旅立ち編_第二章_1_方針
「まだ、思うところはあると思うけど、情報共有と今後の方針について話していくわね」
「うん」
培養槽の壁面全体を利用した有機ELモニターを利用して周辺地図、各車両の情報を表示する。
システムとしては、セイカが培養槽の内側から全面モニターとして扱うものだが表示を左右逆転させれば外側からでも利用できる。
セイカが培養槽前に立ち、ミヤビは母の私物だったパイン材の椅子に座っている。小物のセンスに目を瞑れば教壇に立つ講師と生徒のようだ。
「GPSのマップデータ上、私達の位置はここ。廃棄された旧都市……通称だと廃都市ね。その道路を進んでいるわ。衛星写真と周辺地形は照合したから、ジャミングの心配はないわ」
地図中心にある三角形のマークをセイカは指差す。
地図と同地点の衛星写真は一面灰色の大地を写していた。
「路面状況は最悪で……クラッドビートルで瓦礫を撤去、または迂回して進んでいる状況よ。」
姉がペシペシと培養槽を叩くと、地図と衛星写真の縮尺が変化した。より広範囲が表示され、茶色や緑の建物どころか舗装もされていない地面も表示される。
「ひとまず、廃都市から出ることが最優先。ここから出ないと目的地までの工程も組めないのよ」
「どこに行くの?城塞都市?」
「残念だけど、城塞都市には行かないわ」
ミヤビの問にセイカは頭を振った。
さらに地図の縮尺は変わり、より広範囲のものとなる。
「都市連合に所属する城塞都市は法治国家で治安もいいけれど、完全な部外者で身分証もない私達が入国と身分証を得るとなると、装備を全て捨てることになってしまうわ」
この世界には巨大な国家がない代わりに各地に城塞都市を有する都市国家が存在している。都市国家の規模は様々で複数の城塞都市を持つ国家もあれば、1つの巨大な都市を有する国家もある。
統治も民主主義や軍事国家と様々だが、共通して言えることは都市の外より、はるかに治安が良いということだ。
警察や憲兵は都市の中にしかいないためでもあり、当然ながら都市政府もそれは理解している。そのため、都市の発行する身分証やそれに類する物を持たない人が入るには厳しい制約がある。
母の座学を思い出しながらミヤビは姉の話に耳を傾けていた。
「仕事や買い出しなどで行くことはあるだろうけど、活動拠点や身分証みたいな下地を固めてからになるわね」
半径十キロ以上に及ぶ城塞都市は地図の中でも目立った存在だ。
だが、姉はそれとは別の地点にマーカーを置いた。
「目的地はギルドと企業連合が運営するキャラバンの輸送基地……アウトベースよ」
地図上の城塞都市より小さい、近代建造物の密集地。アウトベースと呼ばれる施設はギルドが管理する都市圏外の施設だ。
国際的な輸送組織のキャラバンにとってはヤードのような施設であり、ギルドと企業連合にとっては駐屯地である。
「ここでギルドの傭兵として登録をして、生活の拠点としたいと考えているわ」
ギルドはキャラバンの直接的な運営と、周辺の治安維持を行う民間軍事会社だ。直属の軍隊も所有しているが、多くの傭兵や運送会社に業務を斡旋することで都市連合や企業連合の世界的な物流需要を支えている巨大企業である。
「ここなら流れ者でも在住や傭兵登録ができるし、武装も没収されない。仕事で信用を得ればギルドの身分証を得ることができるわ」
地図には廃都市から離脱した場合のアウトベースへの最短ルートが3種類ほど表示された。
近代的な生活水準とその維持を考えた案だ。
だが、ミヤビには1つ不安がよぎる。
「姉さん、アウトベースって、企業連合も出資してる……よね?」
「そうね。顧客でもスポンサーでもあるわね」
「……私達がいた場所って……」
少なくとも、あの研究所は都市連合のものではない。
そもそも都市国家なら国家機密に関わる軍事研究施設なら城塞都市内に作るだろう。
更にライフラインも充実していたことを考えると、消去法で企業系列の組織が関わっているように思えるのだった。
「……たしかに企業組織よ」
セイカも、そのあたりは把握していたようだ。姉が培養槽の壁面に視線を向けると、企業のロゴが表示された。
「私達がいた場所は株式会社シンノーシ。医療機器のメーカーで再生手術に必要な生体組織プリンターや医療ポットを取り扱ってる……らしいわ」
移動ルートを示した地図とは別に世界地図が表示され、世界が4色……赤、青、黒、白に塗り分けられた。
「ただ、私の調べた限りだけど……企業連合には所属していなかったわ」
世界地図に一際巨大な大陸……中央大陸と呼ばれる大陸がある。その東端と南東の小さい東方大陸、細かい列島を塗りつぶしていた白い色が強調された。
「私達がいる場所は中央大陸の東部。白いエリア内のこの辺り」
中央大陸の白塗りの中にマーカーが追加された。
「ここはジパング・インダストリー……ジパング社の経済圏よ。各企業連合は軍需企業が中心となっているのだけど……ジパング社の軍事産業以外の主産業は造船、鉄道、車両分野かしら。連合内に医療関連の会社もあるけど、グループ内にシンノーシの名前は無かったわ」
続いて、黒いエリア。中央大陸の西側からその南側。2番目に大きいとされる暗黒大陸を覆っている経済圏。
「医療となると、アルビオン・バイオニクス……アルビオン社が多くの関連企業を抱えて主産業にしているけど、ここにもシンノーシの名前は無かった。ひとまず、今、私達が企業連合から狙われてる可能性は低いわ。理由はもう1つあって……」
再び画面……培養槽壁面に映像が追加される。シンノーシのHPだろうか。
「……シンノーシは軍需関連の研究開発をしていない……ことになってるのよ。表向きは、だけどね」
「じゃあ、私達は?」
「表には出せない事案……ということになるわね。だから、表立って追われることはないと思うのよ。」
「そっか……」
姉の説明にミヤビは胸をなで下ろした。
「……他に気になることはあるかしら?」
「……アウトベースにはいつ着くの?」
ミヤビの質問にセイカは渋い顔をした。
「1週間で着けばいい方かしら。廃都市から出れさえすれば2〜3日くらいなのよ」
「……食べ物とか、燃料は大丈夫?」
「……一番不安なのは生活用水かしら」
今、セイカがツチグモを使って走らせている車両はコロニー3台、電源車両2台、燃料車両2台、輸送車両1台だ。斥候、殿として、コロニーからスコルピウス2機を交代で出撃させている。
「飲料水は、保存食に付随してたけど、生活用に使ってしまうとすぐなくなるわ。あの施設でシェルターを吹き飛ばしたから……」
水を入れる予備のタンクがシェルターにあったようで、ともに吹き飛ばしてしまった。
「生活用水は節約したいから……移動工程の目処が経つまでは……お風呂は我慢して、お湯で身体を拭くくらいにして欲しいわ」
ミヤビも渋い顔になった。
乙女にはツライ行軍となりそうだ。
揃ってため息をついた時にだった。
モニター代わりにしていた培養槽壁面の表示が赤く発光し、アラートの文字が表示され警告音が響く。
「……何!?」
「スコルピウスが何か見付けたみたい」
セイカの思考に合わせて培養槽のモニターも動く。
モニターにはスコルピウスの長距離砲に備え付けられた望遠カメラの映像がピックアップされた。
映像には2機の白い機影が表示されている。
「後方……私達が来た方向から2機の白いMⅢ……!」
「私はジョロウに……」
「ええ、コクピット内で待機して。こっちを見つけてる訳ではないみたいだから。通信の傍受も試してみるわね」
ミヤビは私服を脱ぎ捨てるとパイロットスーツを引っ張り出して着替え始める。3分もかけず、コンテナ車の方へ向かってくれた。
セイカは相手の動きの確認と目的の分析だ。
白い2機のMⅢはある程度進んでは、周囲をカメラで確認していた。
タイヤ痕や瓦礫を撤去した痕跡を追跡しているようだ。結果的にこちらへ向かってきている。
自分たちに追っ手が係るとしたら無人兵器だろうとセイカは考えていた。だが、追跡者はどうみても有人機で、片方は無駄な動きも多い。
たまたまなのか、雇われなのか。
今のところ、索敵用のドローンなどは見当たらない。無人索敵機用の低出力の対空レーザーをオンラインにする。できれば見つかる前に撃ち落としたい。
複数の車両を速度重視で行軍している以上、タイヤ痕など消している暇はないので仕方ないとも言える。
「あきらめてくれると嬉しいけど」
スコルピウスの長距離砲へ砲弾を装填する。
まだ選択肢は複数ある。
戦闘は避けたい。
追跡できなくなれば十分なのだ。
セイカは相手との間にある、一際背の高いビルの廃墟に目を向けた。
都市連合や企業連合など、固有名詞が大量に出てきました。
とりあえず、未来な世界観だと思ってもらえると幸いです。ひとまず大陸のイメージとしては下記に。
中央大陸∶ユーラシア
東方大陸∶オーストラリア
暗黒大陸∶アフリカ
西方大陸∶アメリカ
セイカとミヤビ達がいるのは、今の世界地図だと東アジアあたりとなります。
次話は別の人物たちの視点となる予定です。
それでは読んでくださったあなたへ感謝を。




