旅立ち編_序章_1_制限解除個体00のログ
物心ついた時。
つまりは私の最初の記憶。
ガラスの中に私はいた。
上には呼吸器、下には吸引器。
冷たくもなければ熱くもない液体が全身を包んでいる。いや、私がその液体の中にいるのだ。
手を伸ばすと、すぐにガラスに触れることができた。ガラスは少し冷たかった。
ガラスを理解できた。液体の中にいることも。言葉もわかる。呼吸器のせいでうまく声は出せなかったが、何故か外に意思を伝える方法は理解していた。
思考すればよいのだ。
ガラスの向こうにいた誰かに呼びかける。
あなたは誰?
その女は青ざめると逃げるように目の前から消えた。
そして、代わりに現れたのがその女だった。
女は歓喜していた。興奮していた。
私が目覚めた事が嬉しいらしい。
同じく問いかける。
あなたは誰?
「私か?あえて言うなら君を作った者だよ。よろしくセイカ。初めまして」
私の名前はセイカというらしかった。
はじめまして。あなたの名前は?
「名乗るほどの者でもないよ」
では、何と呼べばいいのかしら?
「皆は博士と呼ぶけど、君は何と呼んでくれるかな?」
謎掛けかしら。私を作った人。私を産んだ人。世間一般ではそれを母親というらしかった。
母さん。
呼ぶと、女はポカンとしてから笑い出した。何がおかしかったのか。
「母さん!?母さんか……初期学習情報でそう呼ぶようになっているのか……まぁ、いいか」
かなり後に知ることだが、この呼び方は女にとってかなりの皮肉であったらしかった。
知ったことではないのだが。
「セイカ、君は何ができるかわかるかい?役割はわかるかい?」
私にできること。私にできることは思考すること。思考の奥……否、延長線上に何かある。何かいる。それに触れる事ができた。
「認証しました。『ツチグモ』のメインシステムを起動します。オープンネットワーク接続。サポートAIアクティベート」
一般的な人がタブレットやモニターを観るようにシステムが理解できた……一般的とは何なのか。
まだデバイスがあるようで、リストが目の前に見える。コグモ1、コロニー1、クラッドビートル1、スコルピウス2、アント20。
意識を集中すれば、デバイスのカメラが写す世界を確認できた。
「クラッドビートルを起動しなさい」
母さんの言葉で反射的にクラッドビートルに意識が集中された。視界、性能、状況が共有された。
クラッドビートルの姿は人の上半身に、昆虫の下半身を繋げたような姿をした機械だった。
巨大な盾と剣を携えている。
「すばらしいはセイカ。早速だけど動かせる?」
動かすのは容易かった。右を向き、左を向き、姿勢をただし胸を張らせる。無気力な棒立ちから戦士の佇まいとなる。そして、前方に何かいることに気付いた。
「目の前の目標を破壊しなさい」
クラッドビートルの前方に、蛇のような多足の虫型の機械が鎌首をもたげていた。蛇とはなんだ?
何故か知っている単語は、何故か知っている知識が思考することもなく補完してくれた。
これはムカデという虫の方が見た目が近い。
ただ、鎌首をもたげたまま、動く様子はない。
ならばと私は先手を取ることとした。
クラッドビートルは四肢を折り畳みぐっと身を屈めると、大地を大きく蹴り、前方に跳躍する。
そこでようやく百足の機械は事の重大さに気付いたのか、這うように逃げ出そうとした。しかし、反応が遅すぎた。
私のイメージ通りにクラッドビートルは動き、跳躍の勢いのまま、剣で目の前の百足機械を叩き潰した。
そこからの時間経過の記憶はあいまいだ。
私がいたのは培養槽。巨大な試験管のような機械の中でロボットアームに吊るされており、まともに動くことはできなかった。
それでも、オープンネットワークで可能なことはおおよそできた。ゲームもしたし、オンライン学習の高校や大学を卒業したのは覚えている。資格も取った。音楽を聴いて、気に入った曲を発音練習代わりに歌っていると、さえない研究者は青ざめ、母さん聞かせて欲しいとガラスに耳を当てた。
オンライン上のコンテンツに飽きると、思考回路に繋がっているシステムに興味が向かった。
基本的にに私が扱えるのはツチグモだけのようだ。試験の時のみ、指揮車両コロニーの無人兵器群を割り当てられるのだが……勝手に繋ぐこともできてしまった。接続コードがほぼ同じだったのだ。どうにもこの施設は閉じた環境にあり、現場末端の扱いやすさにばかり重点が置かれてしまっているようだった。
私の遊びはゲームから接続先の収集へと以降した。
そして、この巨大な試験管の外に出る方法も分かってしまった。
だが、逃げる方法は分かっても、外に出る方法がないこともわかってしまった。外に出たところで、別の不自由に見舞われる事も分かってしまっていたのだ。
無人兵器の訓練をこなし、収集癖を満足させたり、歌ったり、サポートAIに良からぬシステムを構築させたり。そんな惰性が構築され始めたころだった。
「誰?誰が歌ってるの?」
新しい声が耳に入ってきた。
「ああ、それはお前の姉だよ」
必要な時にしか繋いでこない、母親の声も耳に入ってきた。
「姉?それは私のことなの?」
「その通りだとも。ミヤビ、姉さんに自己紹介をしなさい」
いつの間にか通信先が1つ増えていた。
「私、ミヤビっていうの」
幼く甘い声が耳を撫でた。今までに感じたことのない感覚に胸が高鳴る。
「セイカよ。初めましてミヤビ」
母親と違い、ミヤビは事あるごとに通信を繋いできた。不思議と不快ではなく、彼女と話すことが楽しみとなった。ミヤビの質問には何でも答えてあげた。難しいことは調べ、答えづらい内容も言葉を選んだ。
ある時、こんな事を聞かれた。
「姉さんはどこにいるの?」
それは単に好奇心だったのだろう。しかし、まだ赤ちゃんはどうやってできるのかという質問の方が答えやすいように感じた。
「そう、ね……」
目の前のガラスに触れる。冷たいガラスは私と外界を隔てる境界線だ。
「ガラスの中……かしら」
「狭くないの?」
「狭いかもしれないわね」
無邪気な問いにほおが緩む。
「外に出ないの?」
「出られないのよ」
「なんで?」
まるで、本当は出る方法を知っているかのような問に言葉が詰まる。
「……怖い、のかしらね」
言い訳に近い、絞り出した答えに、ミヤビは肯定する。
「そっか。そうだよね。夜、トイレに行くのも怖いもんね」
「そうだったわね」
夜中に通信を繋いできて、トイレを済ましてベッドに戻るまで通信したことを思い出す。無邪気な例えに思わず笑みがこぼれた。
「姉さんのおかげで、もう怖くない。だからー」
まだ幼かったこの子にとって、それは他愛のない言葉だったのかもしれない。それでも私はその言葉を今でも覚えている。
「私がいつか姉さんを外に出してあげる」
まずは第一章を書き上げることを目標に書いていきます。
拙い文章ですがよろしくお願いします。




