第8話 欠陥品の決意
長時間の馬車移動による肉体的な疲労と精神的な消耗の中、僕たちは明け方に一つの大きな街へと辿り着いた。
「ここが、アカツキの拠点よ」
セフィラはそう言って、街で古くから続くような、大きな宿屋の裏口を指差した。この宿屋は、アカツキの協力者が経営しているらしい。アルヴィンは、ぐったりしたリオンを抱えたまま、無言で僕たちを促した。
リオンはアルヴィンの腕の中で、かすかに目を開けた。
「……随分と、まともな隠れ家だな」
彼の一言は、皮肉とも諦めともつかない響きを持っていた。
僕たちは宿屋の奥まった一室に案内された。僕の身体の傷は既に再生力によって完全に塞がっていた。破れた服は着替える必要があった。セフィラは清潔なシャツとズボンを僕たちに渡し、僕たちはすぐに着替えた。右腕を覆っていた黒い異形の皮膚は、異形化が完全に解けたことで、今は通常の肌色に戻っている。
「少し休んで。すぐに食事にしましょう」
セフィラに促され、僕たちは数十分の休憩をとった。
しばらくして、僕たちは宿屋の奥にある食堂へと連れて行かれた。この時間にもかかわらず、食堂の隅のテーブルには四人分の簡単な食事が並べられていた。
テーブルを囲んだのは、僕、リオン、セフィラ、そしてアルヴィンだ。アルヴィンは、既に食事を終えたのか、フォークを静かに置き、冷たい視線で僕たちを見ていた。
「さあ、まずは温かいものを食べて、体力を回復させましょう」セフィラが優しく言った。
リオンは、警戒と皮肉の視線を皿に向けながら、フォークを手に取った。
「ふん。毒でも入ってるんじゃないのか?」
リオンは冷たい笑みを浮かべた。
「まあ……ボクたちに普通の毒は効かないけどね」
彼はそう言いながらも、恐る恐るパンをちぎって口に運んだ。リオンはパンの温度と、僅かな小麦の風味を感じたようだった。わずかだが、彼の青い瞳に興味の色が浮かんだ。
僕もそれに倣い、セフィラに促されるまま、スープを一口飲んだ。
――何も、感じない。
熱さも、スープの塩気も、野菜の甘みも、僕の舌にはただの砂のようにしか感じられなかった。
僕の体が、僕の機能が、人間としての感覚を失いかけていることを、改めて突きつけられた。リオンは熱さを感じ、味を感じる。しかし、僕にはそれができない。
(そうだ、僕は……)
僕の脳裏に、あの冷徹な声が蘇る。
「制御できねえただの獣は、俺たちには何の価値もねえんだよ、この欠陥品が!」
アルヴィンの言葉が、食堂の静寂の中で鋭く響いた。僕は、道具として機能しないだけでなく、リオンのような**「生かされている」兵器**としての最低限の感覚すら失いつつあるのだ。
欠陥品。
道具にも、人間にもなれない。誰かを傷つける鎖でもなく、誰かを守る光でもない。ただの**「無」**だ。
リオンの言うように、僕たちは「大義」と「合理性」の名の下に生かされている。しかし、道具として何の価値もなくなった僕を、セフィラは「人間として」生かそうとしている。
――それは、赦しではない。
――処分すら許されない、永遠の苦痛の鎖だ。
もし、道具でもないのなら、自分で自分の存在を終わらせるしかない。この絶望から逃れる道は、それしかない。
僕の視線は、テーブルの上に無造作に置かれた銀色のナイフに吸い寄せられた。薄暗い食堂の光を受けて、刃先が一瞬、鈍く光った。
セフィラがリオンに何か話しかけ、アルヴィンがその様子を観察している一瞬の隙。僕は無表情のまま右手を動かした。指先が、そのナイフの柄に触れる。そのまま、パンの陰に隠すようにして、ナイフを掌に滑り込ませた。
リオンは食事に意識を集中しており、アルヴィンとセフィラの視線も僕には向いていない。
僕はナイフの冷たい感触を手のひらに感じながら、それを新しい服の裏地、腰のあたりにそっと隠し入れた。
セフィラが僕の顔を覗き込む。
「ナギ?もう休んだ方がいいわ。案内するわね」
僕は虚ろな目をわずかに動かし、静かに頷いた。
ナイフを隠し持ったまま、僕は食堂を出て、リオンと二人で割り当てられた薄暗い部屋へと向かった。




