第〇章:からすヶ丘
1903年12月17日。
かの有名なる「悪魔殺しの丘」で、人類史上初となる有人動力飛行が実現された。
ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライトによる59秒間の奇跡。
その瞬間を目撃したのは、わずか5人の近所の村人だけだった。
噂は世界を駆け抜けた。
こりゃあとんでもないペテンだぞ──と。
世界からの第一声は、そのようなものだった。
新聞、科学誌、学究権威はこぞって「自転車屋の誇大広告」と非難した。
鳥の翼を背負った人間が必死に羽ばたく挿絵付きで兄弟の偉業を面白おかしく報じた木端新聞でさえ、全体の中では好意的な部類であった。
そのような世間に対し、ウィルバーとオーヴィルはただ沈黙と侮蔑で応えた。
5人の目撃者たちもまた、兄弟の流儀に倣って沈黙と、そして「真実を所有する者の余裕」をもって、不敵な笑みを返すだけだった。
***** A Short History of Crow Hill /
一方で、頭から信じた者もいた。
彼らはきっと技術や理論でなく、夢の美しさだけを信じたのだろう。
1904年の春。
海を隔てた別の国にある、この世界のどこにでもあるであろう陳腐な名前を頂いた町の一つ。
かの無名なる「からすヶ丘」で、一人の好事家が小さな飛行研究所を立ち上げた。
その人物は地主の末裔であったが、都市部から離れている故にまだ失っていないだけの先祖代々の地料を守りもせず、日進月歩の工業文明に身代を投じる知的放蕩家であった。
この、一族の歴史と伝統への挑戦はいくつかの新興技術への投資で大きな見返りを産んでいたが、それ以上に莫大な“夢のような技術”への投資で帳消しになっていた。
ゆえに男の家名と資産は、技術の進歩で世界が前に進むのと同じぐらいのスピードで、常に反対方向に進んでいた。
先述の「夢」のいくつかの例は「自分で考えて喋る本」、「犬会話装置」、「エーテル感応式職工人形」、「瞬間電撃彫刻機」、「字義通り空中庭園」などだ。
それまで聞いたこともないアイディアを耳にすれば、男は喜んで手形を切って夢を買った。
だが買った夢を一通り味わうと、男はすぐにそれを忘れて次の夢を買い求めていた。
それでも一つだけ、鼻先にニンジンを吊り下げられた馬のようにずっと追いかけている夢があった。
「飛行」である。
物心ついた時から先人たちの偉業に心酔していた。
もしかすると他の技術への放埒な投資は、いつまで経っても本当の夢が叶わない歯痒さからの代償行為だったのかもしれない。
とにかく男は、まだ幾らか常識的なその分野で、目につくすべての投資先に金を注ぎ込んだ。
研究者たちの元へ足繁く通い、銀行家たちを付け回して説得し、匙を投げたがる技術者たちを監禁し、夢を諦めた起業家たち(少なくとも男の目にはそう見えていた)の行方を追い駆けた。
だがいつまで経っても結果が出ない。
金と時間が消えていくだけの日々だった。
業を煮やした男がそれまでのやり方を改めたのは、「ペテン兄弟」の噂が世界を駆け巡ったその時だ。
「偉大なるケイリー卿が光を当て、勇敢なるリリエンタールによって道が拓かれ、いまや自転車屋がレールを敷いて空へ飛び立つ。なのにどうしてこの私が住む町の空には、いつまで経ってもからすと木の葉と空手形しか舞わないんだ? ───そうか、私が自分でやらないからか。」
このような事情を背景に、いささか心許なくなった資産が投じられて「からすヶ丘飛行研究所」は誕生した。
***** 続く *****




