operation.62
「ミヤビ……何してるのよ」
「……わざとじゃない」
目の前で、コバルトを発見したミヤビという女性がセイカから苦言を呈されている……と言っても、2人とも無人兵器越しに声だけのやり取りのみで、なかなか奇妙な光景だ。
不幸中の幸いと言うべきか、コバルトの本来の目的はバレることは無かった。
ただ、その代わりに。
「まぁ、育ち盛りなんだから仕方ないよ。つまみ食いくらいしたくなるさ」
つまみ食いの現行犯という汚名を被ることになった。
コバルトが隠れていた大型輸送車両の積み荷が大量の食料品だったためだ。
違うと否定したくとも、本当の理由など話せる訳もない。今ばかりは食い意地をはった少女と思われていることの方が都合が良い。
どれだけ屈辱的であってもだ。
そう思わなければやってられなかった。
目の前では無人兵器のアントがコバルトのモバイル端末を弄んでいる。
「……盗賊か何かと思った」
「まぁ夜中だしね。モバイル端末も返してあげな」
「見たことない端末。どこで買っ……あ」
「ああっ!」
ミヤビがコバルトに端末を差し出すと同時に通知音が鳴った。
タッチパネルなども操作する作業用の機体であるアントのマニピュレーターはもちろんモバイル端末のタッチパネルも反応する。
「夜分遅くにすみません。まだ……」
「でちゃった」
モバイル端末から男性らしき声が発せられたが、ミヤビのつぶやきが向こうに届いたのか途中で途切れた。2人の間でモバイル端末が沈黙するが、まだ通話の状態で繋がったままだ。
コバルトは冷や汗をダラダラとかいております、ミヤビもどうしかものかと固まっている。
沈黙を破ったのはモバイル端末の向こう側の人物だった。
「……あなたは誰ですか?」
「ミヤビ」
端末の向こう側の男性の問いにミヤビは名乗った。
ただ端的に名乗られ、端末の向こうの人物がまた沈黙する。
「そうですか。ミヤビさん。僕の記憶が正しければこのアドレスは僕の知人のものだったと思うのですが」
名乗らず、コバルトの名前も告げず遠回しな物言いは警戒しているためだろう。
登録している友人知人のアドレスに連絡して全くの別人が出れば警戒して当然である。
「コバルトなら目の前にいる。モバイル端末を見せてもらってただけ」
「そうなんですね。では、端末を彼女に返してもらえますか?」
「……わかった」
男性の指示に従い、ミヤビは素直にモバイル端末をコバルトに手渡す。
モバイル端末を返してもらったというのに、コバルトの顔は真っ青のままだ。
「……向こうで話してきていいでしょうか?」
「ああ。かけてきたのはお兄ちゃんかい?ゆっくり話てきな」
カズサの許しをもらって、コバルトは焚き火からも車両からも距離をとる。
周りに会話が聞こえないであろう距離まで離れてから端末の向こう側の人物に小声で応答する。
「……コバルトです」
「……何をやってるんですか?」
ミヤビとのやり取りより何トーンか低い声色が耳に入ってきた。
「ち、違うんです。キャラバンの人から端末を見せて欲しいって言われて……」
「アルビオン社から支給されている特別な端末を?他人に?」
正論で返され、もはや言い訳もできない。
向こう側の人物がため息をつく音が耳に入った。
「……すみません」
「まぁ、いいです。僕も音声通信で通知を鳴らせたのは迂闊でした。仕事中のようですし切りますね」
「ま、待って下さい。用があったんじゃないんですか!?」
「SNSのメッセージでも十分です」
「す、少しくらい……良いじゃないですか……」
久々の身内と会話できる機会を引き伸ばそうと粘ると、また向こうからため息の声が聞こえてきた。
「僕からの用事はただの業務連絡ですよ」
「それでもいいです」
「……何かあったんですか?」
同僚と話す時とは打って変わって年相応の少女のようにめそめそしながら先ほどの失敗談を話す。少年は何だかんだと言いつつ、コバルトの言い訳交じりの弱音に耳を傾けてくれた。
「……今話したことを聞かれてたら失敗がもう1つ増えますね」
少年の指摘に慌てて周囲を確認するが、無人兵器や他人が近場で聞き耳を立てていることはなく。コバルトは安堵の息を吐いた。
「だ、誰もいないです!」
「それはそうでしょう。今、相手からあなたは警戒されてないです。そういう意味では失敗ではないです」
「……はい」
「だから、今まさに、墓穴を掘るようなことをしてる事を自覚して下さい」
「…………はい」
慰められたと思ったら即座に叱られ、コバルトは肩を落とした。
「それに、本社の情報部に出向してるからといって、スパイの真似事をする必要はないです。あなたの担当のドリーさんも心配してたんじゃないんですか?たぶん、シーラさんもセラさんも、ラピスも心配します」
「……ニコルさんもですか?」
「……してますよ。だから、スパイ紛いのことをしている最中に僕の名前を出すのは止めましょうか」
「……はい」
ニコルの言葉にコバルトはコクコクと頷いた。
「落ち着きましたか?」
「はい」
「じゃあ、要件に入ります」
ニコルがもはや何度目か分からないため息をこぼす。こんな態度だが、きちんと話を聞くあたりコバルトに対して甘い。
なので、もちろんコバルトはその事を指摘しない。
「そもそも本社はジパング社と協調路線なんですから潜入なんていらないんですよ……と、言いたい所ですが……、重要人物と接触できてるようですから、無駄とも言えないですね」
「え?」
まだジパング・インダストリーの都市外施設にすら到着できていない状況のコバルトは、ニコルの言葉に首を傾げる。
「僕からの要件は、先ほどあなたの端末を持っていた女性に関してです。声で気付いてるのでは?」
「で、でも声だけじゃ……確かにシーラ姉さんの声かと思いましたけど」
「僕もかけ間違えたかと思いました。あなた宛てに画像を送ってあります。確認したら削除してください」
通話をつないだまま、コバルトはニコルからのメッセージを確認する。
送られてきていたメッセージには画像が添付されており、要接触人物と書かれていた。開いた画像を見てコバルトは愕然とする。
「これ……シーラ姉さんとセラ姉さん……じゃ、ないですよね?」
姉達と瓜二つの女性が2人、画像に写っていた。
「違います」
実姉達に顔が瓜二つであっても、髪型の異なる2人が画像には写っていた。画像編集ソフトで髪型を触ってみたと言われたら……信じるかもしれない。
「僕の姉から送られてきました。一緒に写っているのは姉とセラさんの友人で、ジパング社へ研修に行っているそうで……その時に撮られた写真とのことです」
「こっこれ、母さんには!?」
「幸い、キース博士には流れてません。セラさんには届きましたが、セラさんは機転が利きますから」
コバルトは安堵の息を吐いた。
母の目に触れて、実験部隊が独自に動くようなことにはなっていないようだ。
命令系統の違う部隊が獲物を取り合う程度で済めば良い方である。
「……いただいたモノは、私が裏取りをして本社に報告します」
「はい。コバルトの役に立つなら良かったです」
「母さん……セシリア・キース博士にはこの先も内密にお願いします。博士は私達の事を娘のように思ってくれてますが……」
「わかっていますよ」
自分の娘を、またはその模造品を作られた上、機械の生体部品にされていると知ったら、母さんはどのような行動を取るか。
怒り狂うのは間違いない。
大きな問題は、キース博士には実験部隊を動かす権限があることだ。権限がなくとも、娘のように愛されている戦闘用ホムンクルスはキース博士に従うだろう。
ことの元凶がアルビオン・バイオニクスの経済圏にいたのであれば、本社もキース博士と実験部隊に丸投げしたかもしれない。
だが、よりにもよって他の企業連合の管轄化に潜伏されているとなると、無闇な武力行使はできない。そのエリアの企業連合への攻撃とみなされ、企業連合同士の対立……最悪の場合は全面戦争に繋がりかねないのだ。
大陸の半分以上、または大陸全域に影響力を持つ企業連合同士の全面戦争となると、歴史上の世界大戦規模の戦争となってしまう。
当然ながら、当事者に経済的な旨味は全くない。
本社はそれを懸念している。
「この件で僕たち実験部隊に出撃命令が出ないことを祈っています」
この先、アルビオン・バイオニクス社所属のキャラクターや名前が多く登場します。
そのため、下記のノベルの更新にも注力するため、更新頻度が落ちるかもしれません。
City State 隔たれた世界
合わせて読んでくれると嬉しいです。
ここまで読んでくれたあなたに感謝を。




