空飛ぶ聖女は、空飛ぶ魔術師様にナンパされる
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「偽聖女アリス!今すぐ出てこい!」
この国の第一王子である、ジョンヴィッツ様が、教会の奥にある、聖女の祈りの部屋の前で騒いでいる。
ここは、神聖な場所で基本聖女しか入ることが許されていない。
アリスは、日課の祈りを捧げている最中だったが、余りにも騒がしく、祈りに集中出来ないため、仕方なく部屋から外へ出た。
「ジョンヴィッツ様、ご機嫌よう。今は、祈りの時間で忙しいのですが、何か御用ですか?」
内心、舌打ちしながらも笑顔を作って対応する。
「アリス!お前は今まで聖女だと偽り、我々王族や国民を騙していたな!よって、お前との婚約を破棄して、国外追放とする!」
「…はっ?何を言って…」
アリスに向かって宣言するジョンヴィッツ様の後ろから、ちょこんと顔を出すピンク髪の可愛らしい令嬢。
その令嬢が、涙を浮かべてジョンヴィッツ様にしがみつく。
「ジョンヴィッツ様、アリス様が睨んでいますぅ。私こわいですぅ」
「あぁ、大丈夫だよナタリーナ。私が側にいるからね。泣かないで、可愛いナタリーナ」
ナタリーナと呼ばれた令嬢の肩を抱き寄せジョンヴィッツ様が、甘い声で囁いている。
(…そういうことね。鼻の下伸ばしちゃってあの顔…ちょっと、気色悪い。余所でやってよ。うぇぇ…本当に迷惑だわ)
ジョンヴィッツ様の、甘い声と表情にアリスは、心の中で悪態をつく。
そして作った笑顔が、そろそろ限界で表情筋が悲鳴を上げ始めた頃、ジョンヴィッツ様がアリスに再度宣言する。
「聞いてるのか!婚約破棄と言ったのだ。私は真の聖女ナタリーナと結婚する。聖女と偽った事は重罪、よって貴様は国外追放だ。今すぐここから去れ!」
「婚約破棄は了承します。寧ろ、ありがとうございます。」
婚約破棄の言葉にアリスの表情筋は甦り、見たこともないほど、溢れんばかりの笑顔になる。
「ありがとうございますだと…貴様ふざけてるのか!」
「いや、ふざけてはいませんが…。それで、本当にいいんですよね?私出ていきますよ?」
アリスは、念押しして確認する。あとで文句を言われても困るので、魔道具を使ってジョンヴィッツ様の発言を記録し証拠も残す。
(はぁ、この音を記録できる魔道具って本当に便利。作った人に会ってみたいわ。)
アリスは、魔道具が好きで、自分でもいつか作ってみたいと思っていた。
(国外追放か…。魔道具作りできるかな。ここを離れられるなら、楽しみしかないわ)
平民のアリスは、7歳で聖女として教会へ連れてこられ、それから10年間、朝晩の祈りや国の浄化、人々の怪我や病気を治し、そうして自分の役割を全うしてきた。
特に嫌だったのが、ジョンヴィッツ様との婚約だった。聖女は王族と婚姻するという決まりで、拒否することもアリスには出来ない。
アリスは、好きな人との幸せな結婚も諦めていたが、ジョンヴィッツ様が破棄すると言うなら、その夢も叶うかもしれないと、心は喜びに満ちていた。
「それで、婚約破棄と国外追放の刑は、いつですか?いつ刑は執行しますか?」
(嬉しくてドキドキワクワクが止まらない。偽聖女と言ってくれてありがとう。初めてジョンヴィッツ様に感謝だわ。)
婚約破棄と国外追放を言い渡されてから、アリスの心は、これから先の自由な人生の事でいっぱいだった。
「今すぐと言っただろう!婚約破棄の書類だ。これにサインしろ。」
アリスは、すぐに書類に目を通し婚約破棄の書類にサインする。すると、ジョンヴィッツ様が、婚約証書の書類をアリスの目の前で破いて燃やした。
「これで、貴様との婚約は無しだ。今すぐ棟へ連れていき、国外へ飛ばせ!」
アリスは、騎士の格好をした男二人に挟まれて、そのまま連行された。
「あっ!待って!新しい聖女様、これから大変だと思うけど頑張って。応援してます。」
アリスは最後に、ナタリーナへ向かってガッツポーズをすると、教会から出て、そのまま棟へと連れて行かれ、言葉通りに国外へ飛ばされたのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
「私は自由だぁ!やったぁ!」
アリスは、嬉しさの余り叫んでいた。
アリスを縛るものはなく、目の前に広がるのも青一色。雲一つ無い晴天。
そう、アリスは空の上にいた。
連れて行かれたのは、城から少し離れた位置にある棟の上。そこに置かれていたのは、人間大砲が一つだけ。
「聖女様、すみません。中に入って頂けますか。」
アリスが、ニコニコしながら人間大砲の中に入ったのを見届け、魔法師が魔法をかける。
「聖女様、どうかご無事で」
それを最後に、アリスは空に向かって、勢いよく発射された。
…それから、数十分?ずっと空の上にいる。多分、隣国にでも向かって飛んでいると思うが、自分がどこを飛んでいるのか景色が同じなので分からなかった。
「うーん、自由はいいけど、まさか比喩でも何でもなく、実際に飛ばされるとは、これいつまで飛ぶの?」
さっきまでは、家や建物が見えていたが、今は、森しか見えない。聞こえるのもビュンビュンという風の音だけ。
「空の上って寒いのね。飛んでるから風もあるし、そういうのも込みで罰なのかな。はぁ、こんなの初めて聞いたわ。人間大砲なんて、どうせ性格悪い王子が考えたんでしょうけど、これ最悪空からそのまま落下して死ぬんじゃ…。」
アリスの考え通り、これはジョンヴィッツ様が、主に嫌がらせとアリスを殺すために考えたものだった。
「悪いこと考えても楽しくないし、これからの事を考えよう。まずは、何をしようかな。朝から何も食べてないし、美味しいもの食べる?あっ、でもお金持ってない。まずは、お金を稼がないと。それから…」
アリスは、空を飛びながら、これからの事を考えて、楽しみのあまり体をクルクル回転させたり、横に体をユラユラ揺らしたりしながら、飛び続けていた。
「ご機嫌よう、お嬢さん。こんな空の上を一人で飛びながら何してるの?」
突然、真横から男の人の声が聞こえた。アリスは、驚いて声の方を向くと、黒いローブを着た若い男がアリスの横を飛んでいた。
(…え?何この人…。)
アリスは男を怪しんで、スッと視線を前に向け、無視することに決めた。
「いやいや、無視しないでお嬢さん。こんなところで何をしているの?それより、どうやってここまで来たの?どこの人?」
アリスは、横目で男をチラ見する。
「人に何か尋ねるなら、まずは、先に名乗るべきではないですか?」
アリスは、強気で男に言葉を返した。
「はぁ…わかった。俺は、ロイン。魔術師だよ。今は飛行テストをしていたんだ。お嬢さんは?」
ロインという男は、次はアリスの番だと言うように、こちらに視線を向けている。
「私は、アリスよ。いろいろあって、今は国外追放の真っ最中なの。」
意味が分からないと言うように、ロインはアリスをじっと見ている。
(まぁ、時間もあるし、一人で空に居るより話し相手がいると楽しいかも…)
アリスは、ここに来るまでの話を、ロインに全て話して聞かせた。
アリスが元聖女だと聞いたときは驚き、偽聖女と言われ国外追放を言い渡されてからの事には、自分の事のように腹を立てて怒っていた。
アリスは、国から離れられることに喜んでいて、特に怒りもなかったが、ロインが自分の為に怒ってくれたことで、何だか嬉しいような、胸の奥がムズムズするような、感じたことの無い感情に少し戸惑っていた。
「ロインは、いい人ね。初めて会った私のために、こんなに怒ってくれるなんて。」
「いや、普通だろ。やってもない罪の為に、こんな理不尽な事をされて、誰だって怒るよ。アリスの方こそ、こんな目に遭っても、前向きに考えられて、すごいね」
二人は、それからもいろんな話をした。アリスが一番興味を持ったのが、魔道具の話だった。
「ロインは魔道具も作れるの?私も魔道具には興味が合って、いつか自分でも作ってみたいの。」
「この空飛ぶ板も俺が作ったんだ。まだ試作品だけどね。魔石を使ってるから魔法が使えない人でも、飛ぶことが出来るんだ」
アリスは、ロインが乗っている白い板を見る。大人が横に寝転がっても余裕がある程の大きさで、座れば二人で乗れそうだ。
「すごいわね。ロインって実は有名な魔道具師だったりする?」
「…いや、別に趣味で作ってるだけだよ。俺は、魔術師で、普段は…えっと…国の警備みたいな事をしてるんだ。」
(国所属の魔術師ってこと?うちの国にロインなんて名前の魔術師がいたかしら?)
アリスは、王子の婚約者だった時に、国の警備の把握や、浄化の為に遠征もしていたので、騎士や魔術師など人の所属や名前を覚えていた。
しかし、ロインという人は知らなかった。全てを覚えている訳ではないが、魔道具作りもしているなら、アリスは絶対に把握している自信があった。
「そんなことより、君はどこまで行くつもりだったの?俺と話し始めてかなり時間が経ってるけど、なかなか高度が落ちないね。」
そういえば…と、アリスも不思議に思った。飛んでいる速度も変わらず、高度もロインが言うように変わらない。取りあえず国外まで行ければいいと思うが、目的地は分からない。
「そうね。どこまで行くのかしら。私も人間大砲で飛ばされただけだから、どの国に飛ばされたのか分からないのよね。」
アリスは、目的地も分からないが、地面への着地する方法も分からないので、このままでは、本当に死んでしまうかもと頭を抱えた。
「じゃあさ、俺の国に来たら?アリスは気づいてない様だけど、国境はかなり前に越えているんだよ。」
「えっ?ここって、エラーウザン王国じゃないの?」
アリスは下を見るが、まだ森しか見えない。
「違うよ。ここは、シンエラン帝国だよ。」
アリスはいつの間にか国外追放を達成していたらしい。あとは、下に降りることが出来れば新しい生活の始まりである。
アリスの心は一気に、新しい生活の事で埋め尽くされ、期待に胸が膨らむ。
アリスは輝く瞳に、喜びに満ちた可愛らしい笑顔でロインを見た。
「フッ…ハハハ、本当に君って人は…。その笑顔、俺の国に永住するってことでいい?そうだな、魔道具作りも一緒に出来るし、お腹空いてるなら、今から一緒に美味しいものでも食べに行かない?」
「ロインと一緒に行くわ。ロインは、悪い人じゃなさそうだし、魔道具作りもしたいし、お腹も限界なの。」
即答である。
初めて会った時は無視されたのに、今の返事の速さに、短い時間でかなり信用されたようだ。
嬉しいような心配になるような複雑な気持ちのロインだったが、可愛らしいアリスの反応にロインは、クスクスと笑い、アリスに手を差し出す。
「それでは、素敵なお嬢さん、どうか私の手を取り、この先も共に居てくれますか?」
アリスは迷うことなく、ロインの手を取った。
(ロインと一緒なら取りあえず、ご飯食べられるし、魔道具作りも出来るし、あとはその時考えよう。)
ロインは、アリスの手を取り、自分に引き寄せると、試作品の空飛ぶ板の上にアリスを乗せて、左へ向きを変える。
「それじゃあ、帝都まで一緒に空のデートを楽しもうか。」
「…デート?私、デートするの初めてよ。国外追放やっぱり最高!それでロイン…、デートって何?」
「アハハ、じゃあ、デートが何か、今からゆっくり教えてあげるから、覚悟してね」
帝都に着くまでの間、ロインからは、デートとは何かを言葉や態度で示してもらい、アリスは真っ赤になりながら恥ずかしさで、国外追放よりも、過酷な罰を受けたのだった。
♢♢♢♢♢
アリスは、空飛ぶ板に乗って帝都に着いてから、ロインと一緒に美味しい食事とデザートまで食べた。
そして、ロインの所有する工房へ行き、魔道具も見せてもらった。
驚いたのは、音声を記録する魔道具の制作者がロインだと知ったことだ。
「これ、私が初めて魔道具に興味を持った、きっかけになったのよ。ずっと作った人に会いたかったの。感激で胸がいっぱいだわ。」
「そんな風に言われると照れるな。俺も嬉しいよ。」
アリスはそのまま、工房でロインを手伝いながら、魔道具作りについて学んだ。そして、時間がある時には、治療院で怪我や病気の人の治療を手伝っていた。
「別に、治癒魔法を使わなくてもいいんだよ。聖女として来てもらった訳ではないし、アリスには好きなことをして欲しいんだ」
ロインの言葉が、アリスはとても嬉しかった。エラーウザン王国では、自由はなく、感謝もされず搾取されるだけ。
それが、ロインに出会って、たくさんの事を経験できて、明日が来るのが楽しみなのも初めてだった。
「治療することも私がやりたいの。ロインには、お世話になっているし、帝国の人も皆いい人で何かお返しがしたいのよ」
「それならいいけど、無理はするなよ」
ロインの気遣いに、アリスは心がポッと温かくなった気がした。
そんな充実した毎日を過ごしていると、何処から嗅ぎ付けたのか、エラーウザン王国からの使者が、突然アリスの所へやって来た。
「聖女様、探しましたよ。無事で良かったです。私達は、王子殿下の指示で、聖女様を迎えに参りました。一緒にエラーウザン王国へお戻り下さい。」
アリスが追放された後の王国は、浄化が間に合わず、魔物が増え、王都は患者で溢れ、国内は大混乱していた。
その為、すぐに聖女を連れ戻せと、命令が下り、あちこちに散らばった使者がやっとシンエラン帝国で、アリスを見つけたのだった。
(自分で偽物と言っておきながら何を言ってるのよ。絶対に戻りたくない!)
アリスは拒否したが、抵抗虚しく、エラーウザン王国に連れ去られてしまった。
王国では、ジョンヴィッツ様が、笑顔でアリスを迎えた。
「アリス、やっぱり本物の聖女はお前だ。私の婚約者に戻してやるから、国と私の為に尽くせ」
「お久しぶりですね殿下。私を偽物だと言ったのは殿下です。証拠もあります。今さら戻ることはありません。」
アリスはあの日に記録した音声を流した。ジョンヴィッツ様が、はっきり偽聖女と告げたことや、婚約破棄した経緯が残っている。
ジョンヴィッツ様の顔色が悪くなる。
「…これは、何かの間違いで、そう、私は騙されたんだ。だから、あの時の発言は無効だ。大人しくこっちへ来い!アリス!」
ジョンヴィッツ様が、アリスの腕を掴もうとした…その時、突然城の天井が大きな音を立てて吹き飛んだ。
「アリス無事か!貴様、汚い手でアリスに触れるな!」
空から急に声が降ってきたかと思うと、アリスの目の前に、ロインが現れた。
「ロインどうして…」
アリスは、ロインの顔を見て心底安心して、体から力が抜けた。すかさずロインが、アリスの体を支える。
「遅くなってごめん。助けに来たよアリス。一緒に帰ろう」
アリスは頷くと、ロインの背中に手を回しギュッと抱きついた。
「ちょっと待て!勝手に何を言っている。エラーウザン王国第一王子の私の命令だぞ!アリスこっちへ戻れ」
ジョンヴィッツ様の言葉に、ロインから殺気が漏れる。
「貴殿が、アリスを国外追放にしたのだろう。今さら何を言う!それに、アリスは、この私、シンエラン帝国第二王子ロインバルトの婚約者だ!他国の王族の婚約者を奪うとは、戦でも始めたいのか?」
ジョンヴィッツ様が、ロインの迫力に腰を抜かしている。
アリスも、いろいろ初めて聞く内容に気絶しそうだった。
(ロインって王子様だったの?えっ…ロインと婚約ってどういうこと…)
混乱中のアリスの様子に、クスクス笑いながら、ロインは耳元で小さく囁く。
「詳しい話しは、後でゆっくりね。」
そして、出会った時と同じ、空飛ぶ板に二人で乗って、その場を後にした。
去っていくアリス達を、もう誰も止めなかった。
「そうそう、アリスを飛ばした大砲は、ちゃんと壊しておいたよ」
ふと下を見ると、アリスを飛ばした人間大砲も吹き飛んでいた。
出会った時と同じように、二人乗りでの帝国への帰り空。アリスは確認したかったことをロインに尋ねる。
「さっきの事は本当?ロインが第二王子って、私、失礼なこと沢山…どうしよう。」
顔面蒼白で、オロオロするアリス。ロインは可笑しそうに笑うと、アリスの頬に手を添えて自分の方へ顔を向けた。
「アリスは、俺が王子だとわかったら離れていくの?あの時、俺の手を取ってくれたのに寂しいな」
そう言って、悲しそうな顔でロインがアリスを見つめる。
「うぅ…もう…そんなの無理に決まってるでしょ。ロインって意地悪ね。」
アリスは、いつの間にかロインに恋をしていた。今さら王子様だと言われても嫌いになることは出来ない。
「そうだろう。俺だって君が居ない人生なんて考えられないんだから。さっきの婚約者ってのは正式に婚約した訳ではないけど、そうならいいなと思ってる。アリス俺と婚約してくれないか?」
「私でいいの?」
「アリスがいいんだよ」
ロインに抱き寄せられ、頬にキスをひとつ。
「あの日あの時、空の上で君に出会ったのは運命だったんだよ。」
有り得ない場所で、出会った二人。あの時ロインに会わなければ、アリスは生きてなかったし、こんなに楽しく幸せな毎日は来なかっただろう。
「アリス愛してる。どうかこれからも俺と共に生きて欲しい。」
ロインが、アリスに手を差し出した。アリスはすぐにその手を取ると、ロインの頬にキスを返した。
「私もロインが好きよ。愛してるわ。きっとずっと幸せになりましょう」
ロインならアリスの夢だった、好きな人との幸せな結婚を叶えてくれると信じられた。
空の上から始まった二人の出会い。
幸せはまだ始まったばかり、いつまでも続きますように…。
Fin




