旅立ち編_終章_研究者の日記
これを見せられたのは、ツチグモへの侵入者を排除した後。
ウェインにシステム音声を聞かれ、オロチがやって来た時だった。
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この研究所に来たことを後悔しなかったことはない。
高い給金に目が眩んだのが間違いだったのだ。
まさか医薬品の会社でLAWSの研究をさせられるとは、誰が想像できただろうか。
場所は都市の外で座標もわからず、逃げる事もできない。だが、いずれ告発する時のためにこの日記を残す事にした。
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無人兵器のことは多少なりとは知っている。
私が専門にしているクローン技術に関しても、いくらでも生産できる兵士として扱おうとする城塞都市は存在していた。
あの少女も、その一環なのかもしれない。クローンだとしても、自我と良心は持ち合わせているはずなのだ。そう思うと同情しないでもなかった。
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私は考えを改めなければならない。
あれは化物だ。人であるはずがない。
愚かな男が少女に手を出そうとした。素行の悪い男なのか、皆が見て見ぬふりをしたのも悪いのかもしれない。
だが、大男を容易く縊り殺す少女など存在しえるのか。それだけならまだ良かった。"あれ"は男のそれを潰し顔面を潰した後、他の者たちにも襲いかかったのだ。何人死んだのだろうか。
博士が間に合わなければ、私も死んでいたかもしれない。血塗れの姿で、博士に対してだけは子供のように振る舞う"それ"は托卵された親鳥と他所の雛のようだ。
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"それ"は機械に繋がれることでより凶悪になる。
不運にも実戦テストの手伝いをすることとなり、虐殺を目にする事となった。
"それ"どこから集められて来たのか、流浪者を躊躇いなく殺し尽くしていく。1人が1機扱うのが精一杯である虫のような形をした無人兵器を3機、少女は手足のように操り、数十人を肉塊に変えた。
小耳に挟んだが"それ"は制限解除個体と呼称されていた。
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たまたま、あの呼称を口にしていた研究者と話す機会を得た。
彼女は、「あれは量産用の試作品で、まだまだカワイイ方だ」という。
制限解除個体00と呼ばれる怪物が施設にはおり、専任の博士はそれにご執心だという。
そして、私はそれらを量産するために呼ばれたと言う。
悪い夢であって欲しかった。
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やはり"あれ"は許容できない。
世に放たれてはいけない存在だ。
止めなければいけない。
少女に擬態した化物を、それを作る者を神は許さないはずだ。
誰かがやらねばならないのだ
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「まぁ、俺達が把握しているのはこんな所だ」
モバイル端末から無線通信に切り替えたウェインは紙切れの画像データを見せた。そんな彼をセイカは睨みつけていた。
システム音声を聞かれた以上、この紙切れが世迷言ではないと裏が取れてしまった。
この倉庫には、ミヤビのジョロウを一蹴した少年とそのMⅢオロチも来ている。
ミヤビを助けに行かなければならないのに、これではセイカ自身も危ういかもしれない。
「君が、その制限解除個体00ということでいいか」
「だったら……どうするのよ」
「どうもしないが」
セイカは耳を疑った。
「こっちとしては危険分子と考えていたものが、ただの人間でひと安心。といったところだ」
「……あの紙切れを読んだんでしょ」
「"訓練中"のアルに負ける程度の新米が化物?世迷言にも程がある」
訓練中……その言葉にセイカは呆然とする。あれだけの戦闘能力と技術を詰め込んだ少年で、企業連合にとっては未完成品なのだ。
顔色の変わったセイカを見て、ウェインは満足そうに頷いた。
「認識を共有できて何よりだ。さて、ここからが本題なんだが……この男は知っているか?」
画面に男の画像が共有される。黒髪で眼鏡の中年男性……どこかで見たことがある。
「……あるわね」
研究所から逃げる前、模擬戦の時に相手側にいた、いけ好かない男だ。隠してやる義理もない相手のため、躊躇いもせず話してしまう。
更地にした研究所で見かけたこと。他所の研究所か、施設から来た様子であったこと。この男も無人兵器のシステムであるLAWSの研究をしているらしいこと。
それらを聞けて、ウェインは驚き半分、嬉しさ半分といった様子だった。
「これで満足?」
「ああ。予想以上に収穫だった」
満足そうなウェインに対して、セイカからすると無駄に時間を取られた気分だ。早く妹の状況を助けなければならない?
「だったら、もういいかしら?」
「なんだ。情報料はいらないのか?」
「情報料?」
怪訝な顔を向けると、ウェインは大げさに肩をすくめる。
「アルフレッドのオロチに、ジパング社の衛星通信設備を持たせている」
「え……?」
棚からぼた餅というべきか、あまりに都合が良すぎる状況に逆に疑念が湧いてくる。この男は何を考えているのか。
「……どういうつもりなの?」
「情報量でも安いくらいだ。今の仕事の手伝いに、アルを好きに使っていいぞ」
「……いいの?」
「そう言っている。傭兵は持ちつ持たれつでやっていかないと身が持たないぞ。妹が待っているんだろう」
今回ばかりはその言葉に甘えることにする。
妹の命に変えられるものなどこの世にはない。
「ああ、あと1つ。作業しながらでいいぞ」
アルフレッドに通信を繋ごうとして、ウェインが口を開いた。言われた通り、聞くだけにする。
「ジパング・インダストリー社は株式会社シンノーシを排除する方針になるだろう」
セイカは弾かれたようにウェインに顔を向けた。
「君達にも仕事で声をかけるかもしれない」
結局、目論見はあったわけだ。
だが、セイカとミヤビにとって悪い話ではなかった。
「その仕事なら、喜んで受けるわよ」
旅立ち編は終了です。
ここまで、読んでくださったあなたへ感謝を。




