──つまり主翼の付近に集めるのだ。
まずは1号機の「あたま」の位置で視界を塞いでいた発動機とプロペラを、たまごの上方に移動させてみよう。
すると重量や推力のバランスが崩れるから、梁の長さ・角度・尾翼の位置で釣り合いが取れるように調整すればいい。
私は製図机に座り直すと紙の上にペンを走らせ、2号機の姿を思いつくにまかせてスケッチしていった。
丸い「たまご」、その上にちょこんと乗った「あたま」、そしてぴょんと跳ね上がった「しっぽ」。
そうして紙の上に現れた2号機のイメージは、羽ばたくからすと言うよりも、池に浮かぶアヒルだった。
アヒル.....ハッピーダック.....どうも嫌な予感がする。
私は紙の余白に大きく「最後の手段」と書き添えて、引き出しの中に仕舞い込んだ。
それから何度もスケッチを描き直しているのだけれど、2号機のイメージは掴めないままでいる。
今のままだと1号機の接合部分を改良するぐらいしかできることがない。
とは言え何もしないわけにもいかないので、まずはそこから手をつけてみて、結果的に機体構造も大きく向上してはいる。
梁と支柱の接合位置を検証し、結合金具を改良し、ワイヤーの張り方を工夫して全体の剛性を高めてある。
ちょっとだけ重くなったけど、でも折れるよりはましだろう。
当面の改良はこんなところだ。
歪んだ梁も真っすぐに直してレールでの滑走実験を繰り返して日を重ねているが、あれ以来は歪みの再発は確認されない。
そういう点ではこれは真っ当な進歩だった。
ただ、本当に必要なことはきっとこれじゃあない──という、道が狭まっていくような朧げな不安だけが、ずっと私から離れてくれない。
***** A Short History of Crow Hill /
6月も終わりにかかる朝、研究所の前に一台の荷馬車が停まった。
届け物は大きな木箱が一つと、そして封筒。
青年技師からの手紙だった。
“まだ未完成です。当初の目標の26馬力にはまだ届いていませんが、現時点では19馬力まで出せます。いくつかの改良と調整が必要で、今はこれ以上の出力を引き出そうとすると発動機の寿命が持ちません。安全のために回転を抑える出力制限を設けています。なお本機は試作段階ですので──”
そこから先は技術的な注意事項が延々と続いていた。
なんだか几帳面な人だな。
木箱を開けると閉じ込められていた機械油の匂いが強く広がった。
今回、藁の中で眠っていた金属は鉄だけではない。
まず目に飛び込んできたのは各所に輝くアルミニウムの特徴的な銀灰色だ。
それを縁取る額のように、一歩引いて存在感を放つ真鍮の輝きも随所にまぶしい。
型式番号は「BPMF-101/A」──手紙の中に、どことなく誇らしげな筆跡で綴られていた。
あの日のスケッチが、あの博物館の臓器模型のような生々しさが、いよいよ本物になったのだ。
手を触れた瞬間にわかった。
総鉄製のダミーと同じ重さのはずなのに、感触はまるで違うのだ。
前回の鉄の塊と違って、これは明らかに精密に組み上げられた「機械」だった。
すべての部品がひとつひとつ意味を持っている。
クランクケースの曲面も、シリンダーの冷却フィンの大きさも、キャブレターの小さなバルブの厚みも。
そこに青年の夢が凝縮されていた。
今回の木箱には、発動機だけでなく点火用のマグネト箱と制御用のスイッチ箱、そしてご丁寧に電源用乾電池まで同梱されていた。
早速それらを研究所内に運び込み、1号機の機首にプロペラとともに組み付けて通電テストを繰り返して、お待ちかねの試運転に臨んでみた。
発動機だけでなく、試作機自体もしっかりと床に固定されているのを確認し、燃料を入れてプロペラを手で勢いよく回してやる。
栄えあるその役を押し付けられたのは、今日に限って若手たちの監督に来ていた棟梁さんだ。
おっかなびっくり腰が引けながらプロペラを回してみるが、なかなか上手くいかないらしい。
「棟梁、がんばってくださーい!」
「もっと背筋を伸ばして!」
見習い大工たちの野次にも屈せず、5度目の挑戦でついに心臓に火が入った。
ばりばりと叫び出した発動機の傍から棟梁さんが慌てて逃げていく。
からすじゃない───それが第一印象だ。
とんでもない轟音だった。
19馬力は、数字で見れば目を見張るようなものじゃない。
でも、出力を制限されているとはいえ大型の水平対向2気筒が目の前で爆発を繰り返している現実には、数字だけじゃ表せない暴力性が宿っていた。
排気の熱風が顔を打つ。
床の塵が震えている。
プロペラが巻き起こす風は、前髪を撫で付けるほど強い。
「いい音だな!」
父さんが叫んでいる。
正直いい音かどうかは判断しかねるが、とんでもなく生々しいとは思った。
これはからすじゃないし機械じゃない。
もっと獰猛な、何かの、生きている心臓だ。
その激しい鼓動の中で、父さんが手元でスイッチ箱を操作してさらに出力を上げたようだ。
発動機の奏でる爆発と回転の音が少しずつ変化していく。
そして、咆哮に呼ばれて嵐が来た。
研究所の入り口は西の坂につながる大きな扉が一つだけ。
19馬力で掻き回される空気は、出口のない研究所の中で逃げ場を失い、渦を巻いて暴れまわった。
製図台の上の図面が一斉に舞い上がる。
棚に積んであった布の端切れが部屋中に飛び散った。
木屑が目に入って前が見えない。
何かが割れる音がした。
からすが飛び立つ羽音が──いや、あれは翼の小型模型が棚から落ちた音だろうか。
「止めて! 止めてくれーーっ!!」
轟音の向こう側から誰かの悲鳴が聞こえている──たぶん棟梁さんだろう。
父さんが発動機のスイッチを切った。
プロペラが失速して止まった後の研究所内は、さながら.....さながら...?
いや、これはもう事故現場そのものだ。
「なるほど、この風で飛ぶんだな。」
父さんがのんきに頷いているが、その周囲には突っ伏した人たちがいる。
静寂が戻っても誰も口を開くことができず、私たちは呆然と周囲を見回した。
図面は天井に貼りついて、布は梁に引っかかり、工具は床に散乱し、固定された試作機と蒸気クレーンの巨体だけがのっしりと動じていない。
そしてテストの初日は、ほとんどこの片付けだけで終わってしまった。
さらに翌日からは研究所の緊急改造だ。
研究所の東側──入り口の反対側の壁を思い切って崩す。
プロペラの後流を後方から逃がすための大開口部が必要だった。
ついでに強度に影響の出ない範囲で、天井の一部も取り払っていく。
これで研究所の4分の2は青空だ。
さすがにあちこちが雨の日に濡れそぼるのは困るのだけれど、そこは棟梁が考えてくれた。
チェーンとハンドルで開閉できるテント布の屋根を追加してくれたのだ。
晴れた日は開けて風を通し、雨の日は閉じて凌ぐ。
最初の設計で天井の4分の1を空けた時には困惑していた棟梁だが、今回は自分から「いっそこうした方が使い勝手がいいでしょう」と提案してくれた。
この人もいつの間にか“こちら側”に来つつあるようだが、当の本人は気づいているんだろうか。
こうして容積はそのままに印象だけが広くなった研究所だが、風通しがまるで違っている。
今度は嵐じゃなく、清々しい初夏の風が吹き抜けていく。
後方が大きく開いたことで、発動機を回してもプロペラの作る風は建物を素通りして外へ抜けていくから、これから本格的になっていく暑い夏場の作業でもくたびれることはないだろう。
改装を終えた夕方に、私は開け放たれた後方の大開口部に腰かけて、入り口の大扉と解放された天井を通して西の空を眺めていた。
休耕地の向こうに夕陽が沈んでいく。
二条のレールが、夕焼けの中をまっすぐ西に延びている。
その先はなだらかな起伏がどこまでも続き、やがて遠くで森に飲み込まれて見えなくなる。
やがて、この風景の中で本当の試験に臨む日が来るはずだ。
まだ設計図の中にしかいない2号機を完成させて、翼の振る舞いを確かめ、操縦の手応えを探り、あの嵐を味方につける方法を見つけなきゃいけない。
前途は多難なのだけれど、気分は妙に晴れやかでいる。
嵐の後ってこんなものだ。
鉄の心臓が動き出した。
あの激しい鼓動は、まだ私の体に焼き付いたまま鮮やかな感触を残している。
夕焼けに染まるこの空の上にも、早く同じ鼓動を響かせてみたい。
***** 続く *****




