operation.37
「……何ここ」
「俺の実家ってとこかな」
見たところ教会のように見える。高い屋根の上には十字架が着いているためだ。
近くに長屋のような建物があり、何やら騒がしい声が響いている。声の高さや騒がしさを考えると子供だろうか。
ただ、鉄格子の門は閉まっている。
「兄貴は留守かな?説明が面倒くさいし丁度いいか」
「……お兄さん?」
「血は繋がってないけどなー」
どういうことなのか。
アルフレッドはキーケースを取り出すと手慣れた様子で鍵を空け、ミヤビを中に引き入れ鍵を閉め直した。
「……教会に見えるけど」
「教会兼孤児院だなー。ウェインに拾われるまではここにいたんだよ。一応、ゲストルームがあるし、お前が帰りたくなるまでいていいぞ」
アルフレッドは教会の建物ではなく孤児院の建物らしき長屋の方へミヤビを誘導する。ドアは閉じられているが、高い子供の声が外に漏れていた。
アルフレッドがベルに紐が着いただけの呼び鈴を鳴らすと、子供の声がピタッと止まった。しばらくしてドタドタと、ドアの向こうに人が走ってくる音が聞こえた。
「誰だー!」
「俺だ。アルフレッドー」
「合言葉を言え!オヤツの隠し場所は!?」
「コンロ右上一番端の戸棚」
「アル兄ちゃんだー!」
アルフレッドの名前を復唱する子供の声が複数聞こえたかと思うと、ドアの向こうでさらに駆け寄って来る足音がした。
ドアが勢いよく開け放たれる。
アルフレッドとミヤビの胸ほどの高さの背丈の子供たちが出迎えてくれた……のだが、ドアを空けた瞬間、子供たちは時間が止まったように動きを止めた。
視線は……全員ミヤビの方に向いていた。
ドアの前、その奥、部屋から顔を出した子供全員に注目され、ミヤビは思わず1歩下った。
「アル兄ちゃんが彼女連れてきた!!」
誰か分からないがそんなことを言い放った。それを皮切りに黄色い歓声が響き渡る。
「違う。職場の仕事仲間だ」
アルフレッドは冷静に返すが、子供たちは聞いていない。特に女の子が中心となってきゃあきゃあと盛り上がっている。
アルフレッドが半分だけ振り返ってミヤビを見る。
「子供が勝手に言ってることだから怒るなよ?」
「……別に怒ってない」
自分はなんだと思われているのか。そう言えば、以前ゴリラとか言われた気がする。とりあえずアルフレッドの背中を平手打ちした。
痛みに仰け反るアルフレッドを見て子供たちは「ラブラブだー」とか「尻に敷かれてるのー」と口々に好き勝手を言っている。
少しだけいい気味だった。
「あーもー散れ散れ!菓子出してやらないぞ!」
アルフレッドがそう言うと、潮が引くように子供たちが道を空けた。
戦闘や任務中、整備士達に子供扱いされている時とは異なる少年の様子に、ミヤビは思わず頬が緩んだ。
「……お兄ちゃんなんだ」
「おい止めろ。なんか変な感じがする」
指摘すると、少年は顔を赤くして抗議してきた。これはいい弱点を知ったのかもしれない。
アルフレッドと子供たちが開けた道を進んでいく。
手入れはされているものの古い建物だ。壁紙はクリーム色なのではなく、白かったものが黄ばんでいるのだ。床はアルフレッドやミヤビの体重で軋む音をたてている。
通りがけに子供たちのコソコソ話が耳に入る。「きれい 」とか「かわいい」とかが聞こえるのは悪い気分ではなかった。
「ほれ、持ってけ」
アルフレッドが戸棚からお菓子を出すと、小さい子供達は戦利品を手に散っていった。アルフレッドは戸棚の中のお菓子を空にしてしまうと、代わりにお札を2枚戸棚に入れた。
「それは?」
「お菓子代」
それにしては多い額だった。以前金欠になっていたが、金銭勘定はできているのだろうか不安になる。
「ん?お前等も食べてこいよ。全部食われるぞ」
小さい子供達はお菓子に目が眩んで散っていったが、周囲に集まったままの子供もいる。背丈から見るに、年長のグループなのだろう。
……女の子が多く、目がキラキラしている気がする。
「2人はどこまで進んでるんですか?」
「何て呼びあってるの?」
「おっぱい揉んだ?」
「エッチした?」
「男子黙れ!!」
「違うって言ってんじゃん」
女子からは遠回しな、男子からは直接的な質問が飛んできた。当然ながら、男子の質問には女子からブーイングが起こる。
ミヤビは内心で女子を応援する。
アルフレッドは否定して一蹴しようとしていたが、キリがないと踏んだようで、
「1つだけ答えてやる」
その言葉に、男女揃っての作戦会議が始まる。肩こそ組まないが、円陣を組んでコソコソと話している。
しばらくして、女の子が1人代表して前に出てきた。
「2人はどこまで進んでるんですか?」
女子の知りたい過程も、男子が知りたい結果も叶える素晴らしい質問だった。
ミヤビはアルフレッドがどう答えるものかと目を向けると、目が合ってしまった。
思わず目を逸らすが、子供たちから口笛が聞こえてきた。
「あー、手は繋いだかな」
「あー」
アルフレッドの答えにミヤビは今日腕を引かれた事かと納得する。うまく嘘でもない無難な答えを引っ張り出してきた。
子供たちは、女の子が黄色い声を上げたり、男の子はブーイングしたりと反応は様々だった。
「はい終わり。休みたいから客室借りるぞー」
子どもたちを尻目に、アルフレッドはミヤビの背を押して階段から2階へと誘導した。
終了宣言を受けても、年長の子供たちは後ろから着いてきていた。子供たちは、アルフレッドとミヤビが揃って同じ部屋に入るのを見ると、再び黄色い声が上がった。
「思った以上に疲れた」
アルフレッドはドカッと椅子に腰を下ろした。
狭い部屋だった。
家具はベッドの他には椅子と机の1セットくらいしかない。それなのに、机とベッドの間は人が1人通れるくらいのスペースしかなかった。電気は通ってないのか、机の上にはロウソクのランタンが置いてあった。
立ち尽くしていると、少年は首を傾げた。
「こっち座れよ。硬い椅子よりいいだろ?」
おそらく、言葉以上の意味はない。女性をベッドに誘導する下心など微塵もなさそうな態度は清々しいどころか、ミヤビは微妙な面持ちになってしまった。
「何?」
「何も」
照れたり警戒したりしている自分が馬鹿らしくなり、ミヤビはベッドに腰を下ろして寝転がった。飛び出した羽毛がチクチクするが、清潔ではあるようで干したての香りがした。
アウトベースの倉庫街や中央と比べると、時代が一回りも二回りもズレているように感じる場所だった。
「機嫌直るまでいていいぞ。1人がいいなら外にいるし……って言うつもりだったんだけど、わりと機嫌直ってるよな?」
「む……」
「おい、思い出したように不機嫌顔するな」
ミヤビは指摘されて、口をへの字に曲げて布団に顔を埋めた。
この場所のインパクトが強過ぎて呆気に取られていたのは事実である。
「愚痴くらいなら聞くけど?」
アルフレッドは椅子を前後逆に座り、背もたれに頬杖をつく。人の話を聞く態度に見えないが、どうせならと、ミヤビは疑問に思っていたこと聞くことにした。
「……なんで?」
「何?」
「なんでそこまでするの?会って1ヶ月も経ってないし、姉さんにでも頼まれたの?」
ミヤビからはアルフレッドの行いが不可解で仕方なかった。
その理由は研究所でミヤビの見てきた異性が碌でもなかった事が起因しているのだが、少女にとってはそれが常識で、少年はそんなことを知る由もない。
アルフレッドはポカンと口を開けた後、困ったように頬を掻いた。
「俺からしたら、友達くらいには思ってるんだけど」
「……友達ってそうなの?」
「喧嘩しても仲直りして、気軽に貸し借りするくらいには信用できる相手は少なくとも友達だよ」
「そっか」
「そうだよ。言わせんな恥ずかしい」
横目でアルフレッドの顔を見る少し顔が赤かった。
「で、お前は何やったんだよ」
話の方向を修整してきた少年に、ミヤビは唇を尖らせる。
「……私が何かした前提?」
「逆は無いね」
言い切られてしまうが、事実のため反論の余地がない。……流石に赤裸々には話せないが、黙って帰るか白状するしか選択肢がなさそうだった。
「……姉さんに嫌なことしちゃった」
「ああ、それは気不味いな」
「……本当にそう思ってる?」
「思ってる思ってる」
軽薄な態度に苛立ち枕を投げつけるが、キャッチされてしまう。
「で、お前はなんでそんな事したんだよ」
「む……」
理由を聞かれるとは思っていなかったため、ミヤビは言葉に詰まる。
「何もなしに、お前はそんな事しないだろ」
「……それは、そう」
「そうだよなー」
少年は相槌のあと、言葉を続けなかった。
横目で確認するとこっちを黙って眺めている。
特に催促する様子はない。
どういうつもりだろうか。
考えをまとめるのを待ってくれているなどミヤビには知る由もないが、答えないといけない気がした。
「姉さんが……」
「……うん」
どうオブラートに包むか迷う。
まさか目の前の少年との仲を変に期待されてるなどとは言えない。
「他の人と仲良くするように言う」
「あー……それは確かにウザいわ」
「そうだよね!」
想像に反して共感されてしまい、思わず声が大きくなってしまった。
「お前なりに上手くやってるよな」
「……そう。私だって考えてる」
「正直、金欠の時、飯で釣られるとは思わなかった」
「あれは上手くいった」
「俺のことだけどなー。けっこう言われんの?」
「……最近多い気がする」
「言われなくても分かってるよなぁ」
愚痴を始めると止まらなくなってしまった。
しばらくしてから、途中から少年は頷いているだけになっている事に気付いた。
思わず口を噤むと少年は首を傾げた。
「お、どした?」
「……私ばっかり喋ってる」
「俺の話術にハマったんだから仕方がない」
アルフレッドは慣れてると言わんばかりにケラケラと笑う。
「で、それがお姉さんに向かって爆発した感じかー」
「……うん」
「気まずいわな」
「……うん」
「でも、普通に許してくれると思うぜ」
なんの根拠があると言うのか。
「お前のモバイル、通知だらけなんじゃねえの?」
「……なんで知ってるの?」
「これなんだ?」
アルフレッドがモバイル端末を見せる。見たことのある機種だった。
人気の機種は種類が限られるので被るのは珍しくな……ミヤビのモバイル端末をアルフレッドが持っていた。
ミヤビはポケットに入っているはずのモバイル端末を確かめた。
当然ながら入っていない。
「なっ……」
「ロックは開けれなくても、通知数は分かるからな」
「か、返せ!」
「はい」
奪い返そうとすると普通に差し出されてしまい、ミヤビは引っ手繰るように受け取った。
いつの間に取られたのだろうか。
「めっちゃ心配されてるじゃん。絶対に許してもらえるって」
「……でも、もう通知来てないし……」
「そりゃ、俺が居場所教えてるからな」
その言葉に、ミヤビは愕然とする。
味方と思っていた相手が裏切り者だった。
獅子身中の虫だ。
その事実にミヤビはハッとする。
「もしかしてさっきの愚痴を通話で……」
「いや、流石にそれはない。そんな事したら喧嘩が悪化する場合もあるし……。愚痴って吐き出して謝る気になったんなら、大人しく帰ろうぜ」
言い分を聞いて、寄り添って見せて……扱い慣れてると言わんばかりの態度が腹立たしい。
なんとなく理解した。孤児院で集団生活に慣れている少年は喧嘩の仲裁にも慣れているわけだ。
「年下のくせに」
完全に手玉に取られたミヤビは、もはや悪態をつくことしかできなかった。
「だったら年長者の振る舞いをしてくれ」
鼻で笑われた。




