旅立ち編_序章_2_閉じた世界
「制限解除個体01のバイタル正常」
「MⅢ(中型機動兵器)ジョロウの機動確認。システムオールグリーン」
「ミヤビ、接続試験を始める。気になる事があれば言いなさい」
「うん」
ミヤビは母の言葉に頷き、座席の上で呼吸を整え、目の前の金属の壁を見据える。計器と機体状態を示すグリーンの発光ダイオードの光以外この空間に光源はない。
だが、その外の様子は見えていた。ヘルメットのシールドがモニターとなり外の景色を写している。
ここはMⅢと呼ばれる機体のコクピット内だ。
「人機直結システムの起動を承認。接続テストを開始します」
ミヤビには理解できない専門用語が耳に入る。細かいことは分からなくとも、何をするのかは聞かされていた。
ミヤビの襟足には物心ついた時から金属の塊が付いていた。初めはカサブタが付いているようで不快だったが、外すことはできなかったし母もダメだと言った。
母が言うなら仕方がない。ミヤビにとって母は絶対なのだ。
ミヤビは理解していないが、襟足に移植されているインプラントはMⅢとの接続ユニットだ。
鍵穴のようなメス端子の穴が空いており、背もたれの後から伸びてきたアームのオス端子が挿し込まれる。
「ん」
首を後から押さたような感覚に対して、反射的にミヤビの身体がその場に留まるために強張る。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
思わず出た声に心配性な母が声をかけてきた。言葉の通り何も問題はない。襟足に繋がった端子が動く感覚がある。
ミヤビは理解していないが接続された端子が鍵穴のように180度回転したのだ。
「接続を確認」
研究者の言葉とともに、ミヤビの視界に異常が発生する。自分の目で見ている景色と違う景色が見える。両目で別々のものを見ている感覚に近い。
合わせて四肢が増えたような感覚。機体と接続されたことで、ジョロウのマニピュレーターと脚部ユニットを自身の手足のように感じているのだ。
「マニュアル、セミオート、オートパイロットを停止。操作系のオーバーライド完了。博士、システム起動しました。」
「わかった。ミヤビ、異常は?」
「……ない」
深呼吸し、拡張した感覚に思考を慣らす。
この身体と神経が拡張していく感覚が万能感のような錯覚を与えている。
冷静な操縦には邪魔となってしまうのだが、ミヤビはこの感覚は嫌いではなかった。
「ミヤビ、機体の拘束を解除するぞ」
「うん」
「MⅢジョロウ、リフトオフ」
ミヤビが搭乗している機体、ジョロウは天井から伸びたクレーンとチェーンで人型の上半身が支えられていた。
通常の機体では必要のない拘束なのだが、以前の実験で操縦系が切替わる際に機体が転倒する事故があったためとられるようになった処置だ。
クレーンが降ろされ、ジョロウは煩わしい拘束から解放された。合金製の脚部がコンクリートを踏みしめ、人工筋肉が姿勢を整える。
ミヤビは機体の状態を確かめた。ジョロウの頭部がミヤビの意思通りに自身の身体と周囲を見渡す。
その仕草はどこか、少女がお気に入りの服を着た自分の姿を確かめるようだった。
その金属の塊が行う生物的な、人間的な動きに"母親"は満足げに笑みを浮かべ、助手の研究者たちは顔をしかめた。
そんな事は露知らず、ミヤビは機体と周辺確認を進める。ジョロウ……MⅢの整備士が拘束に使用していたクレーンとチェーンを片付け、機体から離れるのを見届けると機体と兵装の確認を行っていく。
ジョロウは人型のMⅢとされているが、人型と言うには異形な外観をしていた。
人型のMⅢはバックパックを背負った人の形状をした機動兵器だ。
バックパックのように見える部分はコクピットブロックであり、そこはジョロウも同様でミヤビが格納されている。
ショルダーストラップのように見えなくもない、胴と肩を繋ぐショルダージョイントはウェポンラックとなっており、ジョイントラックと呼称されるパーツだ。予備弾倉や対人砲、背部側に砲や補助ドローンを積載する場合が多い。
ジョロウはこの左右のジョイントラックから、機体の全高7mよりも長大な2対のサブアームが伸びている。そのサブアームは末端の節が最も長く、側面に片刃剣のようなに鋭利な装甲板を携え、1本1本はカマキリの前脚のようだった。
これが機体のシルエットを異質なものにしていた。
ジョロウの外装も、空気抵抗の為だけとは思えないエッジの効いた流線型をしており、凶暴で攻撃的な印象を与える。
人型というより、怪物といった方がしっくりくる機体だった。
そんな怪物が、打放しコンクリートの格納庫で、少女のような仕草の混じった動きをしているのは異質でしかなかった。
一通りの確認作業を終えたミヤビ、ジョロウは顔を上げる。2対の円状の複眼がキャットウォーク上にある片面防弾ガラス張りのプレハブを見据えた。そこに"母親"と助手の研究者達が計器とジョロウを見比べつつ作業を行なっていた。
ミヤビが通信で声をかけ、母が通信越しで指示を出す。
「機体動作、兵装、異常なし」
「よし。ではミヤビ。予定通り今日は人機直結システムを使った実弾試験を行う。武装はアサルトライフル1丁だ」
ジョロウから見て左手側、格納庫の鋼鉄の扉が開き始めた。それを確認すると、ミヤビはジョロウの歩を進める。扉の前に7mの巨人が使うサイズのライフルが置かれていた。ライフルというが、要は機関砲である。
ジョロウはサブアームを伸ばし、装甲の裏側に格納されたマニピュレーターで器用にライフルを持ち上げ、人型の腕部がグリップを掴んだ。
格納庫の左手出口は屋外演習場へと繋がっている。MⅢの試験を行う屋外演習場は陸上トラックをそのまま10倍近いスケールにしたようなものだった。
外縁は防弾壁で覆われ、模擬戦なども行われる。
そのトラックコースの側面側と、トラックの中央に実弾訓練用の的が並んでいた。
「まずは静止状態で精密射撃。指示があるまで片手でだ」
「うん」
モニター、というよりジョロウの視覚の端に指定の射撃距離が表示される。これなら距離の微調整を考えるとホバーエンジンをつかうよりも歩いて移動のほうが早い。数歩進み、片手を伸ばしハンドガンでも持つようにライフルを構える。
精度を高めるため単発で射撃。1発、2発と銃声というにはけたたましい轟音が鳴り響くいていく。
的へは命中するものの反動でのブレが酷い
「次は両手で構えなさい」
母の指示に、人がライフルを構えるように姿勢を変更する。先ほどと同じように単発で射撃。銃身が固定されたことでより中心に当たるようになる。
単純作業だ。これを交互に繰り返していく。
余計な思考は放棄し、作業に没頭する。
「よし。次は走行間射撃だ。トラックを周回」
MⅢには歩行以外の高速機動戦を行う装備が搭載されている。ジョロウのホバーエンジンも多くのMⅢに一般的に搭載されている機構の1つだ。機体によって異なり、歩行戦車であれば無限機動、車輪を採用した機体もある。
現在主流となっているホバーエンジンは通常時でも機体重量を低減させる推力を発生させ続けており、出力と噴出部を切り替えることによって地面を滑るように全方位自在な高速移動を行う事ができた。
戦闘速度では継続戦闘能力が短くなるが、加速の早さ、機種によっては時速200kmに届く機動戦が展開できるメリットが優先されている。
ジョロウの最高速度も優に時速100kmを超えており、トラックの2周目に入るときには最高速度に達していた。
「目標へ射撃。ライフルはフルオート」
ミヤビが機体を操縦する様子を、母と研究者はプレハブ…格納庫の事務所に計器を持ち込んで確認していた。
「初期の試験と比べればだいぶ安定しましたね。」
「セイカにいろいろと相談しているようだ」
「制限解除個体00ですか……」
顔を曇らせる助手に母……博士は首を傾げる。
「セイカがどうかしたのか?」
「博士は平気なんですか?そもそも制限解除個体00は覚醒せず、無人兵器の統率用生体COMとなる個体だったんですよ?」
助手の言葉に博士は深く頷く。
「ああ。その上に役割りも果たしているし、素晴らしい誤算じゃないか。さらにデータを見る限り無人兵器に指示を出すだけでなく、無人兵器の搭載AIに脳の処理を代行させたり、その逆も行っている可能性がある。私の最高傑作かもしれん」
「……認証されていない領域への不正アクセスも……得体が知れないと言うか、危険では」
「アクセスには制限はかけたし問題ないだろう」
嘘である。
「ミヤビとのやり取りを聞く限り教導するセンスもある。可能性の塊さ。次の模擬戦で無事勝利し、ミヤビのタイプが量産の方向性となれば、合わせてセイカのタイプの制限解除個体も増やして再現性のテストをしなければ」
ウキウキと話す女を助手が苦虫を噛み潰したような顔で見る。それ以外にも研究施設の防犯カメラが見据えていた。
「……増やすんですか」
「そもそも兵器として作っているんだ。当然だろう?」
セイカはこの女が嫌いだ。母だと嘯きながら、自分やミヤビを兵器として売り物にすることが目的なのだ。
それとなく、妹へも話したことはある。だが、妹は姉の言葉を否定することもなく。
「母さんがそう望んでいるなら。私は母さんのためにも強くなる」
幼い娘が母に向ける無垢で無償の愛だ。何を言っても曲がることがないだろうし、下手をすると姉は敵だと思われかねなかった。
そのため、宛のない逃避行をきり出すことなどできるはずもなく。
先送りの結果が目前に迫っていた。
この研究施設の権限を握っていても、真実を知っていても、助けてもらうことを妹は望んでいない。
セイカも、ただ1人で飛び出したところで上手くいくとは思えない。
狭いガラスの筒の中で天を仰ぐしかなかった。
読んでくださったあなたへ感謝を。
下記は創作上の設定メモです。
母_セイカ達のいる施設の研究者で博士と呼ばれている。
今のところ名前を出す予定は無し。
セイカ_姉_制限解除個体00_専用機_ツチグモ
ツチグモ_現在コード名のみ。
ミヤビ_妹_制限解除個体01_専用機_ジョロウ
ジョロウ_人型MⅢ。人機直結システム搭載
鋭利な流線型のボディと4本の大型サブアームが特徴
MⅢ_中型機動兵器(機械)7m前後の四肢を持つ兵器の総称
人機直結システム_いわゆる脳直操縦技術




