表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/8

第8話 欠陥品の決意

長時間の馬車移動による肉体的な疲労と精神的な消耗の中、僕たちは明け方に一つの大きな街へと辿り着いた。


「ここが、アカツキの拠点よ」


セフィラはそう言って、街で古くから続くような、大きな宿屋の裏口を指差した。この宿屋は、アカツキの協力者が経営しているらしい。アルヴィンは、ぐったりしたリオンを抱えたまま、無言で僕たちを促した。


リオンはアルヴィンの腕の中で、かすかに目を開けた。


「……随分と、まともな隠れ家だな」


彼の一言は、皮肉とも諦めともつかない響きを持っていた。


僕たちは宿屋の奥まった一室に案内された。僕の身体の傷は既に再生力によって完全に塞がっていた。破れた服は着替える必要があった。セフィラは清潔なシャツとズボンを僕たちに渡し、僕たちはすぐに着替えた。右腕を覆っていた黒い異形の皮膚は、異形化が完全に解けたことで、今は通常の肌色に戻っている。


「少し休んで。すぐに食事にしましょう」


セフィラに促され、僕たちは数十分の休憩をとった。


しばらくして、僕たちは宿屋の奥にある食堂へと連れて行かれた。この時間にもかかわらず、食堂の隅のテーブルには四人分の簡単な食事が並べられていた。


テーブルを囲んだのは、僕、リオン、セフィラ、そしてアルヴィンだ。アルヴィンは、既に食事を終えたのか、フォークを静かに置き、冷たい視線で僕たちを見ていた。


「さあ、まずは温かいものを食べて、体力を回復させましょう」セフィラが優しく言った。


リオンは、警戒と皮肉の視線を皿に向けながら、フォークを手に取った。


「ふん。毒でも入ってるんじゃないのか?」


リオンは冷たい笑みを浮かべた。


「まあ……ボクたちに普通の毒は効かないけどね」


彼はそう言いながらも、恐る恐るパンをちぎって口に運んだ。リオンはパンの温度と、僅かな小麦の風味を感じたようだった。わずかだが、彼の青い瞳に興味の色が浮かんだ。


僕もそれに倣い、セフィラに促されるまま、スープを一口飲んだ。


――何も、感じない。


熱さも、スープの塩気も、野菜の甘みも、僕の舌にはただの砂のようにしか感じられなかった。


僕の体が、僕の機能が、人間としての感覚を失いかけていることを、改めて突きつけられた。リオンは熱さを感じ、味を感じる。しかし、僕にはそれができない。


(そうだ、僕は……)


僕の脳裏に、あの冷徹な声が蘇る。


「制御できねえただの獣は、俺たちには何の価値もねえんだよ、この欠陥品が!」


アルヴィンの言葉が、食堂の静寂の中で鋭く響いた。僕は、道具として機能しないだけでなく、リオンのような**「生かされている」兵器**としての最低限の感覚すら失いつつあるのだ。


欠陥品。


道具にも、人間にもなれない。誰かを傷つける鎖でもなく、誰かを守る光でもない。ただの**「無」**だ。


リオンの言うように、僕たちは「大義」と「合理性」の名の下に生かされている。しかし、道具として何の価値もなくなった僕を、セフィラは「人間として」生かそうとしている。


――それは、赦しではない。


――処分すら許されない、永遠の苦痛の鎖だ。


もし、道具でもないのなら、自分で自分の存在を終わらせるしかない。この絶望から逃れる道は、それしかない。


僕の視線は、テーブルの上に無造作に置かれた銀色のナイフに吸い寄せられた。薄暗い食堂の光を受けて、刃先が一瞬、鈍く光った。


セフィラがリオンに何か話しかけ、アルヴィンがその様子を観察している一瞬の隙。僕は無表情のまま右手を動かした。指先が、そのナイフの柄に触れる。そのまま、パンの陰に隠すようにして、ナイフを掌に滑り込ませた。


リオンは食事に意識を集中しており、アルヴィンとセフィラの視線も僕には向いていない。


僕はナイフの冷たい感触を手のひらに感じながら、それを新しい服の裏地、腰のあたりにそっと隠し入れた。


セフィラが僕の顔を覗き込む。


「ナギ?もう休んだ方がいいわ。案内するわね」


僕は虚ろな目をわずかに動かし、静かに頷いた。


ナイフを隠し持ったまま、僕は食堂を出て、リオンと二人で割り当てられた薄暗い部屋へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ