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第7話 口論と不信

隣のベッドで横たわっていた少年から、かすかなうめき声が漏れた。


「んん……」


しばらくして、少年はゆっくりと目を開け、深い青色の瞳に強い警戒心と、長い眠りから覚めたばかりの混乱の色を浮かべた。


「目が覚めた?よかったわ」


セフィラは少年へ優しく微笑みかけ、静かに語り始めた。


「私はセフィラ。こっちはアルヴィンよ。隣で寝ているのはナギ。あなたを聖王連合の封印から助け出した、アカツキという組織の者よ。あなたの名前は?」


少年は痛みに耐えながら、上半身をゆっくりと起こし、ベッドの縁に座った。荒い呼吸を整えながら、警戒心を露わにした視線でセフィラを見据える。


「…リオン」


「リオンね。私たちは、聖王連合があなたたち禍津ノ兵器を非人道的に管理し、利用していた事実を知り、その目的のために動いているわ。…300年経った今、世界は変わってしまったけれど、私たちはあなたたちを人間として生かすために動いている」


リオンは目を見開いた。


「300年…?戦争が終わって、そんなに時間が経ったのか…」


彼は怒りと悲しみを滲ませた声で続けた。


「300年、あの痛みに閉じ込められていたってわけか。…ボクを騙して、封印した。そして、人間として生かす、ね」


リオンの瞳に、強い怒りが宿る。


「ボクは知っているぞ。あの血塗れの戦争で、ボクたちを都合のいい使い捨ての兵器として使ったのは誰だ?ボクたちの不安定な力と、この身体に刻まれた烙印が、その証拠だ」


リオンは破れた服の襟元を引っ張って、自分の左鎖骨付近に浮かぶ薄い赤い紋様を見せた。


「戦争が終わったら、元の人間の身体に戻してやると、聖王連合の奴らは言った。だが、嘘だった。ボクは仮死状態にされて、あの痛みに満ちた静止状態に閉じ込められたんだ。…人間は、信じられない。特に、大義なんてものを振りかざす奴らは」


リオンが**「元の人間の身体に戻してやる」**と言った瞬間、僕の脳裏に、無機質な研究室と、優しい顔をした白衣の女性の姿が、一瞬だけ蘇った。その女性が、僕に同じような言葉を囁いたような、ぼんやりとした記憶がよぎった。


「…それに、ボクが封印を解かれた時に激痛が走って、異形化しかけたじゃないか?あの痛みをボクに与えて、何の理由もなく異形化させたのは、キミたちのせいじゃないのか」


「いいえ、リオン。激痛は、強制的に停止されていたあなたの血液と呼吸が急激に再開されたことによるものよ。異形化は、そのショックからあなたの力が制御を失っただけ。私たちは、あなたの苦痛を伴わないように、魔装具で鎮静を試みたけれど、調整が上手くいかなかったの…ごめんなさい」セフィラはすぐに否定したが、リオンには届かなかった。


彼は言葉を詰まらせ、激しい呼吸の合間にうめき声を漏らした。

リオンの視線が、僕の右腕に向けられた。


「そして…そこのボロボロの彼と、その傷。…キミたち、またボクたちを戦争や危険なことに使うつもりだろう。アカツキ、キミたちは聖王連合と何が違うんだ?」


施設の隅で銃の魔装具の手入れをしていたアルヴィンが、リオンの口論を冷徹な視線で遮った。


「戯言を。貴様の不平不満に付き合っている暇はない。アカツキと連合が同じだと?笑わせるな」


アルヴィンの声には、ナギを道具と罵った時とは違う、組織の信念を侮辱されたことに対する冷たい怒りが滲んでいた。


「我々の大義は、二度と兵器を生まない世界を実現することだ。そのためには、貴様たちの力を利用する。貴様がどう思おうと、貴様の命は大義の道具として我々が管理する。それ以外の価値はない」


「管理だと…っ!」


リオンは上半身を起こしたまま、激しく咳き込み、悔しさに顔を歪ませた。


「…クソッ、ふざけるな!そんな…ッ、勝手な理屈で…!」


リオンは体調不良でこれ以上言葉を紡げず、悪態だけを吐き出すのが精一杯だった。


アルヴィンはセフィラに無表情で命令した。


「セフィラ。鎮静させろ。無駄な口論は時間の浪費だ」


セフィラは悲しげな目つきでリオンに謝罪した。


「ごめんなさい、リオン。今はまだ、全部を話す余裕がないの。あなたの質問には、また後で改めて答えるわ。今は、身体を休めてちょうだい」


セフィラはそう言いながら、ランタンをリオンの胸元にかざし、鎮静の光を強めた。リオンの抵抗はすぐに弱まり、深い疲労の中、意識が遠のいていった。


セフィラはリオンを鎮静させた後、奥の部屋へ。アルヴィンは警戒のため外へ出て行った。


しばらくして、リオンの目がうっすらと開いた。


「…ねぇ、君。ナギっていうんだっけ」


リオンは静かに、しかし興味深そうに僕に話しかけてきた。


「キミ、なんでそんなにボロボロなんだ?あのアルヴィンって男に、ひどい目にでも遭わされたのか?」


僕は虚ろな目で天井を見つめたまま、静かに答えた。


「そうじゃない。…僕が、制御を失ったんだ。暴走して、仲間を傷つけた。僕は、道具としてすら不適格な、本当に欠陥品なんだ」


リオンは一瞬沈黙した。彼の青い瞳は、僕の右腕に刻まれた烙印を見つめていた。


「ふん。…ご愁傷様だな」


リオンは小さく咳払いをすると、身体の痛みに耐えながら、戦争末期の話を始めた。


「キミは戦争の末期のことを覚えているか?…兵器たちの暴走と異形化が止まらなくなって、敵も味方も、人間も兵器も、誰が誰だかわからなくなった。…最後は、お互いに殺し合うだけの地獄だった」


僕はその凄惨な光景を思い出そうとしたが、頭の中に血の匂いと悲鳴がうっすらと残っているだけで、具体的な映像は断片的でよくわからなかった。


「…ほとんど覚えてない。ただ、ひどい匂いと…痛みが、あったような」


リオンは少し残念そうだったが、すぐに表情を引き締めた。


「そうか。まあいい。欠陥品でも、道具でも、関係ないさ。ボクたちは、生かされている。あの女の『大義』と、あの男の『合理性』によってな。…抗っても、無駄だ。ボクたちは、どうせまた使われる」


彼の諦念に満ちた言葉は、僕の心に深く響いた。それは、**道具として使われるというリオンの『宿命』**と、**道具にすらなれない僕の『虚無』**が重なり合う感覚だった。僕たちは、死ぬことも許されず、ただ生かされ続けるという、二重の絶望の鎖に繋がれているのだと、改めて悟った。


静寂が支配する中、セフィラが奥の部屋から、数冊のファイルを持って戻ってきた。


ほぼ同時に、外に出ていたアルヴィンが施設内に戻ってきた。


「外はもう大丈夫そうだ。村人の気配はない。だが、長くは持たないだろう」


「ありがとう、アルヴィン。ナギとリオンもこんな状態だし、村人に見られたかもしれない。私たちもボロボロよ。これ以上は危険すぎる。一旦拠点へ戻りましょう」


セフィラは全員の状態を見て、冷静に判断を下した。


「ああ、すぐにここを離れよう」


アルヴィンが同意すると、セフィラは僕の身体を背中に回し、背負い上げた。アルヴィンは、まだ鎮静でぐったりしているリオンを抱え上げた。


アルヴィンは警戒のため先に施設の外へと歩き出す。セフィラは僕を背負いながら、壊れたフレームと、散乱した鎖の残骸に、静かに一瞥をくれた。


そして、僕たちは夜の闇の中、この廃墟となった管理施設を後にした。

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