第五章:大きなたまご
愛する母さまへ
母さん、まずは喜んでください。
父さんはいよいよ危険領域に足を踏み入れました。
そう、研究所が完成したんです。
先日は完成記念の慰労会があったのですが、父さんは早速その場で事故を一つ起こしてくれました。
居合わせた人たちはみんな青ざめていましたが、父さんは全く気にしていない様子だったので、実験は今後も続くこと間違いなしです。
嬉しいことに、町の職人さんたちも何人か協力してくれることになりました。
みんな父さんが何をしようとしているかは分かった上で、私に協力しようと言ってくれているのです。
これでもう父さんは簡単に逃げられません。
私の方も首尾よくやっています。
事故の準備だけでなく、もちろんお勉強も続けています。
とてもいい先生に恵まれて、特に今は数学と物理がとても面白く、以前よりずっと捗っています。
母さんに褒めてもらえるような成績を残せるよう、頑張りますね。
母さんのお庭のバラはもう咲きましたか。
去年一緒に植え替えた白いつるバラ、今年はどんな具合でしょうか。
こちらの屋敷のお庭は、ばあやが一人で頑張ってくれていますが、父さんが裏庭に色々と持ち込むので大変そうです。
お母さまを想って
娘より
***** A Short History of Crow Hill /
1904年5月中旬。
アヒルの夢の残骸がまだまばらに残る丘の上で、研究所は本格的に動き始めた。
建物自体はだいたい幅51フィート、長さ94フィート、高さ17フィート。
はっきり言って広い。
町で一番屋根の高い建物は教会だが、面積だけならとっくにこちらが追い抜いている。
聖堂よりも広い飛行機の巣だ。
神様の目を盗んで空を目指す不届き者の根城──そんなふうに言った方が正しいかもしれない。
研究所の中に入ってまず目を惹くのは、かつて町の南を流れる川で荷上げに活躍していたという100年前の蒸気クレーンだ。
古代の神像みたいな存在感をたたえた彼は、起動には時間がかかるが一度目覚めたら大概の力仕事をこなしてくれる。
しかも素敵なおまけつき。
彼の吐き出す高温の蒸気を利用して、翼を軽く作るために必須の曲木加工ができるのである。
もっとも一番驚くべきは、これが屋敷にあったものではなく、町の倉庫で解体されたまま眠っていたものを、父さんが安く引き取ってきたのだという点だ。
支払いは十分の一なのに用途は倍ですって?
父さん、珍しくいい買い物をしたのね。
他にも使えそうな資材と機械が、屋敷の倉庫からどんどん運び込まれて来る。
旧式ながら旋盤やボール盤も一通りに揃っていた。
建物のすぐ裏手にはガソリン駆動の発動機が二つ据えられて、がりがり唸りながら天井のラインシャフトを回している。
そして、そこから動力を得るための太い革ベルトが、建物内の奥の方にたくさんぶら下げられた。
このベルトを介して工作機械を回すのだが、ベルトをかけるのにコツがいるし、油断すると止まるし、止まったら止まったでまた動かすのに一苦労。
なにより、単純に危険な機械だ。
もしこの場所で長い髪やスカートを翻していたら、命はいくつ合っても足りはしない。
作業の現場が“男の聖域”であることには、れっきとした理由があるのだ。
なのに私は、髪を切って男服を着ているとはいえ、自由に出入りして簡単な作業までおこなっている。
改めて自分で考えてみても、ちょっとあり得ない話に思える。
こんな工場は都の方にもないんじゃなかろうか。
私たち親娘はそういうものだと、もうみんな諦めてしまったの?
中には「お嬢さんが髪を切ったのは、女を捨てて飛行機作りに臨む覚悟のあらわれだったんだ」などとヒロイックに勘違いをしてくれる人もいた。
ただ軽くなりたかっただけなんだけどな。
機械たち以外の設備として、小さな鍛冶場も備えられている。
部分的な金属加工をその場で行うための炉と金床だ。
大掛かりな加工は町の工房に依頼するのだけれど、ちょっとした調整ぐらいならここでできてしまう。
中の様子はこんな感じで落ち着きつつあるのだが、外のレール作りがまだこれからだ。
実はハッピーダック号実験で使われた単条式──レール1本に従って台車で走る方式──は安定が悪いということで、レールは「二条式」に変えられた。
すでにあるレールを延長しつつ、その隣に2本目のレールを敷く。
降着用のソリ自体は機体下面に備えたままだけど、2本のレールの上を走るのは台車に任せることになる。
だから飛行機は台車の上にセットするだけで、飛び立つ時は離れるだけ。
その上でレールが二本あった方が安定するし、何よりも速度が乗る。
離陸方式すらまだ本決定ではないけれど、いずれにしてもレールは要るから、手間と時間がかかってもここは大事なところだ。
レールの配置は、まず丘の上の平らな広場に15ヤード。
そこから西の斜面に整えた、平均して20度前後の下り坂が44ヤード。
坂を下りきった平地で水平直線が62ヤード。
その先の地面は掘り下げてあり、レールの端からそのまま空中に飛び出す仕組みだ。
そこからおよそ半マイルの先までは、西に向かう旧道に沿って開かれた休耕地──なだらかな起伏はあるが何もない。
丘の上から眺めるとレールの先の茶色い緩衝地帯は、緑の海に突き出した桟橋のように見えた。
そこで掘り返された土と青葉の匂いが、波のように丘の上まで流れて来る。
*****
さて、研究所が動き出したのはいいが、正直なところ町の人たちの協力は期待していなかった。
先日の慰労会のことを思い出してほしい。
あの時の、みんなの顔を思い返せばわかるでしょう?
面白かったけどもう誰もここには近づかないだろうと私は思っていた。
なのに人の心はわからないものだ。
研究所建設の折にも鉄材一切を引き受けてくれた町の鍛冶屋に、改めてこれからの飛行機づくりへの協力をお願いしに行ったところ、あっさり応じてくれたのだ。
「ここで断って、お嬢さんに事故でもあったら気分が悪いだろうよ。自分の仕事だったら防げたかもしれないのに──ってな。それにウチは先祖代々、関わった仕事を途中で投げ出したモンがいないんだ。」
“親父さん”──町の人たちは鍛冶屋の親方をそう呼んでいる──は、かなづちを擬人化したような四角いひげ面に、不器用な笑みを刻んでそう言った。
この人の先祖と言えば、私のとっても昔のおじいさまの鎧を打った鎧鍛冶だ。
今では鍋や包丁を作っていて、ばあや愛用の包丁(断髪式ではお世話になりました)も親父さんの手で打たれたものだ。
代々続いてきた工房は今は小さく、もう鎧を打つこともないのだけれど、同じ“代々”でも私の父とは向けられる敬意の質が違う。
うちの家名が「過去の栄光の残り香」だとすれば、親父さんの工房は「今も生き続ける歴史」というわけだ。
その親父さんが動くとなると、大工の棟梁も動かざるを得なかった。
同じ歴史ある職人として、鍛冶屋が引き受けたのに自分が引くのは難しいだろう。
それに棟梁の元で働く若い見習いたちの中には、飛行機に興味を示す者もちらほらといたようだ。
見習いたちを少人数ずつ、研究所へ回してくれることになった。
それだけで済めば“いい話”で済んだのだけれど。
「──しかし旦那、気球や飛行船じゃだめなんですか? わざわざ鉄の鳥を作って空を飛ぼうとしなくても...」
そんなことを言ってしまった棟梁は、たっぷり1時間は研究所に足止めされる羽目になった。
父さんに「飛行と浮遊の物理的および精神的な違い」について、長々と演説する機会を与えてしまったのだ。
ようやく解放された帰り際に、棟梁は悲しそうな顔で私に言った。
「お嬢さん、もう二度と、自分はここには近づかないかも知れません...」
残念だけど、父さんの方から時々訪ねていくと思うよ。
他にも物珍しさで興味を持ったごくわずかな町の住人が見物がてらにやってきて、たまに簡単な手伝いをしてくれる。
世の中、普段は隠れているけど意外と変な人が多いのかもしれない。
こうして研究と開発は、私の想像とは裏腹に比較的賑やかなスタートを切った。
*****
だというのに、最初の問題はあろうことか私と父さんの間で発生した。
いよいよ飛行機の全体構造を定める段になると、父さんは突然「たまご」なるものの採用を主張し始めたのだ。
たまご?
「操縦者の安全を確保するための胴体構造だ。こういう形の──」
父さんが紙の上に描いたのは、“H6f、L10f”とだけ書き添えられた楕円球だった。
前方がやや先細りになっていて、まさしく横に倒した卵そのもの。
鉄の棒を接合して組んだ骨格の内部に、ハンモックのようなシートを八方から引っ張って空中に固定する。
操縦者はだいたい45度の角度で仰向けになりながら前を向く姿勢で座り、数本の太いベルトでハンモックに固定される。
下面にだけ木の板を張るが、他は隙間を開けたままにして、そこから出入りすることになる。
おしゃれな牢屋に見えなくもない。
「これに乗った状態ならば、どんなふうに着地をしても前に滑るか横に転がるだけで済むだろうよ。翼や梁が折れようが操縦士は大事あるまい。」
理屈はわかるが、私は即座に反対した。
「重すぎるでしょう。鉄の籠なんて、余計な重量が嵩みすぎるわよ。それに──
「ダメだ。」
「───その分だけ翼も大きくしないといけないし、発動機ももっと──
「ダメだ。」
父さんはそれしか言わなかった。
ただ「ダメだ」とだけ。
なんの説明もないけれど、私にだって理由ぐらいはわかる。
それについては仕方がないかもしれない。
体重移動で姿勢制御をするという構想は、言い換えれば「操縦士をむき出しのまま空に放り出す」のに近いのだから。
仮に首尾よく飛べても高さは精々4〜5フィート.....だとしても、この一点だけは譲る気が無いらしい。
もしかすると先日のハッピーダック実験は、父さんの中では単なる余興ではなかったのかもしれない。
反対し続けることは出来るのだけど、そうしたら父さんは研究をやめてしまうのだろうか。
飛行機を作ることよりも、私の安全を──軽さは正義だったはずなのに。
「.....わかった。たまごでいいわ。」
「うん。」
父さんはそれだけ言って、また図面に向き直った。
でも一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、肩の力が抜けたのがわかった。
それで話は一応まとまった。
でもこれによって操縦方法の構想は半ば白紙に戻ってしまった。
ハンモックに固定された状態では、体重移動なんてほとんどできない。
となると操縦方法は別のかたちを考えなきゃ。
で、結局こうなった。
たまごの天面からワイヤーでハンドルレバーを吊り下げる。
このワイヤーが左右二つの水平舵翼に繋がっていて、それぞれが舵翼を個別に引き起こす。
ハンドルを片方だけ引けばロールして、両方同時に引けば仰角操作というわけだ。
降下については、エンジンの出力制御でおこなう。
そのための乾電池式の発動機制御スイッチもハンドルの間に設置して、発進から緊急停止までをできるようにしたい。
ちょっと手元が忙しくなるかもしれないけれど、でもやれないことはないだろう。
都で発動機開発に勤しむ青年技師に宛てて、おおよその構想をまとめた手紙を送っておいた。
彼が妙なアイディアを混ぜることなく、無難にまとめてくれることを祈るとしよう。
***** A Short History of Crow Hill /
そこまで決まったら、早速たまご作りに取り掛かる。
これは研究所で作るには大きすぎるため、親父さんの工房に依頼した。
実際に工房へ行って初日の作業を少しの間だけ見させてもらったが、親父さんが鉄の棒をまっ赤に焼いて曲げていき、大きな桶で水に浸し、また焼いて、ろう付けしてと、試作品がみるみる形になっていく。
最初のものは少々不恰好だったけれど、二つ目はもう美しいと言えるような曲線を描いていた。
私はその時点で十分だと思ったのだけれど、親父さんは「まだ“硬い”よ。」と言って三つ目に取り組み始めた。
それから二日が過ぎた後に、荷馬車に積まれた試作品が研究所へと持ち込まれた。
自分の仕事を見届けようと、親父さんも同行している。
こちらでもハンモックシートを試作しておいたので、留め金具・緩衝ゴム・ベルトで取り付けて、シートの位置と張り具合を調整していく。
いったん中に入って座ってみたけれど、なんだか不思議な感覚だ。
公園のよじのぼり鉄格子とブランコを、どこかの挑戦的な芸術家が一つにまとめてしまったような感じだった。
調整もそこそこに、ともかく性能テストをすることにしたのだが、そこから先はちょっとしたお祭り騒ぎになってしまった。
まずは無人で転がした。
丘の斜面へ押し出して、ごろごろ下まで転がっていくのを見届ける。
壊れていないし歪んでもいない。
うん、いい感じじゃない。
「問題なさそうだな、次は人を乗せてみようか。」
父さんの一言で、もちろん私は自分が中に入るものだと思っていた。
だって操縦するのは私なんだから。
ところがだ。
「じゃあ俺が」「いや俺だな」「危ないから俺に任せろ」と、男の人たちが子供みたいに争い始めた。
見習い大工の若い衆が我先にと名乗りを上げ、そしてもちろん父さんも続く。
まさか、親父さんまで並びはじめた。
私の番は来そうにない。
からすヶ丘には“地元新聞”というものがない。
もしもあったら、明日の一面記事の見出しは「The Great Egg‑Rolling」あたりだろう。
季節外れのイースターだ。
いい大人たちが鉄の卵に入り込んで、きゃあきゃあと声を上げながら丘を転がり落ちていく。
なんだこれ。
今からばあやを呼びに行って、この光景を見せてあげようか。
聞こえてくるのは笑い声と悲鳴の入り混じった奇怪な音。
転がり終えてたまごから出てくるふらふらの男たちは、みんなくしゃくしゃの笑顔だった。
父さんがたまごから這い出してきた時には、私は思わず目頭を押さえてしまう。
これだから男の人は。
でも、あの人があんなに楽しそうな顔をしているのを見たのは何年ぶりだろう。
仕方がないので自分でお茶を淹れて一杯飲み、カップを洗い終えたあとになって、ようやく私の番が回ってきた。
たまごの中に潜り込み、ベルトを締めて体をハンモックと一体化させた。
鉄の骨組みで切り分けられた視界の向こうに、よく晴れた空が広がっている。
「じゃあいくが、転がり出したら想像してるよりもすごいからな。あんまり下品な悲鳴はあげるなよ?」
「私は淑女です。父さんたちとは違いますから。」
父さんも他のみんなも「おやおや」という表情だ。
お互いの顔を見交わして、同じ予想を共有している連帯感を確かめ合っている。
そして私は、たまごと共に丘の上から押し出された。
最初はゆっくりと。
やがて速度が上がり、視界がぐるぐる回転する。
空、地面、空、地面、空、地面...
揺れて、跳ねて、でもベルトがしっかり体を支えてくれている。
衝撃はあるのだけれど、予想していたような痛さはない。
ハンモックをたまごの中心に浮かせている太いベルトと緩衝ゴム。
そして僅かにしなる鉄の骨格が、衝撃の角を見事に丸めてくれている。
強度一辺倒ではなく少しだけ柔らかく作ってあるのは、親父さんの見事な腕前の賜物だ。
ところでさっきから聞こえてくる、この変な音はなんだろう。
どこかでからすでも鳴いているの?
たまごの転がる勢いが収まり始めたあたりで、それが自分の悲鳴と笑い声の混合物だと気がついた。
たまごが完全に止まっても、私は空を見上げたまま笑い続けた。
きっと顔はくしゃくしゃだ。
視界の端に、坂をこちらに駆け下りてくるみんなの姿が見えている。
みんなして「ほらね」と言いたそうな顔をしている。
彼らがやってくるまでに、私は自分の顔を落ち着かせることができるだろうか?
───はいはい、私の負けですよ。
意地を張っても仕方がないし、もう思いきり笑っておこう。
今日はばあやが居なくて良かったと思う。
***** 続く *****




