operation.36
どうにも喧嘩をし、妹がいなくなったらしい事を聞いたウェインはため息をつく。
夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、姉妹喧嘩はどうなのだろう……と現実逃避したところで仕方がないのだが、迷子探しなど専門外も甚だしい。
それに、解決しなければ仕事の話ができそうにない。
まず取った対策は姉妹揃って徘徊しないように説得することだった。なんとかセイカには倉庫街に留まってもらっている。
「どこか行きそうな場所などあるのか?」
「……わからないわ」
「それもそうか」
まだ会って間もないが、この女がここまで動揺する姿は初めて見た。
先の仕事で妹が危険な目にあった時に怒り狂っていた様子とは打って変わって情けない姿を晒しているが自覚はあるのだろうか。
モバイル端末の両手で握りしめて半泣きで、めそめそしている。迷子になっているのは妹のはずだが、これではどちらが迷子なのかわからない。
「とりあえず、アルフレッドに探させる。あいつはここ出身だから裏道も詳しい」
「……ええ」
このアウトベースに詳しいとしたらアルフレッドか。非番のはずだが、この際仕方がない。モバイル端末のSNSで空いているか連絡を入れる。
……既読が付かない。立て込んでいるのだろうか。
モバイル端末の通知音が鳴った。
だが、ウェインのものではなく、セイカのものだった。彼女は食い入るような目で端末を見ながら操作している。
「妹から連絡でも来たか?」
なかなかな絵面だと思いながら眺めていると、セイカはフッと意識でも途切れたように身体が傾いた。
「おいっ!!」
慌てて腰に手を回して支える。背丈に対して想像よりも体重が軽く、支えるのは容易だった……野次馬に見られている点を除けば問題はなかった。
セイカに繋がっている虫と車椅子を足したような機械……コグモの天面が開き椅子状になってご主人の後ろに移動した。気の利く奴だ。犬より優秀かもしれない。コグモの好意に甘えてセイカをそこに座らせた。
「どうした」
「……いたみたい」
脱力したセイカがモバイル端末の画面を見せてきた。
"なんかあった?"のメッセージと共に、ミヤビが歩く後ろ姿を撮った画像が添付されている。
送り主は……アルフレッドだった。ワンテンポ遅れて、ウェインのモバイル端末にも通知が届く。
"仲裁任務で忙しいかも"のメッセージと共に同じ画像が送られてきた。"任務を続行してくれ"と返しておいた。
今度メシでも奢ってやるべきだ。
----------
セイカとウェインの様子などつゆ知らず、現場報告を終えたアルフレッドはミヤビの尾行を継続していた。
本職ではないものの、相手が逃げるわけでも襲ってくるわけでもなければ何ということはない。
特に隠れて着いて行っている訳でもないので、訓練を受けていたらしいミヤビなら気付いてもいいと思うのだが、こちらに振り向く様子はない。
無視している可能性もあるが。
ミヤビには特に当てもないようで、道なりに歩いているだけだ。やはりというか、旧市街に入ってしまう。
ろくに手入れもされていない舗装は所々ヒビ割れて雑草が顔を出していた。
建物もヒビ割れできるものがほとんどで、中には倒壊しているものもありら道には掘っ立て小屋や屋台が勝手に建てられていたりして、流浪者がその辺で寝ているのか死んでいるのか分からない状態で横になっている有様だ。
言わばスラム街である。ここにはギルドのガードもおらず、スリや強盗、強姦など犯罪が横行していた……そもそも取り締まる法律も警察もギルドの警備もないので、犯罪と言っていいかは不明であるが。
女性が1人で入るような場所ではない。娼館があるため、ギルドや企業の男はちょくちょく出入りしている。
そんなところを美人がフラフラ歩いていると……やはりと言うか、どこからか男が湧いて出てきて後をつけ出した。
1人2人なら容易く撒けるが、数が増えると対応が面倒になってくる。
「……仕方ないか」
ため息をついて、アルフレッドはタッと駆け出すとミヤビの横についた。男は眉根を寄せるものの、子供と侮っているのだろう、そのまま着いてくる。
「おい、何やってんだよ?」
「……あなたには関係ない」
やはりと言うか、気付いてはいたようでミヤビが少年に驚く様子はなかった。
ただ、彼女の拗ねた子供のような態度にアルフレッドは口の端を歪めた。ここでその事を問答しても仕方がないので、要件に絞ることにする。
「俺に気付いてるんなら、アレにも気付いてるんだろ」
「あの気持ち悪いの?……あんなの怖くない」
彼女の腕力に関しては知っているが、そういう問題ではない。
「……辛辣過ぎて逆に面白いけど、無駄にトラブルを起こしに行くような事するなって言ってんの」
「別に私の所為じゃない」
「そうは言ってない。避ける努力をしろって事だよ」
ツンとした態度が癪に触るが、拗ねた子供はこんなものだ。相手にしてはいけない。
話し込んでいる様子に、気付かれたと思ったか。後ろの男が歩を速めてきた。
武器もあるため別に負ける気はしないが、アルフレッドに好き好んで諍いに飛び込む趣味はない。
「ほら、来い!」
「ん……」
幸い、ミヤビは抵抗せず腕を引かれるまま、一緒に走ってくれた。正直なところ、本気で抵抗されたらどうしようかと思っていた。
単純な力勝負で勝てないのは、以前の腕相撲で実感している。
ミヤビの手を引いたまま少年は細い路地に入った。
アルフレッドは慣れた様子で裏路地を縫うように交差しつつ進んでいく。
「……こんな道、大丈夫なの?」
「お前よりずっと詳しいから安心しろ」
3回曲がった辺りで、もうミヤビは方向感覚が分からなくなっていたが、少年は迷わず進んでいく。
5回目を曲がった辺りで、すでに後ろの気配もなくなっていた。あきらめたのかもしれない。
「もう着いてきてないな」
アルフレッドは後ろを確認すると一息ついた。
ゴミが転がっているやら窓から洗濯物が垂れ下がっているやらで生活感の溢れているが、人の気配のない路地だった。
汚らしい見た目と反して、後ろから着いてきていれば足音も聞き取れそうなほど静かだ。
そんな場所に少年と2人切り。
力の方はともかく、アルフレッドは弱い訳ではない。強化人間の操縦は操縦者の武術や運動能力がMⅢの動きに直接的に反映されやすい。ジョロウを翻弄したオロチの動きは少年の身体能力だ。
ミヤビは思わず一歩下がるが、腕を掴んでいる少年は当然ながら気付く。
「どうした?」
「……何も」
少年は首を傾げるだけだった。何やら顎に手を当てて悩んでいる。ここに来て迷ったとでも言い出すつもりだろうか。
「戻ったら鉢合わせそうなんだよなー」
「……だったら殴ったらいい」
「お前は穏便に済ますって選択肢はないの?殴ったら殴り返してくるんだぜ?」
「……怖いの?」
「そりゃ怖いな」
挑発のつもりで言ったのだが肯定されてしまった。アルフレッドは気にした様子もなく何かを悩んでいる。
しばらくすると、少年は諦めたようにため息を着いた。
「仕方ない。俺の実家に行こう」
「……え?」
アルフレッドの言葉にミヤビは思わず身を強張らせる。その反応に気付き、少年は唇を尖らせた。
「何だよ。こんな所ウロウロし続ける訳にもいかないだろ。チビ共がウルサイかもしれないけど、我慢してくれよ」
「うるさい……チビ?」
てっきり、ミヤビはジパング社の駐屯地に行くのかと思ったが違うようだ。
「変なことも言われるかもしれないけど、怒るなよ」
少年の言っていることがよく理解できないまま、土地勘の無いミヤビは着いて行くしかなかった。




