旅立ち編_第一章_1_最後の模擬戦1
操縦システムの訓練を終えたミヤビは機体…ジョロウのシステムチェックを行っていた。
出撃前後に行うルーティン作業のため、備え付けられた既存のプログラムを動かすだけの簡易的なものだ。問題が出ない限りは待つだけである。
『ミヤビ、うまく動かせたみたいね』
「姉さん。うん、姉さんの言う通りだった」
ミヤビの襟足にも機体と接続するためのインプラントが付いている。そこから前触れもなく耳に入った姉の声に返事を返した。
このインプラントには通信機器も内蔵されており、モバイルフォンや無線通信機のような簡易的な通話が行え、コール音の設定もできる。
音声もコール音もスピーカーでなく骨伝導で耳に届くのだが、骨伝導で頭に響くコール音が不快だったためオフにしている。ちなみに同じ理由でセイカもオフにしている。
『母さんは今日のデータをまとめているわ。単純作業だから覗きに行ってもそこまで迷惑にならないと思うわ』
「そっか……。これが終わったら行こうかな」
妹が母の顔を思い浮かべて頬を緩める。
業腹だが、妹のご褒美、もといご機嫌取りにはあの女でも使う主義だ。そして、母は妹が顔を出せば無視するわけにはいかない。遠回しな嫌がらせも兼ねている。残業をすればいい。
「褒めてくれるかな」
『褒めてくれるわ。ミヤビいい子だもの』
手放しに褒める姉に妹ははにかむ。
「姉さんも一緒に行こ」
『……ミヤビとの通信は繋いでおくわね』
あらぬ方向から、悪意もない反撃が飛んできてセイカは眉間にしわを寄せる。この通信では顔が見えないのが幸いだ。
セイカと話している間にプログラムがシステムチェックを終えた。ミヤビはコクピットハッチを開き機体の外へ出る。
ミヤビが機体から顔を出すと、ハッチの開閉部の高さに合わせて設けられたキャットウォークに母親の助手が待っていた。ミヤビが首を傾げる。
「博士が呼んでいるから、部屋に戻る前に格納庫の事務所に寄っていきなさい」
「はい。わかりました」
助手はミヤビの返事を待たずに踵を返していた。ミヤビはそれを見送ると機体からキャットウォークへと移る。
あからさまな態度に、思わずセイカはため息をこぼした。
「いつものこと」
『慣れないほうがいいわよ』
「男よりマシ」
テスト用のスーツはバイタルチェック用の心電図や血圧計が密着する作りで、結果的にウェットスーツのようにボディラインが出るようなデザインになっていた。
ミヤビがチラチラとこちらを見ている整備士を睨み返すと、そそくさと視線の外に逃げていった。
チラチラ見るのはマシな方で、実験体に何をしてもよいと考え、セクハラ紛いの行いをする命知らずもいた。
母のお気に入りであり、生きる暴力装置に不貞を働こうとしたものがどうなったか言うまでもない。
『まあ、害はなくても、いい気分はしないわよね』
セイカは施設の防犯カメラからミヤビや他の人物を見ているため、正直なところ、目線と言われてもよく分かっていなかった。
試しにカメラのズームにしてミヤビを見たことがある。容姿は毛先を紫に染めた白髪で、整った顔立ち。肉付きが良く出る所は出ているが、MⅢの訓練や試験の日々で筋肉質で引き締まっていた。
容姿はセイカと似ていたが、思わず自分の身体と見比べ、ため息をつくことになった。そして、セイカが少しでも筋肉を付けるため動こうとした結果、制限解除個体00が異常行動をしていると母に報告がいってしまったのは忘れたい事実だ。
思考が脱線したが、母が呼んでいるのだ。
『呼ばれてるなら、急ぐべきかしら』
「……早く母さんのところに行く」
ミヤビは小走りで格納庫の事務所へ向かった。
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キャットウォークで繋がっている上、距離的にもさほど離れていないため、格納庫の事務所へはさして時間もかからず到着した。セイカも監視カメラの映像を切り替える。事務所には母1人だった。
ミヤビがヒョッコリと事務所の入り口から顔を覗かせる。そして、声をかけるのではなく、母に気付いて貰うのを待っていると、母が顔を上げた。
「ああ、ミヤビ来たんだな」
「うん」
母が気付くと、ミヤビは今来たかのように装って歩み寄っていく。実際は5秒くらい待っていた。
「今日の訓練お疲れ様」
「うん!えへへ」
母は頬を緩める、寄ってきたミヤビの頬を両手で撫で回して労う。
これが妹を量産だの言ってた女の演技力だ。セイカは苦々しく思う。決して妹の頬を揉みくちゃにできることが羨ましいのではない。
「今日の訓練で人機直結システムの操作もマスターしたね。あとは反復練習あるのみだ。セイカもフォローありがとう。どうせ聞いているんだろう?」
『……私は大したことはしていないわ。ミヤビの実力よ』
母に便乗して妹を甘やかす。この3人でいる時、ミヤビはお姫様だ。
「さて、助手に呼び出させた理由だが……あ、セイカも聞いておくように」
釘を差されたので、セイカも通信を切らず耳を傾ける。
「次の模擬戦の日程が決まったんだ」
母の言葉にセイカは驚かない。ミヤビも模擬戦は訓練の部類に含まれているので、いつものことといった反応だ。
「この模擬戦は3対3の小隊規模の部隊戦となっている。その為、セイカの無人兵器も僚機として出てもらうこととなる」
「姉さんと一緒に戦えるの?」
ミヤビが興味に目を見開くのとは真逆に、セイカは培養槽の中で怪訝な表情をする。
『おかしな話ね。ミヤビとジョロウの性能試験でしょう。既存の機体である私のクラッドビートルやスコルピウスが参戦していいの?』
「相手方から言い出したことでね」
母が言うには、これまで単体の模擬戦でミヤビとジョロウは全戦全勝となっているため、趣向の違う試験として持ち出されたという体の横槍が入ったということらしい。
「こっちとしては、実戦投入が決まる模擬戦で迷惑な話だが、上が了承してしまった。自律型の無人兵器が主力の弊社花形の開発室にとってはどうも面白くないらしい」
飄々とした様子で話す母だが、目が笑っていない。部隊戦を想定する試験も何回か前の模擬戦ですでに行っていた。母としても面白くない話のようだ。
「しかも、最終の模擬戦は実弾試験なんだよ」
『最低ね……』
こちらの機体が損傷を負えば実戦投入を遅れさせることができる。あわよくオペレーターであるミヤビを始末できれば頓挫といかなくとも実戦投入は見送りとなるわけだ。
「僚機に対して制約はない。下手な傭兵を雇うよりはセイカがコントロールする無人機をあてたい。機体は」
『クラッドビートル2機。それ以外はありえないわ』
「……せめて1機はスコルピウスにしないかい?」
重装甲型の名前を出す。母からすると攻撃力不足が気になるらしい。
「相手は実戦装備のスコルピウス3機だ。せめて相手情報を見てから決めないかい?」
「何が違うの?」
ミヤビが実戦装備と聞いて首を傾げた。母のノートPCにはスコルピウスの画像と装備の一覧が映っていた。
スコルピウスは射撃と高速戦闘を得意とする4脚の無人機だ。
前面にある装甲板を動かすマニピュレーターがハサミ、背負っている機銃と本体へ繋がる給弾ベルトと合わさって尻尾のような形状となっており、サソリに見えなくもない。
「完全自律型を謳ってるカスタムタイプの無人兵器だ。うちの実戦タイプの機体だ。クラッドビートルだと追い付けると思えないが……」
『追い付く必要はないわ。後ろを取られないように立ち回ってミヤビの盾にするから』
そもそも相手の得意であろう遊撃戦やゲリラ戦の形式に付き合う必要はない。
スコルピウスは機動力と交換可能な機銃で、機動力を活かした狙撃、遊撃、奇襲を得意とする機体だ。セイカも自分で使っているのでされると嫌なことは理解しているつもりだ。
『クラッドビートルの武装はうちのスコルピウスの速射砲と榴弾砲を持たせて、障害物も利用した防衛戦の形式で戦うのよ』
ロックオンレーダーを照射する模擬戦なら役立たずだけど、今回は実弾。脚部が大破してもクラッドビートルは固定砲台になれる。
『ミヤビのジョロウには迫撃砲と散弾機関砲で面制圧をやってもらいたいわ。逃げ場をなくして正面からの撃ち合いに持ち込みたいの』
「盾の裏のサブアームが迫撃砲で、腕に機関砲でいい?母さんもそれでいい?」
「……うーん。私は専門外だから2人に任せよう」
模擬戦とはいえ、実弾での初戦闘となるというのに恐れる様子もないミヤビと冷静に対策を考えるセイカに母は肩をすくめた。
「資料にもあるが伝えておく。撃破判定に関しては無人兵器は動かなくなるまで。MⅢは脚部または頭部、両腕の大破、胴体の中破が撃破判定だ。機体を貫通する大口径の運動エネルギー弾は使えず、威力を落とした弾頭を使用することになっている。一応、模擬戦だからな」
「相手はスクラップにしても良いってことだね」
単純な模擬戦でなく、姉との共闘にミヤビは高揚しているようだ。親の心子知らずというか、母と姉の心配は気にもしていない様子だ。
(……このモデルは良くも悪くも恐怖が感じづらいようにできているのか)
「……今日中に2人分の装備が固めてデータを私のPCに送ってくれ。こちらから依頼をかける」
『ミヤビ、続きはあなたが部屋に戻ってからにしましょう』
「わかった」
3人のブリーフィングは終了となった。
セイカも通信を切り、更衣室の妹の観察でもしようかと考えていると、母からテキストメッセージが届いた。
今晩そちらに行くよ。
……いったい何の用があるというのか。
読んでくださったあなたへ感謝を。
最後の模擬戦の話は1〜3で終わらせられたらと思います。
3が戦闘の話となる予定です。




