旅立ち編_第三章_6_護衛
2日目も、アルフレッド達は姉妹より早く現場入りしていた。妹と貸し借りなしとした少年は手を降って迎えてくれた。
「進みが早ければサブアーム以外は仕上がるってさ」
アルフレッドはミヤビとセイカに進行状況と工程を説明してくれる。ジョロウは全身の装甲が外されてフレームの状態となっていた。
その状態にミヤビは首を傾げた。
「ここまで装甲外す必要あるの?」
「……お前が俺のMⅢを足蹴にしたからだな。MⅢの脚部が想定していない動作だから、フレームの歪みをチェックしてるんだ」
「上半身は?」
「高速機同士インファイトで殴り合ったんだぞ?」
少年はMⅢそのものに興味もあるのか、妹よりも機体整備に関しても詳しいようだ。会話の内容さえ除けば微笑ましい光景だと思う。
そんな事を思って眺めていると、少年と目が合った。その目線に流されて妹もセイカに目を向けた。
「そう言えば、お姉さんの機体って車両なんすか?MⅢなんすか?」
ツチグモに話題が飛ぶとは思っていなかったので、返答に困る。
「コロニーみたいなものだから、車両になるかしら」
「変わった形ですよね。中どうなってるんすか?」
「……流石に言えないわね。誰でもは入れないし」
「そうなんすねー」
探りを入れてきたのかと思ったが、とくに掘り下げてくることもなかった。ただの興味本位だろうか。
「姉さん。今日は仕事」
「っと、そうね。私は夕方まで出て来ないから、ミヤビはそっちでお昼をとってね」
「わかった」
セイカはミヤビとアルフレッドに見送られながらツチグモの中に入っていった。
生体認証か何かで電子錠を解除し入っていく様子をアルフレッドは眺めていた。普段セイカと繋がっている四脚の車椅子型の機械が付いて入っていくと扉が閉まった。
「何?」
突然話題を変えたアルフレッドに、ミヤビは訝しげな目を向ける。少年は真顔でミヤビに向き直る。
「お前は気付いてんの?」
「……」
少年が何を言いたいのかわかった。
不快な視線というのはどこにでもあるものだ。
「気付いてんのね。お姉さんは?」
「……たぶん気付いてない」
「そっか。あの機械、後ろが見えてそうだけど、見付けられるわけじゃないか」
この辺りは訓練を受けていたり、経験が無いと気付けないものかもしれない。
「修理中は俺等がここにいるけどさ、セキュリティって完璧じゃないぞ。危ないのは昼飯どきかな」
「今のところ、見られてるだけ」
興味はなさそうなのに、少年は周囲をよく見ている。いや、訓練を受けたミヤビと環境こそ違い、少年はそうしていないと生きて来られなかった感じだろうか。
「身に覚えは?」
「あなた達」
「それはない」
アルフレッドは欠伸をしながらもきっぱり言い切る。
ミヤビとしても、言ってみただけの妄想でしかない。
「まぁ2人揃って綺麗だし。ただの変質者かもな」
「……」
「……何?」
異性に興味がなさそうなのに、さらっと容姿を褒めるのは何なのか。そんなことを考えるミヤビを他所に、少年は首を傾げた。
「じゃ、この話は昨日の昼飯のお礼ってことで」
「そういうこと」
律儀に、御礼として不審者情報を共有してくれたらしい。ミヤビとしても、数日間かけて勘違いか確認しようと思っていた。
第三者と違和感を共有できたのはありがたかった。
「ところで、今日もカロリーバー?」
「……え?まぁ、そうだけど」
肯定した少年に、ランチクロスに包まれた弁当箱を押し付けた。
突然のことに少年はポカンとするも、グイグイ押し付けられては手に取らないわけにはいかなかった。
「あなたの分」
「お、おう」
機体の修理と費用を押し付けたことへの後ろめたさからだったが、こんなことで少年に貸しが作れ、マウントがとれるなら定期的に渡してやってもいいかもしれない。
問題は食材の使用量を姉にバレぬよう、どう誤魔化すかだ。
「……これ手作りか?」
「そう。サンドイッチ」
アルフレッドが戸惑ったような、訝しむような、複数の感情の混じった微妙な表情をしている。
借りを返したところで、追加の借金を押し付けられたのだから当然だろうと、ミヤビは勝手に納得する。
「なんなら、明日も作ってくる。感謝するべき」
「あ、あー……」
「何?」
少年の表情が呆れ顔に変わり、ミヤビは思わずむっとする。
「いや、助かるけどさ。レーションの余りとかでいいぞ?」
「こっちの方が楽。2人分も3人分も一緒」
「そっか……まぁ、ありがとう」
アルフレッドは一応の例を言いつつ、整備士達からの妬ましげな視線は気付かなかったことにした。
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「おいおい、羨ましいじゃないか」
「何がだよ」
「俺等が汗水垂らして働いてる横で良いご身分だよな」
午前中の工程を終え、昼休憩に入ると案の定、こちらを見ていた整備士どもに絡まれた。アルフレッドはため息をつく。
こいつらが消えるまでランチクロスは広げない方が良さそうだ。
「何もらったんだよ」
絡んできた整備士の一人が弁当箱に手を伸ばして、その手が触れる前に別の手が弁当箱をかすめ取った。
送り主……ミヤビの手だった。ジロリと、アルフレッドに絡んできた整備士達を睨んでいる。その目に、何人かはたじろいて距離を取る。
「俺達にも作ってきてくれよ。修理してやってんだからさ?」
とはいえ、空気の読めない……顔をちゃんと見ていない奴はいるもので、1人がそんな事を宣った。
この発言は色々まずい。そもそも機体を壊したのはこっちだ。そして、こいつはミヤビの表情を見て何も思わないのだろうか。
美人が怒ると怖いというが、そういう表情ではない。
模擬戦をするために煽った時の激情に流された表情ではなく、嫌悪感に満ちた目をしている。
例えるなら、道端に落ちていた犬の糞でも見ているような目だ。
「そんなガキより俺達と……」
「何やってんだお前ら……?」
「ひっ……」
流石に整備士長の感情は声色だけで判断できるらしい。客を怒らせたことを理由に出禁にする必要はなさそうだ。
「い、いや、俺達も親睦を深めようと」
「それが本当だったらお前らに才能は全くない。二度とやるんじゃねえ!!出禁になりたいか!?」
整備士長に蹴り飛ばされ退散する輩を見送っていると、手元に弁当箱が戻された。ミヤビはいつの間にか手頃なコンテナに腰を降ろし、ランチクロスを膝の上に広げている。
「邪魔したな」
「ああ。ホント邪魔だった」
整備士長に軽口を返すと、ワシャワシャと頭を撫でてから踵を返した。
昼飯に向かう整備士長にフィンガークロスのハンドサインを送られたが、勘違いだと言ってやりたい。
アルフレッドも少女と向かい合う位置に空コンテナを置き、腰を降ろした。
「……大丈夫?」
「慣れてる。度が過ぎたら殺すだけだし」
「いいのそれ?」
「都市の外に法律も警察もないからな。それに俺は大企業所属。相手が上司じゃなきゃ理由だけ聞かれて終わりさ」
「ふーん」
それとなく、企業所属のメリットをアピールしてみたが空返事が返ってきた。
絡んできた奴は都市出身だったか。あの調子のままだとヤバい相手に喧嘩を売って野垂れ死にしそうだ。
そんな奴はさておき、弁当箱を開ける。箱の中には綺麗にサンドイッチが並べられていた。具材は生物ではなく酢漬けや燻製肉、スクランブルエッグのようで、食あたりの心配をする必要はなさそうだ。
アルフレッドも男のため、真っ先に手が伸びたのは肉と酢漬け野菜の入ったサンドイッチだった。ソースはマヨネーズだろうか。
「うまっ……」
思わず声が漏れてハッとする。目の前の少女が勝ち誇った顔をしていた。
残念ながら、これは恋する乙女からの贈り物ではない。これは返済が必要な借金なのだ。よりによって、そんなものを評価してしまった。
渡した時も、少女は恩着せがましいドヤ顔をしていた。
敗北感に苛まれながらもアルフレッド返済方法を確認する。
「……何が望みだ」
「……ボディガード」
「……飯の回数分でどうだ」
「わかった」
無茶な要求でないことに安心する。流石に犯人探しなどとなると専門外だ。
たが、ふと1つの案を思いつく。
「逆に、ボディガードしたら1食奢りってことか?」
「む……」
社食は別に無料というわけではない。利用した回数分、次の給料から天引きされるのだ。その場で料金を払わないで済むので金欠の時は助かるが、結局は金を払っている。
逆に提案されるとは思っていなかったのか、少女は顎に手を当てて考え込む。
「時間指定してくれるなら、修理が終わった後もボディガードできるぜ?」
まだ給料日まで日がある。ギルドの依頼で小遣い稼ぎをしてもいいが、ウェインに要望して事務方から返事が返ってくるのも数日かかるのだ。
「……私がいない、姉さんだけの時も」
「いいけど、お前のボディガードはいいのかよ?」
お前も女だろと言うと、ミヤビは徐ろに銃の整備をしている木箱に移動した。木箱に肘を立て、腕相撲のポーズを取る。
弱くないと言いたいのだろうか。流石に同年代の少女に負ける気はせず、アルフレッドは言われるまま勝負を受けた。
「……負けても泣くなよ」
「勝ってから言って」
大した自信だ。
少年より少し小さくすべすべした少女の手に少し緊張するが、それを踏まえても負ける気はしなかった。
ミヤビの合図に合わせて力を込める。
力を込めた。
込めたはずだ。
思わず目が丸くなる。
微動だにしなかった。
少女の顔を見ると、勝ち誇った顔をしている。
対して力を込めている様子もなく、まだまだ余力があるようだった。
「……ゴリラじゃん」
思わず溢れてしまった本音に、握力で答えられた。
昼時の人気のない倉庫で、少年の悲鳴が響き渡った。
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「ミヤビ、待たせたわ……ね?」
「うん」
衛星通信での仕事を終え、ツチグモを出てセイカは小首を傾げた。
妹が待っているのは、行きも帰りも共がいいとミヤビの要望だ。形式はともかく、これまでずっと一緒だったので違和感もなければ、むしろ嬉しいことだ。
もう1人、待ち人がいた。少年だ。少なくとも自分には弟はいなかったはずと言うか、ジパング社の少年兵だ。昨日も今朝会った人物の名前を忘れるほどボケてはいない。アルフレッドだ。
「どうも」
「えっと、何か用があるのかしら?」
「あーっと……」
なんとなく妹が興味を持ちつつあると思っているが、自分に対して用があるとはあまり思えなかった。
この前に詰めたことでむしろ怖がられてるのではないだろうか。そして、本当に重要なことは伝えられていなさそうだとも思っている。
少年はセイカに問われ、ミヤビを肘でつついた。
妹が理由を知っているのか、主導権を握っているのだろうか。妹に向き直る。
ミヤビはつつかれてムッとするが怒りはしなかった。
妹はアルフレッドの肩を掴む。
「……新しい弟」
少年の顔が「何言ってんだこいつ」と言っていたのですぐに冗談だとは分かった。
妹が異性に砕けた態度を取るのは初めて見る。
せっかくなので、セイカ話に乗ることにした。わざとらしく、深刻な顔をする。
「結婚には……まだ早いんじゃないかしら?」
「……」
妹が固まった。
少年は呆れつつ妹の様子を見ている。
たっぷり数秒間かけて、セイカの言ったことを理解した様子だ。みるみる顔が赤くなる。
「ち……違うっ!冗談!!」
「……もうちょっと考えてから物言った方がいいと思うぞ」
パニックになる妹を見て、少年は呆れ顔でため息をついた。
「こいつ……ミヤビに頼まれて、帰りは送ります」
妹の代わりに説明してくれた。わざわざ呼び方を言い換えたあたり、先日のことはまだ引き摺っている様子だ。
「飯を奢ってもらった礼……みたいなもんです」
「……そう。必要なのかしら?」
「……女子供は舐められやすいので」
「あなたは?」
セイカの問いに、アルフレッドは肩のジパング社のロゴをポンポンと叩く。
「軍事訓練受けてる人間を襲う奴はいない……すね。よほどの馬鹿か、旧市街の食いっぱぐれくらいかな。あと、俺なら襲ってきた奴を撃ち殺しても、ここなら問題にならない」
ジパング・インダストリーの威光ということだろう。取引のあるギルドにしても、自分達の管轄エリアで他企業の人間に死なれては面倒なのかもしれない。
そして、城塞都市内とは違いここには警察もいないわけだ。
「そう。私たちは着けられてるの?」
「むっ……」
「そうなのね」
少年が口をへの字に曲げ、妹は目を逸らした。2人とも嘘が下手だ。妹の意図は理解できた。
「分かったわ。あと、ミヤビと話してる時の口調でいいわよ。話しづらそうよ」
「……あーうん。わかった。そうする」
口調を指摘されて、アルフレッド口の端を歪めるが砕けた口調に戻した。
「あなたの仕事に差し支えない範囲でいいわ」
「時間指定があれば、修理後も問題ない。俺の機体の修理はこいつの後だし」
「そう。じゃあよろしくお願いするわね」
笑顔を返すと、少年は照れた様子で顔を反らした。
そんなアルフレッドをミヤビは不審そうな目を向ける。少年は鬱陶しそうだ。
「……不束者ですが」
少年がミヤビの冗談を蒸し返すと、後頭部を叩かれていた。




