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第6話 管理施設の鎖

次に意識が戻ったのは、金属と薬品の混ざった、冷たい空気の中だった。


僕の身体は、簡易ベッドに横たえられていた。全身を覆う外套は破れ、ところどころ煤で汚れている。露出した皮膚には暴走時の負傷や、アルヴィンに撃たれた手の甲の痛々しい傷が残っていた。


「目が覚めた?ここが例の管理施設よ。前に戦った異形は、きっとここから逃げ出したんだわ」


セフィラが僕の顔を覗き込み、かすれた声で言った。彼女の顔にも、僕が暴走したときに負った傷が残っている。


廃墟同然の施設は、土埃に薄く覆われている。薬品の瓶や、紙の資料が床に散乱しており、壁の一部が大きく崩れ、いくつもある拘束用フレームは無残に割れていた。フレームの周囲には、黒く焦げ付いた鎖の残骸が散乱している。


僕の右腕は、まだ漆黒の皮膚が完全に引かず、禍々しい赤い紋様が完全に消えていない。禍々しい獣の爪は人間の形に戻りかけていたが、皮膚は冷たく、硬直している。


「大丈夫よ、ナギ。ランタンで鎮静と鎮痛をかけているから、今は痛まないはずよ」


セフィラがランタンの魔装具を僕の右腕にかざす。淡い青い光が僕の腕を包むと、先ほどまで右腕にあった激しい痛みが、嘘のように消えていった。


「暴走は止まった。しばらくすれば異形化は戻るはずよ。でも、今はまだ動かないで」


痛みがない分、僕の身体は、この鎮静の光によって、無理やり「ヒトの形」に固定されているかのようで、存在を否定されている感覚だけが鮮明に残った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


鎮静処置が一区切りついたとき、僕は虚ろな目で天井を見つめながら、アルヴィンを呼んだ。


「アルヴィン……」


施設の隅で銃の魔装具の手入れをしていたアルヴィンが、僕の方へ冷たい視線を向けた。

僕は何の感情も含まれていない声で言った。


「……ボクを、処分してくれ。ボクは、道具にもなれない。危険な……欠陥品だ」


アルヴィンの眼光が、一瞬だけ揺らいだ。彼の顔に任務失敗の怒りと、セフィラの願いを守らなければならない責務の葛藤がよぎる。彼は口を開きかけたが、すぐに冷徹な表情でそれを閉ざした。


「処分? お前が勝手にその価値を決めるな」


アルヴィンは冷笑を貼り付け、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。


「お前が任務を破綻させ、俺たちを危険に晒した欠陥品であることに変わりはない。だが、俺はお前を処分できない。セフィラがお前を生かすことを望んでいる以上、アカツキの大義のため、お前を道具として生かし続ける責務が俺たちにはある」


彼は僕の未だ漆黒の右腕を、侮蔑を込めて指差した。


「勝手に存在意義を諦めるな。壊れたまま、俺たちのために働け。それが最低の道具であるお前の、唯一の価値だ」


アルヴィンはそう言い放つと、施設の奥で資料を漁り始めた。僕の心は、道具としてすら不適格であるにもかかわらず、生かされ続けるという、救いのない虚無に支配された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「待って、アルヴィン。あそこに、もう一つフレームがあるわ」


セフィラが、僕の簡易ベッドのすぐ横にある壁際の小部屋の扉を指差した。その小部屋の中央には、垂直型拘束フレームが残されていた。フレームには、水色の髪をした少年が、全身を封印紋の鎖に繋がれて眠っていた。


「奴を解放するぞ、セフィラ。ここに留まるとしても、奴を連合の手に渡すわけにはいかない」


セフィラは頷き、ランタンを構えた。ランタンの青い光が、少年の全身を覆う鎖と封印紋に注ぎ込まれる。少年は外見上は安らかに見えたが、その仮死状態の細胞レベルの活動は、僕の鎮静処置と同じく強制的に維持されていた。


封印が解除され始めると、鎖の表面に微細なヒビが走り始めた。


その瞬間、少年は激しく顔を歪ませ、身体を震わせた。


「ァアアアアアァッ!」


少年は悲鳴を上げ、全身の鎖を振り払おうと暴れた。封印が解かれることで、停止していた血液循環と呼吸が急激に再開され、彼の全身に激痛が走っているのだ。


少年はあまりの苦痛に、全身から、まるで透明なガラスがひび割れるように、無数の破片状の異形を突き出した。


「ダメよ!異形化している!」


セフィラは慌ててランタンを少年の顔の近くに持っていき、光を強めた。ランタンの光が、少年の体を覆う異形の破片を無理やり**「鎮静」**させ、その暴走を止める。


破片は少年の皮膚を切り裂き、鮮血が流れ出す。自らの異形化が、自らを傷つけるという、最も残酷な現象だった。


ガシャン!


鎖は限界を迎え、バラバラに砕け散り、少年は重力に従ってフレームから崩れ落ちた。


セフィラは少年を優しく受け止め、床へそっと寝かせた。


(あいつ……)


僕は、重い瞼を無理やり持ち上げ、その光景を横目で見ていた。


自力では制御できない力。仮死状態から目覚める激痛。自傷行為のような異形化。


それは、僕が逃れることのできない『兵器』としての運命を、鏡のように映し出していた。僕の絶望に、同じ苦しみを見る悲観と、独りではないというわずかな共感が混在した。


アルヴィンが先ほどの少年を抱えて、僕の隣にある空の簡易ベッドへ寝かせた。少年は、激しい苦痛の余韻と異形化による失血に耐えながら、深い眠りに落ちていた。異形化で破れた服の襟元の隙間からは、消えかけた赤い紋様がわずかに見えた。


少年の身体からはまだ血が滲んでいたが、出血はすぐに止まり、徐々に傷が塞がっていくのが見て取れた。セフィラは彼を優しく見つめ、安堵の吐息を漏らし、一息ついた。

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