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空飛ぶ聖女は、空飛ぶ魔術師様にナンパされる

作者: 文月みい
掲載日:2026/03/01

たくさんの作品の中から選んでいただき、ありがとうございます

「偽聖女アリス!今すぐ出てこい!」


 この国の第一王子である、ジョンヴィッツ様が、教会の奥にある、聖女の祈りの部屋の前で騒いでいる。


 ここは、神聖な場所で基本聖女しか入ることが許されていない。

 アリスは、日課の祈りを捧げている最中だったが、余りにも騒がしく、祈りに集中出来ないため、仕方なく部屋から外へ出た。


「ジョンヴィッツ様、ご機嫌よう。今は、祈りの時間で忙しいのですが、何か御用ですか?」


 内心、舌打ちしながらも笑顔を作って対応する。


「アリス!お前は今まで聖女だと偽り、我々王族や国民を騙していたな!よって、お前との婚約を破棄して、国外追放とする!」


「…はっ?何を言って…」


 アリスに向かって宣言するジョンヴィッツ様の後ろから、ちょこんと顔を出すピンク髪の可愛らしい令嬢。

 その令嬢が、涙を浮かべてジョンヴィッツ様にしがみつく。


「ジョンヴィッツ様、アリス様が睨んでいますぅ。私こわいですぅ」


「あぁ、大丈夫だよナタリーナ。私が側にいるからね。泣かないで、可愛いナタリーナ」


 ナタリーナと呼ばれた令嬢の肩を抱き寄せジョンヴィッツ様が、甘い声で囁いている。


(…そういうことね。鼻の下伸ばしちゃってあの顔…ちょっと、気色悪い。余所でやってよ。うぇぇ…本当に迷惑だわ)


 ジョンヴィッツ様の、甘い声と表情にアリスは、心の中で悪態をつく。


 そして作った笑顔が、そろそろ限界で表情筋が悲鳴を上げ始めた頃、ジョンヴィッツ様がアリスに再度宣言する。


「聞いてるのか!婚約破棄と言ったのだ。私は真の聖女ナタリーナと結婚する。聖女と偽った事は重罪、よって貴様は国外追放だ。今すぐここから去れ!」


「婚約破棄は了承します。寧ろ、ありがとうございます。」


 婚約破棄の言葉にアリスの表情筋は甦り、見たこともないほど、溢れんばかりの笑顔になる。


「ありがとうございますだと…貴様ふざけてるのか!」


「いや、ふざけてはいませんが…。それで、本当にいいんですよね?私出ていきますよ?」


 アリスは、念押しして確認する。あとで文句を言われても困るので、魔道具を使ってジョンヴィッツ様の発言を記録し証拠も残す。


(はぁ、この音を記録できる魔道具って本当に便利。作った人に会ってみたいわ。)


 アリスは、魔道具が好きで、自分でもいつか作ってみたいと思っていた。


(国外追放か…。魔道具作りできるかな。ここを離れられるなら、楽しみしかないわ)


 平民のアリスは、7歳で聖女として教会へ連れてこられ、それから10年間、朝晩の祈りや国の浄化、人々の怪我や病気を治し、そうして自分の役割を全うしてきた。

 

 特に嫌だったのが、ジョンヴィッツ様との婚約だった。聖女は王族と婚姻するという決まりで、拒否することもアリスには出来ない。


 アリスは、好きな人との幸せな結婚も諦めていたが、ジョンヴィッツ様が破棄すると言うなら、その夢も叶うかもしれないと、心は喜びに満ちていた。


「それで、婚約破棄と国外追放の刑は、いつですか?いつ刑は執行しますか?」


(嬉しくてドキドキワクワクが止まらない。偽聖女と言ってくれてありがとう。初めてジョンヴィッツ様に感謝だわ。)


 婚約破棄と国外追放を言い渡されてから、アリスの心は、これから先の自由な人生の事でいっぱいだった。


「今すぐと言っただろう!婚約破棄の書類だ。これにサインしろ。」


 アリスは、すぐに書類に目を通し婚約破棄の書類にサインする。すると、ジョンヴィッツ様が、婚約証書の書類をアリスの目の前で破いて燃やした。


「これで、貴様との婚約は無しだ。今すぐ棟へ連れていき、国外へ飛ばせ!」


 アリスは、騎士の格好をした男二人に挟まれて、そのまま連行された。


「あっ!待って!新しい聖女様、これから大変だと思うけど頑張って。応援してます。」


 アリスは最後に、ナタリーナへ向かってガッツポーズをすると、教会から出て、そのまま棟へと連れて行かれ、言葉通りに国外へ飛ばされたのだった。



♢♢♢♢♢♢♢♢


「私は自由だぁ!やったぁ!」


 アリスは、嬉しさの余り叫んでいた。

 

 アリスを縛るものはなく、目の前に広がるのも青一色。雲一つ無い晴天。

 

 そう、アリスは空の上にいた。


 連れて行かれたのは、城から少し離れた位置にある棟の上。そこに置かれていたのは、人間大砲が一つだけ。


「聖女様、すみません。中に入って頂けますか。」


 アリスが、ニコニコしながら人間大砲の中に入ったのを見届け、魔法師が魔法をかける。


「聖女様、どうかご無事で」


 それを最後に、アリスは空に向かって、勢いよく発射された。


 …それから、数十分?ずっと空の上にいる。多分、隣国にでも向かって飛んでいると思うが、自分がどこを飛んでいるのか景色が同じなので分からなかった。


「うーん、自由はいいけど、まさか比喩でも何でもなく、実際に飛ばされるとは、これいつまで飛ぶの?」


 さっきまでは、家や建物が見えていたが、今は、森しか見えない。聞こえるのもビュンビュンという風の音だけ。


「空の上って寒いのね。飛んでるから風もあるし、そういうのも込みで罰なのかな。はぁ、こんなの初めて聞いたわ。人間大砲なんて、どうせ性格悪い王子が考えたんでしょうけど、これ最悪空からそのまま落下して死ぬんじゃ…。」


 アリスの考え通り、これはジョンヴィッツ様が、主に嫌がらせとアリスを殺すために考えたものだった。


「悪いこと考えても楽しくないし、これからの事を考えよう。まずは、何をしようかな。朝から何も食べてないし、美味しいもの食べる?あっ、でもお金持ってない。まずは、お金を稼がないと。それから…」

 

 アリスは、空を飛びながら、これからの事を考えて、楽しみのあまり体をクルクル回転させたり、横に体をユラユラ揺らしたりしながら、飛び続けていた。

 


「ご機嫌よう、お嬢さん。こんな空の上を一人で飛びながら何してるの?」


 突然、真横から男の人の声が聞こえた。アリスは、驚いて声の方を向くと、黒いローブを着た若い男がアリスの横を飛んでいた。


(…え?何この人…。)


 アリスは男を怪しんで、スッと視線を前に向け、無視することに決めた。


「いやいや、無視しないでお嬢さん。こんなところで何をしているの?それより、どうやってここまで来たの?どこの人?」


 アリスは、横目で男をチラ見する。


「人に何か尋ねるなら、まずは、先に名乗るべきではないですか?」


 アリスは、強気で男に言葉を返した。


「はぁ…わかった。俺は、ロイン。魔術師だよ。今は飛行テストをしていたんだ。お嬢さんは?」


 ロインという男は、次はアリスの番だと言うように、こちらに視線を向けている。


「私は、アリスよ。いろいろあって、今は国外追放の真っ最中なの。」


 意味が分からないと言うように、ロインはアリスをじっと見ている。

 

(まぁ、時間もあるし、一人で空に居るより話し相手がいると楽しいかも…)


 アリスは、ここに来るまでの話を、ロインに全て話して聞かせた。

 アリスが元聖女だと聞いたときは驚き、偽聖女と言われ国外追放を言い渡されてからの事には、自分の事のように腹を立てて怒っていた。


 アリスは、国から離れられることに喜んでいて、特に怒りもなかったが、ロインが自分の為に怒ってくれたことで、何だか嬉しいような、胸の奥がムズムズするような、感じたことの無い感情に少し戸惑っていた。


「ロインは、いい人ね。初めて会った私のために、こんなに怒ってくれるなんて。」


「いや、普通だろ。やってもない罪の為に、こんな理不尽な事をされて、誰だって怒るよ。アリスの方こそ、こんな目に遭っても、前向きに考えられて、すごいね」


 二人は、それからもいろんな話をした。アリスが一番興味を持ったのが、魔道具の話だった。


「ロインは魔道具も作れるの?私も魔道具には興味が合って、いつか自分でも作ってみたいの。」


「この空飛ぶ板も俺が作ったんだ。まだ試作品だけどね。魔石を使ってるから魔法が使えない人でも、飛ぶことが出来るんだ」


 アリスは、ロインが乗っている白い板を見る。大人が横に寝転がっても余裕がある程の大きさで、座れば二人で乗れそうだ。


「すごいわね。ロインって実は有名な魔道具師だったりする?」


「…いや、別に趣味で作ってるだけだよ。俺は、魔術師で、普段は…えっと…国の警備みたいな事をしてるんだ。」


(国所属の魔術師ってこと?うちの国にロインなんて名前の魔術師がいたかしら?)


 アリスは、王子の婚約者だった時に、国の警備の把握や、浄化の為に遠征もしていたので、騎士や魔術師など人の所属や名前を覚えていた。

 しかし、ロインという人は知らなかった。全てを覚えている訳ではないが、魔道具作りもしているなら、アリスは絶対に把握している自信があった。


「そんなことより、君はどこまで行くつもりだったの?俺と話し始めてかなり時間が経ってるけど、なかなか高度が落ちないね。」


 そういえば…と、アリスも不思議に思った。飛んでいる速度も変わらず、高度もロインが言うように変わらない。取りあえず国外まで行ければいいと思うが、目的地は分からない。


「そうね。どこまで行くのかしら。私も人間大砲で飛ばされただけだから、どの国に飛ばされたのか分からないのよね。」


 アリスは、目的地も分からないが、地面への着地する方法も分からないので、このままでは、本当に死んでしまうかもと頭を抱えた。


「じゃあさ、俺の国に来たら?アリスは気づいてない様だけど、国境はかなり前に越えているんだよ。」


「えっ?ここって、エラーウザン王国じゃないの?」


 アリスは下を見るが、まだ森しか見えない。


「違うよ。ここは、シンエラン帝国だよ。」


 アリスはいつの間にか国外追放を達成していたらしい。あとは、下に降りることが出来れば新しい生活の始まりである。


 アリスの心は一気に、新しい生活の事で埋め尽くされ、期待に胸が膨らむ。

 アリスは輝く瞳に、喜びに満ちた可愛らしい笑顔でロインを見た。


「フッ…ハハハ、本当に君って人は…。その笑顔、俺の国に永住するってことでいい?そうだな、魔道具作りも一緒に出来るし、お腹空いてるなら、今から一緒に美味しいものでも食べに行かない?」


「ロインと一緒に行くわ。ロインは、悪い人じゃなさそうだし、魔道具作りもしたいし、お腹も限界なの。」


 即答である。


 初めて会った時は無視されたのに、今の返事の速さに、短い時間でかなり信用されたようだ。

 嬉しいような心配になるような複雑な気持ちのロインだったが、可愛らしいアリスの反応にロインは、クスクスと笑い、アリスに手を差し出す。


「それでは、素敵なお嬢さん、どうか私の手を取り、この先も共に居てくれますか?」


 アリスは迷うことなく、ロインの手を取った。


(ロインと一緒なら取りあえず、ご飯食べられるし、魔道具作りも出来るし、あとはその時考えよう。)


 ロインは、アリスの手を取り、自分に引き寄せると、試作品の空飛ぶ板の上にアリスを乗せて、左へ向きを変える。


「それじゃあ、帝都まで一緒に空のデートを楽しもうか。」


「…デート?私、デートするの初めてよ。国外追放やっぱり最高!それでロイン…、デートって何?」


「アハハ、じゃあ、デートが何か、今からゆっくり教えてあげるから、覚悟してね」


 帝都に着くまでの間、ロインからは、デートとは何かを言葉や態度で示してもらい、アリスは真っ赤になりながら恥ずかしさで、国外追放よりも、過酷な罰を受けたのだった。



♢♢♢♢♢


 アリスは、空飛ぶ板に乗って帝都に着いてから、ロインと一緒に美味しい食事とデザートまで食べた。


 そして、ロインの所有する工房へ行き、魔道具も見せてもらった。

 驚いたのは、音声を記録する魔道具の制作者がロインだと知ったことだ。


「これ、私が初めて魔道具に興味を持った、きっかけになったのよ。ずっと作った人に会いたかったの。感激で胸がいっぱいだわ。」


「そんな風に言われると照れるな。俺も嬉しいよ。」


 アリスはそのまま、工房でロインを手伝いながら、魔道具作りについて学んだ。そして、時間がある時には、治療院で怪我や病気の人の治療を手伝っていた。


「別に、治癒魔法を使わなくてもいいんだよ。聖女として来てもらった訳ではないし、アリスには好きなことをして欲しいんだ」


 ロインの言葉が、アリスはとても嬉しかった。エラーウザン王国では、自由はなく、感謝もされず搾取されるだけ。

 それが、ロインに出会って、たくさんの事を経験できて、明日が来るのが楽しみなのも初めてだった。


「治療することも私がやりたいの。ロインには、お世話になっているし、帝国の人も皆いい人で何かお返しがしたいのよ」


「それならいいけど、無理はするなよ」


 ロインの気遣いに、アリスは心がポッと温かくなった気がした。


 そんな充実した毎日を過ごしていると、何処から嗅ぎ付けたのか、エラーウザン王国からの使者が、突然アリスの所へやって来た。


「聖女様、探しましたよ。無事で良かったです。私達は、王子殿下の指示で、聖女様を迎えに参りました。一緒にエラーウザン王国へお戻り下さい。」


 アリスが追放された後の王国は、浄化が間に合わず、魔物が増え、王都は患者で溢れ、国内は大混乱していた。

 その為、すぐに聖女を連れ戻せと、命令が下り、あちこちに散らばった使者がやっとシンエラン帝国で、アリスを見つけたのだった。


(自分で偽物と言っておきながら何を言ってるのよ。絶対に戻りたくない!)


 アリスは拒否したが、抵抗虚しく、エラーウザン王国に連れ去られてしまった。


 王国では、ジョンヴィッツ様が、笑顔でアリスを迎えた。


「アリス、やっぱり本物の聖女はお前だ。私の婚約者に戻してやるから、国と私の為に尽くせ」


「お久しぶりですね殿下。私を偽物だと言ったのは殿下です。証拠もあります。今さら戻ることはありません。」


 アリスはあの日に記録した音声を流した。ジョンヴィッツ様が、はっきり偽聖女と告げたことや、婚約破棄した経緯が残っている。

 

 ジョンヴィッツ様の顔色が悪くなる。


「…これは、何かの間違いで、そう、私は騙されたんだ。だから、あの時の発言は無効だ。大人しくこっちへ来い!アリス!」


 ジョンヴィッツ様が、アリスの腕を掴もうとした…その時、突然城の天井が大きな音を立てて吹き飛んだ。


「アリス無事か!貴様、汚い手でアリスに触れるな!」


 空から急に声が降ってきたかと思うと、アリスの目の前に、ロインが現れた。


「ロインどうして…」


 アリスは、ロインの顔を見て心底安心して、体から力が抜けた。すかさずロインが、アリスの体を支える。


「遅くなってごめん。助けに来たよアリス。一緒に帰ろう」


 アリスは頷くと、ロインの背中に手を回しギュッと抱きついた。


「ちょっと待て!勝手に何を言っている。エラーウザン王国第一王子の私の命令だぞ!アリスこっちへ戻れ」


 ジョンヴィッツ様の言葉に、ロインから殺気が漏れる。


「貴殿が、アリスを国外追放にしたのだろう。今さら何を言う!それに、アリスは、この私、シンエラン帝国第二王子ロインバルトの婚約者だ!他国の王族の婚約者を奪うとは、戦でも始めたいのか?」


 ジョンヴィッツ様が、ロインの迫力に腰を抜かしている。

 アリスも、いろいろ初めて聞く内容に気絶しそうだった。


(ロインって王子様だったの?えっ…ロインと婚約ってどういうこと…)


 混乱中のアリスの様子に、クスクス笑いながら、ロインは耳元で小さく囁く。


「詳しい話しは、後でゆっくりね。」


 そして、出会った時と同じ、空飛ぶ板に二人で乗って、その場を後にした。


 去っていくアリス達を、もう誰も止めなかった。

 

「そうそう、アリスを飛ばした大砲は、ちゃんと壊しておいたよ」


 ふと下を見ると、アリスを飛ばした人間大砲も吹き飛んでいた。


 出会った時と同じように、二人乗りでの帝国への帰り空。アリスは確認したかったことをロインに尋ねる。


「さっきの事は本当?ロインが第二王子って、私、失礼なこと沢山…どうしよう。」


 顔面蒼白で、オロオロするアリス。ロインは可笑しそうに笑うと、アリスの頬に手を添えて自分の方へ顔を向けた。


「アリスは、俺が王子だとわかったら離れていくの?あの時、俺の手を取ってくれたのに寂しいな」

 

 そう言って、悲しそうな顔でロインがアリスを見つめる。


「うぅ…もう…そんなの無理に決まってるでしょ。ロインって意地悪ね。」


 アリスは、いつの間にかロインに恋をしていた。今さら王子様だと言われても嫌いになることは出来ない。


「そうだろう。俺だって君が居ない人生なんて考えられないんだから。さっきの婚約者ってのは正式に婚約した訳ではないけど、そうならいいなと思ってる。アリス俺と婚約してくれないか?」


「私でいいの?」


「アリスがいいんだよ」


 ロインに抱き寄せられ、頬にキスをひとつ。


「あの日あの時、空の上で君に出会ったのは運命だったんだよ。」


 有り得ない場所で、出会った二人。あの時ロインに会わなければ、アリスは生きてなかったし、こんなに楽しく幸せな毎日は来なかっただろう。


「アリス愛してる。どうかこれからも俺と共に生きて欲しい。」


 ロインが、アリスに手を差し出した。アリスはすぐにその手を取ると、ロインの頬にキスを返した。


「私もロインが好きよ。愛してるわ。きっとずっと幸せになりましょう」


 ロインならアリスの夢だった、好きな人との幸せな結婚を叶えてくれると信じられた。


 空の上から始まった二人の出会い。


 幸せはまだ始まったばかり、いつまでも続きますように…。



 

 

                 Fin


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