旅立ち編_第一章_8_存在証明
地上の殲滅戦は完了。逃走した形跡はない。
非常時の初動が自室待機であることも幸いした。
電源車両と燃料車両は2台ずつ無事なものを確保できた。ジョロウの消耗部品の積み込みを継続中。
手の空いているアントは食料や金銭、日用品や医薬品などの物資をかき集めさせている。
手間取ったのは地下シェルターだ。
核シェルターほどのものではないが、アントの装備では刃が立たない上、地下の階層に入り口があったのが問題だった。
クラッドビートルは大きすぎて入れなかった。
結果として、長距離砲を装備したスコルピウスを施設外周から呼び戻すことになった。
防爆扉の座標と方向、地下に階層のある脆い部分を確認。柱や基礎を避けて撃ち抜けるよう射点を計算。
特に時間がかかったのは、地下階層の下調べだった。射点にスコルピウスを移動させた後は、徹甲弾を撃ち込むだけだった。
6発目を撃ち込んだところで、防爆扉が拉げて隙間ができた。
まだアントが入れるサイズではないが十分だ。
クラッドビートルが駆動部が破損して使えなかった燃料車両を引きずって来た。アントが給油ホースに消火ホースを無理矢理繋いで延長する。
スコルピウスが空けた穴から防爆扉まで届く長さにした。
アントたちがホースを穴に通し、防爆扉の隙間に先端を差し込む。あとは給油を開始するだけだ。
結合部から油が漏れているが、本来の目的での使用ではないため特に問題はない。
燃料タンクが空になったところでスコルピウスで榴弾を撃ち込んだ。
地震でも起こったかのような衝撃と爆発音が周辺に響き渡った。
衝撃波と爆発音が施設外周で待機していたツチグモまで届くとは思わなかった。
『……まぁ、これだけの威力なら、目的は達成できているわね』
この施設で必要なものはおおよそ回収し終えた。サーバーなどのミヤビや母、セイカ自身の情報が入っていそうな設備も破壊し人は殲滅した。
出発の準備は整った。朝に始めた脱走計画であったが、すでに空が赤らみつつある。
『せめて少しだけでも移動するべきね』
この場に留まるのは論外だ。
散々破壊し尽くした上に炎上もしていて煙も上がっている。人が来る前に離れるべきだ。
別に全人類の敵になりたい訳ではない。
だが、もう一つ問題があった。
ミヤビがジョロウから出てこないのだ。
正直なところ、機体を収納したら出てはくるだろうと高を括っていた。どう声をかけるべきか思いつかず、出てきた様子を見て考えようと後に回してしまっていたのだった。
ジョロウのコクピットの中は確認できる。
ツチグモの輸送車両に格納されたジョロウは仰向けとなっているはずだが、ミヤビは機体を暴走させていた時とほとんど姿勢が変わっていなかった。
つまり、カバンを抱えて仰向けになった状態で動いていない。
少なくとも、これ以上の放置は良くないと思った。
覚悟を決めて、インプラントの無線通信を繋ぐ。
『ミヤビ、聞こえてるかしら?』
「……」
返事はない。動かない。
返答にマイクを起動させるかは別として、聞こえてはいるはずだ。
『そのままもツライんじゃないかしら?』
「……」
返事はない。
『出てきてくれると、嬉しいんだけど……』
「……ズズッ」
動かない。
鼻をすする音が聞こえた。マイクはオンになっているようだ。
『ミヤビ?』
「……」
再び沈黙。
どうするべきか。
出ないといけないと思ってもらうべきか。躊躇っていたが、ミヤビが反応してくれそうな話はあった。
『……母さんを弔わないの?』
「……ない」
声が聞こえた。聞き逃すまいと、聞き耳を立てる。
「母さんは……死んで、ない……」
『……ミヤビ?』
「私が……私が迎えに行くの。……機体を出して」
『……何、言ってるのよ?』
現実逃避だ。
そもそも母の死体はミヤビ……ジョロウが抱えていたのだ。
クラッドビートルを使って、機関砲用の木箱を棺桶代わりにして回収している。蓋は閉めてあるがツチグモの牽引車両、ジョロウと同じスペースの脇に格納していた。
「さっき、爆発もあった。迎えに行かないと……」
『……ミヤビ』
頭ごなしに否定してはいけない気がした。
機体は動かせないだろうが、平行線の言い争いになってしまいそうだ。
頭の悪い娘ではない。妹は健気に機体の操縦も格闘術も、武器の使い方も学んできたのだから。
『……本当は、分かってるんでしょ?』
「……」
だから聞き返した。答えはなかった。
しかし、沈黙もまた答えだった。
本当に心が壊れてしまっているなら、記憶が飛んでいるなら、今の問いの答えは沈黙ではないはずだ。
妹は、壊れてしまえた方が楽だと思ってしまったのかもしれない。
妹の言動を責めてはいけない。ツライことへの逃避は少なくとも悪事ではない。寄り添わないといけないはずだ。
『ミヤビ、気持ちはわかるけど……』
爆発は突然だった。
「あなたに何がわかるの!!!」
叫びのような大声に、セイカは思わず口を噤んだ。
妹のこんな反応は初めてだった。
「ずっと……ずっと!!母さんの言いつけ通りにしてきたのに!!がんばってきたのに!!」
ミヤビは捲し立てるように声を荒げる。
突然のことに、どうしてよいか分からなかった。
「ここの奴等も皆キライ!!それも我慢してきた!!気持ち悪い視線も!!!それなのに!!なんで!!なんでなの!?」
『み、ミヤビ……?』
なんとか絞り出せたのはそのひと言だった。
「あなたなんて!!母さんが作ったAIか何かなんでしょ!!何がわかるって言うの!!声だけのクセに!!」
セイカは再び言葉を失ってしまう。
「母さんのサポートが仕事なら!!なんで!!なんで母さんを守ってくれなかったの!!!」
唇を噛む。言い返すべきではない。
「なんで!なんで……母さんが死んで……声だけの、あなただけ残ってるの……」
泣きそうだった。
いや、培養槽内だから、涙が溶けただけだ。
「なんで……独りぼっちに、なったの……」
ミヤビの声がだんだんと弱々しくなっていく。
「言う通りに、したのに……。母さんと、あなたの……」
声が出ない代わりなのか、ミヤビはコクピット内を蹴りつける。
「答えてよ……」
『……そんな風に、思っていたの?』
半分はきっと八つ当たりだ。
いや、そう思いたいだけかもしれない。
だが、少なくとも、妹の言葉は今しないといけない事を教えてくれた。
この姉妹は、顔を合わせて話したことが1度もないのだ。
「……答えになってない」
『……そうね。ちゃんと話しましょ』
"培養液の排水を開始します"
セイカの意思……指示に従って培養液の水位を下げてゆく。合わせて、排泄用のカテーテルが外れ、触手ような機械が底面に収納された。
「意味わかんない……」
廃液が終わると、培養槽が持ち上がり90度回転した。培養槽の上面が壁面に接すると、セイカを支えるサブアームと底面を残し、ガラスの壁面が壁に収納された。
ようやく呼吸器が外せる。
「……新鮮……いや、ちょっと臭いわね」
「……何言ってるの?」
機器に頼らない初めての呼吸は新鮮といえるものではなかった。ジョロウについた血糊に母の遺体がある車両の中の空気は快適とは言いがたかった。
ミヤビの怪訝な声が耳に入るが無視する。
散々なことを言われたのだから、これくらいは許されてもいいはずだ。
「ちゃんと話そうと言ったと思うの」
「意味わかんない……」
セイカを持ち上げていたアームが下がり、床に足がつく。身体とは意外と重いものだ。
アームが背から外れる。セイカの背には彼女に埋め込まれた6つのインプラントだけ残された。
襟足には太い1本の配線が繋がったままだ。
「……壊れたの?」
「……声だけの私が壊れたら困るの?」
「……」
意地悪な問いを返すと、ミヤビは口を噤んだ。
ああは言ったものの、完全に拒絶されてる訳ではなさそうだ。ミヤビには悪いが少しだけ安心する。
顔を合わせる不安が少しだけ軽くなった。
配線が繋がった先の床面の四角形の模様が持ち上がるがセイカの重量に気付いたのか途中で止まる。セイカが下りて、培養槽の外側に出ると正方形に近い形の4脚の無人機が出てきた。
配線はセイカと繋がっている。
コグモという、ツチグモの子機だ。
上面が持ち上がって椅子のような形を取る。座れとでも言いた気だが、そんな暇はない。
無視して歩き出すとセイカの歩幅に合わせて後から付いてきた。繋がっているのだから当然か。
「ミヤビ、もう一度お願いするけど。出てきてくれないかしら」
「……ヤダ」
駄々を捏ねる子供のような返事だった。
やはりセイカから行くしかないようだ。培養液で濡れた腰の下まである髪が非常に重い……身体もびしょ濡れだが、妹と顔を合わせる事を優先する。
「ミヤビがこんなにワガママ言うのって、初めてじゃないかしら」
「……」
流石に全裸で行くわけにもいかず、着れるものを探した。すぐに見付かったのは母の白衣だった。
これなら、濡れても良いと妥協した。インナーを着けずともボタンを閉めればなんとか隠せる。
「でも……、そのワガママは、ちょっと聞けないわ」
「……」
培養槽の部屋からジョロウを収納するコンテナ部へ移動した。
歩いているだけだが、呼吸が早くなる。単純に運動不足だ。ずっと培養槽にいて、ちゃんと歩けたことの方に驚くべきだろう。
ジョロウのコクピットハッチの前まで辿り着けた。カメラ越しに見るよりずっと巨大に見えた。
この中に妹が……ミヤビがいるのだ。
呼吸を整える。
やはり緊張する。
あんな事を言われた後だ。
拒絶されたらどうするべきか。
……悪いことばかり考えても仕方がない。
少なくとも姉である自分は、セイカはいるのだ。
姉は存在するのだと伝えたかった。
1人ぼっちが2人ぼっちになるだけでも。
「だから、私が明けちゃうわね」
セイカの言葉と共に、ジョロウのコクピットハッチが圧縮空気を排出し動き出した。
その噴気音に、ミヤビは弾かれたようにハッチに目を向けた。
「イヤ!止めて!!」
腕を伸ばすが、掴む場所があるわけでも、人の手で止められるわけはなかった。ゆっくりとハッチが開いていく。
「明けちゃ……」
隙間から人が見えた。開かれたハッチの向こうに人が立っていた。
白い女性だった。腰よりも下まである長い髪は雪のように白く、服もまた白い。肌の色素も薄く、頬は少し赤くなっていた。
真っ赤な瞳がこちらを、ミヤビを見つめて……目が泳いだ。
「……一応、初めまして、になるのかしら」
ハッチの中では目を泣き腫らした妹が座席に座ったままのせいで仰向けになっていた。
そのままの姿勢でハッチの外を見ているため、毛先を紫に染めた白髪が重力に引かれて背もたれにかかっている。
妹の紫の瞳は、聞き慣れた声を出す白い女性……姉のセイカを呆然と見返していた。
「ミヤビ……。私のこと、嫌いになってなければ、出てきてほしいわ」
「姉さん……?」
ポツリと妹がこぼした言葉に、姉は破顔した。
「姉さんって呼んでくれるのね」
「あっ……」
ミヤビは先程までの自身の言動を思い出す。唇が震える。後悔しても、言ってしまったことは変わらない。
「ちが……違うの……。姉さん……私……」
「怒ってないから……」
姉は両手を広げて待ってくれていた。
酷いことを言ってしまったのに、嫌わずに迎えに来てくれたのだ。
気が付いたらコクピットから飛び出していた。
倒れ込むように、姉の腰にしがみついていた。
姉はそんな妹に、しゃがんで目を合わせてくれる。
「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「うん。つらかったのよね……」
姉の腕に抱かれて、またポロポロとミヤビは泣き出してしまう。
「私の方こそ、急かしてごめんなさい。あと、出てきてくれてありがとう」
セイカの方は内心でホッとしていた。
妹の背を撫でながら声をかける。
「しなきゃいけないことも、手伝ってほしいこともたくさんあるのよ。話したいこともね。私のお願い、聞いてくれるかしら?」
嗚咽をこぼしながらも、妹は頷いてくれた。
妹が落ち着くまで、姉妹は抱き合っていた。
たぶん次で旅立ち編の第一章が終わります。
基本的に姉が大人すぎて、この姉妹はそうそう喧嘩が成り立ちません。
話の形式的には追放モノになるんでしょうか?それだと、この姉妹は追放宣言してきた相手をミナゴロシにしちゃうバーサーカーということに……。
それでは読んでくださったあなたへ感謝を。




