第六章:初心
1904年5月下旬。
操縦席の設計方針が定まったことで、いよいよ飛行機全体の設計にも取り組めることとなった。
研究所の一角には製図机や本棚を並べた場所があり、設計や色々な計算は主にこちらでおこなわれている。
そこの壁に父さんの集めたいくつかの資料が貼り出されると、研究所を出入りする職人たちの目の色が変わり始めた。
資料は過去の飛行研究者たちの論文や、父さんの個人的な同好の士たちと熱く議論した文通記録だ。
そしてそれらの中心に一枚の写真が貼られている。
それは今年の冬が終わる頃に、父さんがかなりのお金を払って“ある信用できる筋”から手に入れたものらしい(もちろん私は信用していない)。
その写真に写っているのは、なんだか非常識なシルエットの飛行機だった。
名前はライトフライヤー号──あの自転車屋兄弟の飛行機がこれなのだという。
本当なのかな?
写真の中の飛行機には操縦士が乗っていて、確かに数フィートぐらい浮いている。
でもその隣を人間が並走している。
この二人がウィルバーとオーヴィルなんだろうか。
飛行機の速度が遅いのか、あるいは兄弟がとんでもなく足が速いのか、私には何も断言できない。
──実のところ、私としては兄弟が本当に空を飛んだのかどうかについてはあんまり興味がなかったりする。
この兄弟は妙に秘密主義を貫いていて、「飛びました」の報告以外になんの情報も公開していないのだから信じる方が難しい。
ただ、父さんが「彼らは飛んだ」と信じている限り、私には空へ挑むチャンスがある。
一方で、飛行の歴史や知識に触れる機会の乏しかった町の職人たちには、この写真はかなりの“魔力”を発揮したらしい。
みんなでぼやけた写真に食い入って「ここは鉄で、こっちは木で...」「全体の重さは600ポンドぐらいかな...」「この形状はこっちの論文と対応してるぞ...」などと盛んに議論を始めている。
(こんなものが実際あるなら、自分たちにだってもしかして.....?)
そんな顔つきに変わった彼らに野暮なことを言うのもなんだし、やる気があるのは良いことだ。
おかげで研究所での活動も、なかなかに活気に富んだ滑り出しとなっている。
設計を進めていく上では、偉大なる先人たちの研究内容も重ね重ね再確認された。
師が曰く、飛行とは推力・抗力・揚力・重力、四つの力の制御である。
また曰く、翼は平面ではなく湾曲面によって揚力を生む。
そして曰く、飛行体は翼が生み出す揚力の中心と機体全体の重心が一致するなら、空中でも自然と姿勢は安定する。
その他諸々。
前世紀を通じて数学的にも実践的にも証明され続けてきたこれらが、飛行機設計のテンプレートになる。
そこから外れない限り、そうそう間違ったものにはならないはずだ。
──それはそうなのだけれど、今の私には一つだけ、先人の理論を覆さない範囲で試してみたいことがあった。
「からすみたいなバランスで作りたいの。」
理論というよりジンクスだけど、でもからすのように作ったら、からすのように落ちないんじゃなかろうか?
根拠はないけど信じてみたい。
父さんも「根拠がなくても、信念にはよく助けられてきたしな」と笑って受け入れてくれた。
この人が詐欺師に騙され続けてきた理由がわかろうというものだ。
機体の基本構造は「あたま─たまご─しっぽ」の並びになる。
「たまご」を機体の中心に据えた、前後に伸びるシンプルな一本梁構造だ。
その先端である「あたま」には重い発動機とプロペラが載り、前方で機体を引っぱる牽引式とする。
反対に伸びた梁の後端は、尾翼を取り付けて「しっぽ」にする。
悪魔殺しの丘を飛んだ写真の飛行機とは方向性が違うけれども、古き良き、昔ながらの“鳥を模倣した形”だ。
飛び行くからすを後ろから見た時の、あの安定感のあるシルエット。
私はやっぱりあれが良い。
*****
翼の設計が想像していたよりも長い戦いになった。
まず決まったのは複葉──上下二枚翼とすること。
軽くするために単葉でやれないかを何度も計算したのだけれど、出てくる答えは「まだ50年ぐらい早い」というものばかりだった。
一枚翼なら軽いし綺麗だけど、現代の材料や技術では必要な強度にまったく届かなかったのだ。
形状は四角、丸、三角、前縁が出っ張ったもの、後縁が長いもの──思いつく限りの形のミニチュアを片っ端から試作した。
まず形を考えたら大工さんたちがフレームを組み、そこに布を張り、表面をニスで塗り固める。
乾くのを待つだけでも丸一日が消えていく。
揚力の計測は実際にレールを滑走させておこなった。
風洞なんてないんだもん。
5分の1サイズの“翼だけ”の模型を台車に乗せてレールを走らせるのだ。
台車と翼にばね秤をつないでおけば、水平区間を最高速で走り抜ける瞬間に、翼がどれだけの力で台車から浮き上がろうとしているかの数値──つまり揚力が測れる。
精密な装置じゃないけれど、まずは形状ごとの比較ができれば十分だ。
揚力だけでなく、抗力による滑走速度の変化や、気温や風向きによる微妙な差までデータを集めて検証する日々が続く。
この期間は実験の内容よりも、ときどき遠くの木の上でからすたちが迷惑そうにこちらを窺っていた姿の方が印象深いかもしれない。
来る日も来る日も模型翼を取り替えて走らせて、数値を記録し、比較し、微調整し、そしてまた走らせる。
更には翼の断面形状──ヒマワリの種を縦に割ったような形だ──を、前縁の丸みと上面の膨らみのバリュエーションで何通りも試してみる。
膨らんでいた方が良いということは昔から知られているけれど、じゃあ「どんな膨らみ方が一番いいか」はいまだに誰にも断言できない。
環境や条件によっても最適解が変わりすぎるから。
図書館をひっくり返しても答えが見つからないなら、もう自分たちで探し続けるしかなくて、だからひたすら実験をする。
ほらね、大変でしょう?
楽だったのは、翼の先端形状を決める時ぐらいだろうか。
翼端は丸くしても四角くしても、速度や揚力への有意な差を確認できなかったのだ。
どっちでもいいなら作りやすい方がいいから、シンプルに四角く切り落としてしまおう。
非力でも、高速で風に乗れる軽い機体──それが私たちの設計思想だから、安定性のために上半角も採用された。
主翼を正面から見た時に、わずかに反ってV字になっている設計だ。
これもやっぱり先人の発見で、これだけで機体の安定が格段に良くなる。
そのことについて話している時に、ふと思いついたことがあった。
「ねぇ父さん。水平尾翼にも上反角をつけたら、どうなるの?」
「ん? そりゃあ同じ効果があるだろうが、しかし尾翼は小さいからな。その分だけ効果も小さく..........」
「?」
突然の沈黙だ。
ただの思いつきをそのまま口にしたのだが、何か引っ掛かる点でもあったんだろうか。
父さんの目は机の上の設計図に向いていたが、焦点はそこに結ばれていないように思われて、何か全く別の、そこにないものを見ているような───。
少し間を置いてこちらに向き直った父さんは、妙に力強さを潜めた口ぶりで囁いた。
「...なぁ、想像してみてくれ。水平尾翼に上反角をつけて立ち上げていくと、いずれは垂直尾翼になってしまうよな。なら、その“中間”は.....?」
その言葉を聞いて、私の頭の中にはっきりとしたイメージが再生された。
左右に伸びた水平尾翼が蝶のように羽をたたんで、垂直尾翼を包んでしまう。
そして再び開いた時には、そこにあったはずの垂直尾翼は消えていて、《《二枚の尾翼だけ》》が残っている...。
それは右と左で45度ずつ立ち上がったV字の尾翼だった。
水平と垂直──異なる尾翼を一つに統合する、新しい発想だ。
構造は単純になり、部品が減って、つまりは軽くなる。
「父さん、それってすごいわよ! 絶対にやってみましょう!」
私の力強い賛同を得て、父さんは自慢げに頷いている。
実のところ、このアイディアを気に入った一番の理由は(からすのシルエットに近づけそうだ!)という直感にあるのだが、それは秘密にしておいても特に問題はないだろう。
***** A Short History of Crow Hill /
1904年6月。
丘の夏草が勢いづいて、レールを飲み込んで滑走試験を邪魔しないように草むしりに忙しむ最中、都からの荷物が届いた。
父さんの資金援助によって、いまや小さいながらも自分の工場を切り盛りしている青年技師から送られたものだ。
木箱を開けると、中には総鉄製の超大型文鎮が入っていた。
全く動かない“発動機の模型”であるが、完成品とほぼ同じ重さに作ったという。
外側はそのままに、中だけを肉抜きして重さを合わせてあるらしい。
本来のアルミニウム採用発動機も、すでに試作製造に入っているとのことだ。
あの日、製図机の上でスケッチを見た「鉄の心臓」が今、実体としてここにある。
参考用の模型とはいえ、それを目の前にして私の心臓も高鳴ってしまう。
手で触れてみるとやっぱり重く、少し傾けるぐらいにしか動かせない。
だけどあの中古品の250ポンドに比べれば、これでもずっと軽いのだ。
このダミーを試作中の機体に載せて、レールを滑走させてみることになった。
もちろん何の推力も生まないから、加速には坂道での重力を利用する。
純粋にデッドウェイトでしかないのだが、これによって試作機の慣性や空気抵抗を正確に把握できるようになり、より本番に近い状態での試験が可能だ。
発動機の組み付けについては驚くほど問題がなかった。
機体の構想から設計、そして実際の製作まで、それらすべてを《《この発動機》》を前提に試算して行ってきたのだから当然ではあるのだが。
しかし“この世に存在しない機械”を取り付けるために作られた部品が、いざその時になって吸い付くように結合していくのを目の当たりにすると、まるで魔法を見ている気分だった。
あっという間に終わってしまった組み付けのあと、しばし呆然と機体を眺めていた。
夢にまで見た私たちの飛行機が、模型とはいえついに形になったのだ。
丸い檻のような鉄の卵が、試作された二枚の主翼で上下から挟みこまれている。
その前方に発動機が取り付けられて、その先には大きなプロペラがトロフィーのように誇らしげに掲げられていた。
そして後方には長い梁が細長く伸びて、試行錯誤中のコンパクトなV字尾翼が立ち上がり───想像していたよりも、あんまりからすのようには見えなかった。
確かに“全体のバランス”はからすのそれに近いのだけれど、何かシルエットが違う気がする。
「頭」がつけばそれらしくなるかと思っていたけれど、これはどちらかというとトンボみたいな.....いや、見た目は決して重要なことじゃあない。
大事なのは飛べるかどうかだ。
私は雑念を振り払うように、すこしだけ意識して張り上げた声で、みんなと一緒に機体を外へ運び出しにかかった。
青空の下で見る試作機は、やっぱり飛ぶための形をしているように見える。
再び心臓が高鳴り始めたのを意識しながら、レールの上にセットされた機体の中に入り込むと、目の前で鉄の心臓が存在感を放っていた。
取り付けられたプロペラはまだ試作品とすら言えない、ただ作ってみただけの代物なのだが、それでもいよいよ飛行機が現実になりつつある。
シートの上で体を締め付けるベルトの太さを感じながら、自分が飛行の装置の一部になっていくのを感じた。
まだ空は遠いけど、ここまでの道のりを考えると本当に感慨深い。
.....だけどこの発動機とプロペラは意外と邪魔で、視界が───いや、遊覧のために飛行機を作るわけじゃあないんだから。
まずは3フィートも浮けばいいじゃない。
景色を楽しむのは、もっともっと先の話だ。
「...いいわ、やってみて。」
押し出された機体と台車が、斜面に入って加速を始めた。
徐々に大きくなっていくレールからの振動を、たまごの中で全身に感じる。
レールは滑らかに作ったはずだし、シートも空中に浮いているのに、それでもかなりの揺れがある。
発動機とプロペラなしの滑走試験ではここまでの揺れは起こらなかったが、新たな重さが加わった影響なのだろうか。
風はびゅうびゅうと、台車はガタガタと鳴きながら走り、およそ馬車の《《飛ばし》》ぐらいの速度で坂を駆け抜けて水平区間に入っていく。
その瞬間──後ろの方で真冬に凍った地面を踏んだような、何か妙な音が聞こえた気がした。
水平レールの3分の2の地点に用意された減速用ゴムフックに引っかかって、機体はがくんと停止する。
思いきり後方に首を捻ってみて、思わず呻き声が漏れた。
ほんの少しだけど、尾翼梁が歪んで見える。
斜面から水平区間に移る瞬間の慣性、ただそれだけの力で後方の梁が曲がってしまったの?
発動機の重さを先端に載せた状態で急に姿勢が変わった場合、後方にかかる慣性力は想像したよりも大きいらしい。
強度が足りていない──軽量化しすぎたのだろうか。
「もしかしたら、何度かの滑走試験で負荷が溜まっていたのかもしれないな。しかし
何にせよ、この程度で曲がるようじゃあ設計は見直しだ。まぁ空にいる時に歪まなくってよかったな。」
ベルトを外してくれながら、父さんは大したことでもないように笑いながら言う。
私も頷くしかなかったが、笑い方はちょっとぎこちない。
こうして試作1号機は、空とは無縁のまま「教材」になった。
学んだことは多いけれども、正直とても悔しい。
片付けが終わったらこの悔しさが熱いうちに、ぜんぶ新しい設計図に叩き込もう。
そう考えていたのだけれど、研究所に戻る道で父さんが口にした一言に、なんだか気勢を削がれてしまった。
「今日の実験は、あれは成功だよ。」
.....。
訊き返しかけたが、やめた。
私が先走りすぎていたのだろうか。
心だけで先に羽ばたいて飛べるなら、誰も苦労はないわけだ。
鳥たちだって巣の中でばたばたとして、枝の上でよろよろとして、何度も失敗しながらも翼を広げるのをやめないから飛べるようになるんだ。
──あんなふうに飛んでみたい──
幼い頃に抱いた憧れを思い返しながら坂を登る。
でも実際の現実はこんななだらかな丘じゃあなくて、もっと険しい岩山のようだ。
この上手くいかなさ、やりきれなさが、きっと「作る」ということなんだろう。
それを知って私はようやく、“ひな鳥”と同じ立場に立てたのかもしれない。
***** 続く *****




