旅立ち編_第三章_8_再出発
翌朝、モバイル端末に少年からメッセージが入っていた。
『ウェインに俺の事聞かれても知らないって言って』
セイカとミヤビは顔を見合わせて首を傾げる。
「まあ、何も知らないふりをすればいいのよね?ミヤビは大丈夫そう?」
「……とりあえず睨んでる」
下手に取り繕うよりはいいだろう。何を黙っておいて欲しいのかは分からないが。
そんな謎のメッセージに気を取られつつも準備を済ませ部屋を出た。
「あ、おはよう」
「おはよう。今からあがり?」
マンションのロビーに昨晩のギルドのガードがいた。装備を外すと存外華奢に見える。
「そうです。昨晩トラブルがありまして、その対応で徹夜ですよ。おかげで今日は非番になりましたが」
「お疲れ様ね」
よほど大変だったのか、ガードの女性は乾いた笑いをこぼした。
「しかし、凄いですね。あの少年」
「……あの子がどうかしたの?」
アルフレッドのことだろうか。
彼女の世間話に相槌を返す。
「暴漢に襲われてるのかと思ったら、返り討ちなんですから。企業専属の傭兵はあれが普通なんでしょうか?」
黙っておいて欲しいというのはこの事だろうか。
彼女にとってよほど衝撃的だったらしく、誰かに話したかったのだろう。
女性が暴行されている現場に鉢合わせたことは遭ってもあんな光景は初めてだとか、ナイフと拳銃だけで男の制圧は自分では怖いとか話していた。
そんな話を聞いたので倉庫までの道半ば、どの辺りで事件が遭ったのか周囲を確認しながら歩いたが、道中のアスファルトもコンクリートも綺麗なものだった。
ただ、倉庫に着いた時、整備士達といたのは少年ではなかった。
「なんであなたがいるの?」
「随分なごあいさつだな」
ウェイン・リヒトは嘆息を吐いた。
アルフレッドからのメッセージで察しはついていたが、知らない体で話をする。妹はとりあえずセイカの後に隠れている。
「あの子は?」
「……隠すことではないが、トラブルがあってな。今は医務室で検査中だ」
「怪我でもしたの?」
続いて問うとウェインは首を傾げた。
「……随分、気にかけてくれるな?」
聞きすぎたことはないと思うが、最初のやりとりがミヤビとの応酬だったことを失念していた。もう少し辛辣な方が良かっただろうか。
「まぁ、それがアイツの強みか。嫌っていないなら仲良くしてやってくれ。妹の方は難しいかもしれないが」
どうにも、アルフレッドとミヤビのやり取りは知らないようだ。前回と違って、少年と妹の事に関してはこちらの方が情報を握っている状況か。
「傭兵同士、繋がりがあれば僚機として依頼を出し合うこともできるからな」
「企業専属として、それはいいの?」
「企業の任務が常にあるわけじゃないからな。ギルドを通せば問題ない。アルが手隙に受けると言うなら口は出さない」
意外と緩い部分があるのだと思ったが、この男の事だから遠回しに福利厚生をアピールしているのかもしれないと考えなおす。
「アイツ、依頼主といちゃついてましたよ!」
作業をしている整備士達の方から野次が飛んできた。余計な口出しで邪魔をしたからか、ウェインの後ろで整備士長に殴り飛ばされていた。
「……さっきも聞いた。何も問題はない」
ウェインはため息混じりに言い切った。
それもアルフレッドの強みになるとのことだった。確かに、肉体関係をチラつかせて交渉する人間もいるだろうが、あの少年にそんなイメージは持てなかった。
「色気づいてないからな。下心がない分、話しやすいだろう」
「……待って、あの子いくつなの?」
思わず聞いてしまった問いに、ウェインが渋い顔をする。
「……本人は16だと言い張っている」
「自称……?」
「孤児だったからな。正確な年齢は不明だ」
この男は、あの少年が自称の年齢より幼いと解っているようだ。そんな子供が戦うことを選んでいる事に何も感じないと言うと嘘になる。
表情に出てしまっていたのか、こちらを見るウェインが眉間にしわをよせた。
「……今後もアルと付き合っていくつもりなら哀れむな。振る舞いはともかく、あいつは下手な大人より大人だ」
彼はそれ以上何も言わなかった。
そして、アルフレッドがやって来たのは正午前だった。
「現着した」
「ああ。何ともなかったようだな」
「そもそも、あれぐらいで検査いるのかよ?」
「必要な規則だ。では、俺は戻るぞ」
「了解」
ウェインと入れ替わる形になり、少年はウェインを見送る。
入念に見送る。
「行ったな?」
ウェインがドアの向こうに消えた所で、わざとらしく汗を拭った。アルフレッドは整備士長に向き直る。
「おやっさん、進捗どんな感じ?」
「もう組み上がるぞ。システムチェックは俺のダブルチェック後になる」
整備士長の言葉通り、ジョロウのフレームは組み上がっていた。あとは外装とサブアームの順に取り付けるだけとのことだった。
「俺、ちょっと用事あってさ。今から3時間くらい外したいんだけど」
「ふむ……それくらいなら問題ないぞ」
男は工程を再確認しつつ頷く。セイカも手を上げて話に割って入る。
「私達も中央エントランスに用があるのよ」
「仕事探しか。精が出るな。せめて妹の方はシステムチェックまでに戻ってきてくれ」
「あ、俺も中央は通るから送ってくよ」
「わかったわ」
アルフレッドの言葉に甘えて、姉妹は中央エントランスまで送ってもらうことにした。
整備士長にグッドラックのハンドサインに、通りすがりのカズサに手を振って見送られつつ、貸し倉庫を後にする。
少年は当たり前のようにジパング社製装甲車の運転席に座る。ウェインから年齢の話を聞いたばかりなのでとても違和感を感じる光景だ。
「運転できるの?」
「MⅢ操縦できるんだぞ?お前だってできるだろ」
「できる」
ミヤビは無遠慮にそんな事を聞くが、少年は当たり前だと答えた。
「それより、2人をつけてた奴を殺してきたけど」
「仕事が早い」
「ははは、もっと褒めろ」
煩わしい輩を早々に排除した少年に妹は手放しに賞賛する。アルフレッドも満更ではなさそうだ。
ガードの女性も言っていた昨晩の騒ぎはこのことのようだ。だが、動機も重要だ。
「待って、殺したの?目的とかは……」
「一応、聞けるだけ聞いたんだけどさぁ」
少年はモバイル端末を操作すると画面を見せてきた。
"買取:アルビノまたは白髪の若い女 価格:……"
「……何よこれ」
思わずセイカは顔を顰める。ミヤビも同じ反応だ。
「匿名SNSのスクショ」
「それは分かるわ」
「変な尾行の原因だと思う。殺す前に吐かせた」
少年はそう言うが、どう見ても詐欺にしか見えない。そして、あまりにも対象になる人が多すぎる。
そもそも、人間の売買がこんなおおっぴらにやり取りされる事もおかしい。
「こんなの、真に受ける人がいるの?」
「まぁ、そんな馬鹿がいるのが困るとこ」
現に2人いたわけだと、セイカの反応に少年は苦笑いする。
「これが拡散されてるのが最近だけど、2人への嫌がらせなのか、他人の嫌がらせに巻き込まれたのか、分からないのが困るところだな」
「他の人……? 」
「アルビオン社のホムンクルスとかかな。人工物が仕事を奪うとか言う団体が出る度すり潰されてるよ」
「出る度……?」
「イタチごっこ。この手の奴らは学ばない」
そう言えば、アルビオン・バイオニクスのホムンクルスと呼ばれる兵士もアルビノなのだったか。
「こっからが本題。俺も報酬分は護衛するけど、2人とも武装した方がいいと思うんだよね。キリないし」
「拳銃なら持ってる」
アルフレッドの提案に、ミヤビは母の拳銃を取り出した。少年はそれをマジマジと見たあと、セイカに目を向けた。セイカは後部座席の半分を占領しているコグモを撫でる。
「私はこの子ぐらいだけど、武器は着いてないわ」
「銃撃ったことはある?」
「無人兵器ならともかく、手で撃ったことはないわ」
「じゃあ、これあげる」
少年が投げてよこしたのは、スタンガンとオモチャの拳銃のようなものだった。
「スタンガンと電撃銃。電撃銃は空気圧式だから銃より使いやすいぞ」
「あ、ありがとう」
物騒な贈り物を受け取り、上着のポケットに仕舞う。
何事もなく取り出したが、普段から持ち歩いているものなのだろうか。
「じゃあ、貸し1つな」
「……払うわよ。いくらかしら」
妹と仲が良いとは言え、油断しない方が良さそうだ。
アウトベースの中心部、ギルドの中央エントランスある建物前で依頼料を渡し少年と別れた。
「俺は実家……まぁ孤児院なんだけど。顔出してくるだけだから、また後でな」
迎えにも来てくれるらしいので、そこは甘えることとした。ミヤビが用意する弁当を高く買ってくれているのか、これは貸しにならないようだ。
「……私達も仕事をしないとね」
中央エントランスで専用端末を借り、ギルドに登録した姉妹のアカウントでログインする。
仕事を物色するまでもなく、通知が表示されていた。
「これが指名の依頼という奴なのね」
まず、必ず受ける仕事は受領してしまう。
専属契約をしたキャラバン……輸送部隊バンジュウからの指名の護衛依頼だ。専属契約と言っても、キャラバンはギルド内の組織であるため、仕事のやり取りはギルドを介して行う。
カズサと交わした約束……契約では緊急時以外の護衛依頼は傭兵のホワイティア姉妹を指名に行われるというものだ。3ヶ月先まで輸送部隊バンジュウの予定が決まっているものは全て受領する。
「ん?」
「どうしたの?」
流れ作業で端末を操作していると、依頼主の名前が異なる依頼を見付けた。
「他にも指名の依頼があるのよ」
ミヤビも端末を覗き込んで確認する。
「…城塞都市のアイアス。遠過ぎる暗黒大陸の都市」
「1度、演習の依頼を受けたところなのよね。また遠隔でいいなら受けてもいいけれど」
「……輸送部隊ライトキャリッジ」
「そこね。知らないところなのよ」
しかし、輸送部隊ということは、
「でも、キャラバン関連」
「そうなのよね」
キャラバンとはいえ、指名される身に覚えがないのが気になる点だ。
「カズサに聞いてみる」
「それがいいかしら」
この護衛依頼の予定日は2週間先の日程だ。直近のカズサ達の護衛から帰って来てからの仕事になる。
今日または明日にカズサへ声をかけてみることとする。規模も小さい輸送部隊のため、もしかしたらカズサ達が紹介したのかもしれない。
「機体が壊された時はどうしようかと思ったけど、意外と幸先いいのかもしれないわね」
「……」
「まぁ、結果的にあの子と仲良くなれたわね」
「……別に仲良くない」
「そう?」
妹は頑なに少年との関係性を否定するが、見ている限りは良好そうだ。
ひとまず、ジョロウの修理後の予定が決まった。
明日にでも、見知らぬキャラバンからの依頼の確認。
そして、カズサ達の輸送部隊の護衛。
カズサに確認し、特に問題がなさそうであれば、もう1つの護衛も請け負う。
アイアスからの依頼は引続き演習の補助であったため、受領するものの日程は調整してもらう。
おおよそ、こんな所だろうか。
裏取りをしつつ、堅実に依頼をこなす。生活に余裕ができれば、金銭以外の、先を見据えた選択ができるようになる。
妹と少年の関係にも進展があると嬉しい。
このまま大きな問題もなく事が進んでくれれば、自分達の生活を築いていける。
もし、母がここにいて妹と少年の様子を見たらどんな顔をしただろうか。そんな妄想をしつつ、セイカは端末を置いた。




