旅立ち編_第一章_6_暴走
「制限解除個体00がセキュリティを突破!無人兵器が起動しています!」
「予備格納庫への電源を落とせないのか!?」
「駄目です!すでにツチグモ、コロニーが起動しています!区画の電源を落とすと監視と迎撃が……」
「ECMで電波妨害!無人兵器の遠隔操作と連携を阻害しろ!」
「博士を呼び出せ!今どこにいる!?」
「制限解除個体01の隔離室ですが……、護衛とも博士とも連絡が……」
「無人兵器の無力化を優先しろ!ECMを起動!警…兵を………以降……回線は……」
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「セイカのツチグモが起動したようだ。しかし酷い有様だ」
撃ち殺した男の無線機からはノイズしか聞こえなくなった。母は不要と放り捨てた。警報音が延々と鳴り響いている。
母とミヤビはすでに移動を始めていた。ミヤビが小銃を手に先行する。
緊急時の対応として、非戦闘員はシェルターまたは自室待機がマニュアル上の対応となる。警備兵など、戦闘が可能な者はセイカの無人兵器への対応に向かっている。そのため、避難ルートを避ければほとんど人と接触しなかった。
屋外演習場に隣接して立ち並ぶ格納庫。ジョロウが納められている場所まで容易くたどり着けた。
「入り口にいる」
「流石にここの警備は動かないか」
格納庫の前には警備兵が1人、小銃を手に気怠そうに立っていた。
逃げ出したいと思っているのだろうが、武装や兵器を扱うエリアは無人にするわけにはいかないのだろう。
「……仕事熱心なことだ」
「入口を制圧したら、そのまま格納庫まで行く」
ここからはスピード勝負だ。
警備兵がミヤビのいる方向から目線を外した。
その瞬間を見逃さず、ミヤビは建物の間の小路から飛び出した。
人の視野は人が思っているより狭い。警備の男は飛び出したミヤビに気付かなかった。
相手の反応を待たず、ミヤビは小銃の引金を引いた。フルオートだ。
男は脚を撃たれ、ようやくミヤビに気付くがもう遅い。反射的に身を捩って反撃しようとしても、脚が言う事を効かず崩れ落ちた。
ミヤビはその間、速度を落とすことなく車道を走り抜け、男の小銃を蹴り飛ばした。倒れた男が顔を上げると、ミヤビの小銃の銃口との目が合う。
「ま、待っ……」
「……」
答えることもなく引金が引かれた。
悲鳴すら上げることもできす、男は絶命する。それを見届けてから、ミヤビは母にハンドサインを送る。
母が駆けてくるまでに、男の服から小銃のマガジンを奪ってマガジン交換、余剰分はポケットに仕舞った。
「運動不足かな……」
「もう少し。がんばって」
母を労いつつも、ミヤビは先に建物に入った。
銃声だけは隠せない。他の警備兵が集まってくる可能性がある。
格納庫に整備士の姿はない。キャットウォーク上も無人だ。避難したのだろうか。
他のMⅢも並ぶ中、ジョロウは専用のスペースで固定されていた。
「ミヤビは起動キーを取ってきてくれ。私は機体の起動準備をする」
キャットウォークに登り、母は機体の遠隔操作端末を操作し始める。ミヤビは2階事務所へ駆けた。
廊下どころか事務所ももぬけの殻だった。キーケースは律儀にロックされていたため、錠を銃撃で破壊する。
ジョロウの起動キーだけで充分だが、追撃を遅らせるため他の機体のキーも拝借した。
ここまで、恐ろしいほどに順調だった。おそらく、母と姉の思惑通りなのだろう。懸念点があるとすれば姉の状況だが、こちらに集中しろと言われている。
「そこで何をしている!!」
外から怒声にも似た声が聞こえた。合わせて、単発の銃声が響く。
小銃の速射音ではない。母の持っている拳銃の音だった。
背筋が寒くなる。ミヤビは弾かれたように駆け出し、事務所から飛び出す。
母は屈みながらキャットウォークの下に拳銃を向けていた。細かく確認する間はなく、母が拳銃を向けた先に、小銃をフルオートで発砲する。
銃声で気付いたのか、母はミヤビに目を向けた。
「速く乗りなさい!」
コクピットの上部ハッチはすでに開いていた。母が威嚇射撃を続ける中、ミヤビはキャットウォークを駆け、小銃のマガジンを交換する。
機体のそばまで来ると、格納庫の入口の影からこちらを確認する警備兵の姿が見えた。
「貸せ!私がやる。ミヤビは中に!」
小銃を構えようとしたが、母に咎められ小銃を手渡す。母は受け取ると、先程まで持っていた拳銃を躊躇いなく投げ捨て小銃を構えた。
声掛けなどは無かった。
母がフルオートで撃ち終わる前に、安全柵を支えに飛び込むようにコクピットの中に滑り込む。
起動キーを挿し込み、コードを入力する。普段は何とも思わない数秒の起動画面が非常に長く感じる。
この間に母を中に入れられるのではないか。
そう考え、身体を起こそうと壁面に手を掛けた時だった。急に機体内部が暗くなった。
「…母さん!?」
コクピットのハッチが閉じたのだった。そんな操作をした覚えはないどころか、機体は起動中である。
誰が操作したのか確認するまでもなかった。
「私が一緒だと足手まといになるからね」
機体の通信機から母の声が届いた。無線は死んでいるはずだ。遠隔操作端末からだろうか。
母が何を言っているのか解らない。そんなことよりも母も中に入れなければならない。
まだシステムは起動画面で、操縦席からの入力はできない。緊急時用の開閉機構はあるが、それを使ってしまうと、今度は整備なしではハッチを閉じられなくなってしまう。
1秒1秒が惜しい。機体に速くしろと言ったところで、起動シークエンスに融通はきかない。
「やだ!母さん!ハッチを開けて!!」
「……これは命令だよ。2人だけで……」
ブツッと音声が途切れた。
ミヤビの毛が逆立つ。
「早く!早くして!このポンコツっ!!」
コクピット内で機体を殴ったところで、動作が早くなる訳では無い。頭では分かっている。
「早く、してよ……」
懇願が届いた訳では無い。起動シークエンスが終わり機体のモニターが外部の映像を映した。
バックモニターに映ったのは、血溜まりに沈んだ白衣の女性だった。駆けてきた男が何かを探すように、動かない女性を物色し始める。
"制限解除個体01の命令を確認。管理者権限者の死亡を確認。最上位権限を制限解除個体01へと移行しました。命令承認。人機直結システムを起動します"
無機質なシステム音声がコクピット内に木霊した。
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「くそっ!余計な手間をかけやがって!!」
警備兵の男は、博士と呼ばれていた女のポケットを確認する。通信モバイルと飴玉と……日用品程度のものしか出てこなかった。
バディを組んでいるもう1人も駆け寄ってきた。
「何やってる!そんな奴よりまず機体を止めろ!」
「あの化物2匹を従わせてたんだ!何かあるかもしれないだろ!」
制限解除個体00の束縛処置のため行われた施設全体への電波妨害だが、結局は無意味だった。化物の指示を受けた無人兵器は容赦なく襲いかかってきたのだ。
そして、この研究所の誰もが、博士がどのように化物……制限解除個体2体を従わせているのか理解できていなかった。ましてやただの母子愛でしかないなどと、セイカとミヤビを実験動物や猛獣程度にしか思っていない者には想像もできなかった。
指揮系統が混乱するなか無線も使えず、藁にもすがる思いで博士を探しに来れば、もう1匹を連れて逃げようとしてる始末だ。
頭に血が上った男は冷静な判断ができていなかった。
「そっちは後からでも……」
ほんの一瞬、暴風が頭上を撫でた。
不自然にバディの声が途切れる。
びちゃん……と何かが倒れた。
液体が溢れる音が耳に入る。
赤黒い何かが視界の端に入った。
いや、何が起こったのか薄々分かっていた。
恐怖が心を壊さないように思考を止めている。
だが、それは延命処置にはならない。
覚悟を決め、視線を動かす。
相棒だった男は上半分がなくなっていた。
背筋が泡立つ不快感に耐え、歯を食いしばって身体を起こし、小銃を構える。
目の前にあったのは金属でできた巨人の掌だった。反応が遅すぎたと後悔しても化物は待ってくれない。
反射的に逃げに転じるが、そもそも動くのを待ち構えていた化物の方が反応は早い。
男は潰れないように掴み上げられた。
それでも落とさないように圧迫され、肋骨が砕ける。
声が出ない。命乞いどころか悲鳴も上げられなかった。
そのまま7mの金属の化物は、男を掴んた腕を振り上げる。
その時に、残りの5つの腕のひとつに引っかかっている相棒の頭が目に入った。
「たっ……」
懇願など化物に届くはずもなく、男は壁の染みになった。
化物……ジョロウは邪魔な虫を処理すると、血溜まりに沈む母に向き直った。
先ほどの男たちに対してと異なり、ワレモノを扱うように、恐る恐る掌へと乗せる。
ゆするように指先をわずかに動かす。
当然ながら反応はない。
頭部の複数のセンサーとカメラで、時間でも止まったかのように掌のそれを見つめ続けるが結果は変わらない。
「その機体に乗っているのは誰だ!?」
誰も来なければ、そのまま停止していたかもしれない。不運にも勤勉な警備兵は、不審な音と振動に気づいて駆け付けてしまった。
ぎょろりと、化物は雑音の発生源に向き直った。
第一章も佳境のつもりです。楽しんでもらえると嬉しいです。
それでは、読んでくださったあなたへ感謝を。




