旅立ち編_第一章_7_虐殺
"……待機・自動迎撃命令を承認"
"……待機・自動迎撃命令を承認"
"……待機・自動迎撃命令を承認"
セイカの指示に従い、アントは道路の突当たりで停止する。
そのアントを避けるように別のアントが先へと進み、次は十字路で停止する。
さらに後から来た3機のアントが各道路に別れて先へと進み、突当り、行き止まり、施設の前などで停止していく。
アントはスコルピウスと似た形状をした全高1mほどの自律兵器だ。大きさ以外の相違点としては背中に機銃は無く、マニピュレーターは人の手のような形状をしていて前面ではなく4脚の中心から生えている。
基本武装がないアントは作業用の機体だ。だが、100kgを超える重量と対人火器ではビクともしない装甲は人間にとって十二分に脅威である。
セイカの命令で徘徊しているアントは揃って人の扱う小銃をマニピュレーターで保持していた。
『ジャミングの発生源はこっちのはずだけど……』
アントを配置している目的は妨害電波の発生源の破壊だった。ツチグモに搭載された電波方向探知装置で大まかな方向は分かっているので、あとは虱潰しの作業だった。
各通路に待機させたアント達はレーザー通信の中継機を兼ねており、指示した方角の施設を物理的に占拠するとともに、妨害電波下での無人兵器の活動範囲の拡大を並行して行ってくれている。
『それにしても、何の音かしら?』
先ほどから施設全体に振動とともに爆発音……のように聞こえる音をアントが定期的に拾っていた。施設内だとは思うが、迎撃にしては音が近付いてくるのが遅い。
気にはなるものの、妨害電波の影響で無人兵器の活動範囲に制限がかかっているため、セイカにとっての優先度は低かった。
最悪、何機かのアントが犠牲になるだけだ。
『ミヤビはうまくやったかしら……?』
妹が心配ではない訳ではないが、戦うために作られ訓練されてきた妹がここのならず者程度の警備兵に負けるはずがないとも思っている。
注意力が散漫になった時に限って警備兵とも遭遇する。息を切らせる男を一瞥するも、すぐに興味を失った。
『邪魔ね』
小銃程度の装備であれば小銃よりも飛び掛かって踏み付ける方が早い。また1人、進行方向にいた不幸な人間がアントに轢き潰された。
緊急プロトコル通りにセイカの停止処理に来た勤勉な研究員や警備兵も、待ち構えていたアントの軍勢によって同じ末路を迎えている。
ツチグモとコロニーのカメラから鉄臭そうな床が目に入っているが、培養槽にいるセイカに臭いなど分からなかった。
アントが何棟目かの格納庫の扉を叩き壊すと、目的の場所に到着した。そこが電子戦車両の格納庫だった。
まだそれなりに生き残りはいたようだ。待ち構えていた警備兵から鉛玉の雨が飛んでくる。彼らにとっては最後の砦なのかもしれない。
『やっと見付けたわ。座標を記録……』
いったんアントを射線から後退させる。アントを大量に投入して制圧することもできるが、流石に車両の破壊には時間がかかる。
破壊そのものは専用の機体を使えばいい。
"スコルピウスを分離。操作権限を制限解除個体00へ移譲"
システムから機械的な返答が返ってきた。
脳と繋がっている機械たちへの指示に、言葉はそこまで重要ではなかった。機械がセイカに応えてくれる。
遠隔操作の権限を得たスコルピウスも自身の手足のように動かせる。
『レーザー通信は制約が多いけどラグが少ないわね。使い所かしら。』
長距離砲を搭載した機体だ。アントが得た座標の方角に砲身を向けた。当然ながら装填されているのは訓練用の弾ではなく実弾だ。
搭載されている弾薬の情報がセイカの培養槽の壁面に表示される。徹甲弾と榴弾。榴弾では壁面を撃ち抜く際に巻き込まれてしまうため。徹甲弾を選択した。
何発か撃てば、建物も貫通して届くだろう。
初撃を撃とうと指示を出そうと考えた時だった。
先ほどと同じ爆発音……先程よりはるかに近い。
砲撃座標を送ったアントの近くだ。
アントのカメラを向ける。
見れば、研究施設の壁面が崩落していた。男……警備兵が建物から転がるように逃げていた。
崩落した壁の向こうには
『ジョロウ!?なんでこんなところに……』
崩落した建物はただの研究棟で大型車両やMⅢが通れるスペースはないはずだ。
壁と床を叩き壊しながら進んで来たとでもいうのだろうか。
壁を突き破ったサブアームが赤黒く染まっている……細部を確認するには崩落した建物の粉塵が邪魔だった。
ジョロウがこちらのアントを一瞥したように見えた。だが、すぐに違う方向へと向き直る。
逃げてきた男の方だった。
男を見据えたままジョロウがサブアームで器用に瓦礫を持ち上げる。
アンダースローのように振りかぶり……投げた。
「うわああぁぁぁ!?」
男が情けない悲鳴をあげて伏せた。
ジョロウの力加減が強すぎたのか、瓦礫は男とは違う方向へと飛んでいき……ジャミングの発生源である電子戦車両の格納庫の壁を突き破った。
蜂の巣でもつついたかのように、格納庫の内側から銃弾の雨が飛び出した。
ジョロウの視線が動く。銃弾が飛び出してきた格納庫に目標が向いた。ホバーエンジンでの高速移動ではなく、人が歩くように地を踏みしめて移動している。
『故障しているの?』
セイカの不安は杞憂で終わり、ジョロウが建物から出てくると機体の重量を軽減するホバーエンジンの暴風がアントを襲った。飛ばされることは無いものの、横転しないよう四肢を開いて踏ん張る。
哀れな男は風圧で立ち上がれもしないようだ。這うように逃げようとするが、男がいる位置は奇しくもジョロウの進行方向だ。
ジョロウの動きは最高速に比べるとはるかに遅いが、立ち上がれない男よりは速かった。
ジョロウの足が、男の真上に来た。影になり、男は状況に気付いたようで、上を見上げた。
ブチンと男はアスファルトの滲みに変わった。
男を踏み潰したジョロウはそのまま歩を進めていく。
『何か抱えて……』
ジョロウの様子を確かめようとそのまま静止させていたアントが吹き飛ばされた。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、近くに配置したアントのカメラにジョロウのサブアームで薙ぎ払われる姿が写っていた。
膂力と強度が違い過ぎる。サブアームがフレームにめり込んだアントは天高く跳ね上げられていた。
そのおかげで、ジョロウのマニピュレーターに乗っているものが分かった。
そうか。
そういう事か。
『あの女……!!』
様子がおかしいとは思っていた。
重要な仕事がある時は万全を期すタイプで、アルコールを残した状態で臨む人間ではない。
どういう形であれ、死ぬつもりだったのだ。
たしかに、甘える……依存する先がいなくなれば誰しも独り立ちするしかないだろう。
『ミヤビ!聞こえる!?』
とにかく、まずは妹の状態を確認する。
レーザー通信をジョロウに繋いで呼びかけてみた。
ジョロウが送信先のアントを一瞥した。
反応してくれた。と喜んだのも束の間、返答の代わりに跳んできたのは瓦礫だった。
アントの機動力では避けられない。
2機目がスクラップとなった。
必然的に通信も切れる。
『会話はできそうにないわね……』
完全に我を忘れていると考えたほうが良い。
敵味方の識別もできていなければ、機体のセキュリティも働いていないところをみるに、機体と繋がっているに違いない。
人機直結操作システムは身体を動かすように機体を扱えるが、恐怖や怒りなどの感情が機体の動作に大きく影響してしまう。
妹の極度のストレスと興奮……ようは怒りのままにジョロウが動いているのだ。
そして、攻撃先には優先順位があるようだ。この施設の人間を徹底して攻撃している。干渉さえしなければアント……無人兵器には見向きもしないようだ。
状況を確認していると、無線通信が回復した。
電子戦車両を必死に守っていた警備兵達がすり潰されたのだ。
……ジョロウが格納庫の中から出てくる様子がない。
『ミヤビの様子を確認するのが先ね……』
復活した通信でジョロウへアクセスする。セキュリティコードは変わっていない。
声をかけたり、物理的に邪魔にならなければ攻撃的な反応は返ってこないようだ。
ジョロウの通話用機内カメラを動かす。妹の姿が目に入った。
私物の入ったバックに顔を埋め膝を抱えて震えていた。音声を繋ぐと妹の嗚咽が聞こえてきた。
思わず歯軋りをしてしまった。
『怒るな……。冷静に……冷静になりなさい』
自分も感情に飲まれる訳にはいかない。妹の二の舞いになる。ここの連中がどうなろうと知ったことではないが、これ以上騒ぎを大きくするべきではない。
外部からの干渉、または救援部隊が到着する前に立ち去る必要があるのだ。
セイカは長く息を吐き、平静であることを意識する。
ジョロウの動作を確認する。
繰り返し繰り返し索敵を行っていた。
次の攻撃対象を探し続けている。
まるで、機体が妹の代わりに怒りを出力しているようだった。
おそらく、施設の人間を見付ければ虐殺を再開するのだろう。
何をするべきかは決まった。
『コード入力。管理者権限を寄越しなさい』
"……管理者コードを確認。管理者権限を制限解除個体00へ譲渡。制限解除個体01を操縦者権限に変更"
ジョロウから返答があった。
『人機直結システム停止。操縦権をこちらに』
ミヤビのインプラントに繋がっていた端子が抜ける。そこでようやく、ミヤビは異変に気付いたようだ。少しだけ顔を上げる。
セイカは通信を繋いだ。
『ミヤビ、終わったわよ。もう敵はいないわ』
嘘だ。
『ありがとう。母さんを離さないでいてくれて』
正直に言えば、捨ててくれた方が気が晴れた。
『後は私に任せて』
ミヤビは姉の言葉を聞き終えるとむせび泣き始めた。
今すぐそばについていてあげたい。
だが、まだやる事がある。
『全機起動よ』
セイカの指示の下、待機状態だった4機のコロニー、待機状態だった無人兵器達が産声を……アクチュエーターを稼働させた。
コロニーから這い出て整列したアントは、統率のとれた動きで10体ずつ人間の通路から外へと出ていく。
クラッドビートルは盾を振り被ると格納庫シャッターを破壊しスコルピウスやコロニー、ツチグモが外に出るための通路を確保。
機動力の高いスコルピウスから順に外部へと部隊を展開していく。
『誰1人残さないわ』
ここの人間を目にすると、また妹が暴走するかもしれない。不安要素は排除しておきたかった。
全機導入すれば、さほど時間はかからないはずだ。
これだけの数を同時に扱ったことはない。だが、直接的な操縦に拘らなければ問題ないはずだ。
『まずは居住区からね……物資の回収も並行しないと……』
脳内で指示を出しつつ独り言で手順を整理する。
100機あまりの無人兵器……アントの群れが建物へと群がっていく。
この数の統率して制御するのは厳しい。頭痛がする。方法を変えて効率化しなければ無理だ。
『ドア、扉……窓ガラスを破壊対象としてAIに画像認識させて殲滅指示。指示をコピー……コピー……コピー……』
自動で探索するように設定したアント達はイナゴの群れが餌を貪るように破壊対象に群がっていく。
悲鳴が耳に入るが無視する。
どうせすぐ聞こえなくなる。
『区画で行動範囲と順序を設定してコロニーに管理させて……。何機かの手元にアントが欲しいわね。電源車両と燃料車両を確保しないと。他の待機状態の無人兵器は……見付けてから考えるべきね』
スコルピウスは施設周辺に配置した。外部からの干渉もそうだが、逃げ出す車両や人間の処理だ。
クラッドビートルにはコロニーとツチグモを守ってもらう。
蝗害や雪崩すら生温い。
蹂躙と虐殺が始まった。
セイカがミヤビよりも恐れられていた理由がうまく描けているでしょうか……。
2人共いわゆるワンマンアーミーなタイプの強力な存在ですが、セイカは1人で多数の兵器を操れる文字通りの1人軍隊。ミヤビはいわゆる一騎当千のエースパイロットのようなイメージです。
まだ第一章は続くのでお付き合いいただけると嬉しいです。読んでくださったあなたへ感謝を。




