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第4話 最初の鎮魂

馬車は昨日までとは違う、舗装されていない土の道をガタゴトと揺れながら進んでいた。


僕の定位置は、助手席の後ろの隅だ。馬車の荷台には、布をかけられた木箱がいくつも積まれていた。その隙間から、磨かれた金属やガラスの部品が覗いている。魔装具だ。


セフィラとアルヴィンは、前方で小さな声で話し合っている。


「ナギにも説明しておくわね」セフィラが振り返り、穏やかな声で言った。「私たち『アカツキ』の表の顔は、この旅で訪れる村々で、魔装具の販売と修理を行う行商人なの」


(行商人……)


僕の頭では、その単語と「禍津ノ兵器の解放」という目的が結びつかない。聞く必要もない。僕に与えられた唯一の指針は、命令を実行することだけだ。


馬車が揺れを止め、僕たちは小さな村の前に着いた。木造りの素朴な家々が並んでいる。アルヴィンは馬車から道具箱を下ろし、セフィラは笑顔で村人たちと話し始めた。


「ナギ、お前はここで荷物番だ」アルヴィンが僕に指示した。「絶対にこの場を離れるな」


僕は言われるまでもなく、馬車の荷台の近くに立つ。村人たちは魔装具を興味深そうに見つめ、賑やかな声が飛び交う。この活気は、僕がいた暗闇とは全く別の世界だ。


ふと、行商の賑わいから少し離れたところで、僕と同い年くらいの村の子が、僕の着ている外套を不思議そうに見ていた。彼はすぐに目を逸らしたが、また好奇心に負けたように、ちらりとこちらを見る。


(僕には関係ない)


僕は外套の袖を引いて、右手を隠した。


しばらくして、セフィラが戻ってきた。彼女は懐から、硬い焼き菓子のようなものを二つ取り出し、一つを僕に、もう一つをアルヴィンに渡した。


「ほら、ナギ。お客さんから頂いたの。移動の疲れを癒すのも、私たちの大事な仕事よ」セフィラは優しく笑った。


僕はそれを口に入れた。


――甘い。


冷たい鎖の中で失っていた感覚が、わずかに揺り起こされる。この甘さが、僕の意識に微かな現実味を叩きつけてくる。鎖に繋がれていた頃、僕にはただ冷たさと痛みしかなかった。


アルヴィンがぶっきらぼうに言った。「道具だからって、メンテナンスは必要だろ。」


僕は焼き菓子を噛みしめる。なるほど、この身体が活動を続けるためには、燃料は必要だ。


休憩後、セフィラはアルヴィンを呼び寄せ、深刻な顔で地図を広げた。


「情報が固まったわ。この近くの森で、『異形』が目撃された。数日前から、森へ入った村人が戻ってこない。おそらく襲われたんでしょう」


セフィラは指で地図の小さな印をなぞった。


「それと、村の古老が森の奥に古い管理施設のようなものがあったと言っている。異形はそこから逃げてきた可能性が高いわ」


討伐任務だ。


その夜、村の外れの野営地で、僕たちは作戦を練った。セフィラの腰には、いつものランタン型魔装具の他に、細身の長銃のような魔装具が下げられていた。


「ナギ」アルヴィンが僕を真っ直ぐに見た。


「いいか、今日の任務はセフィラのサポートと、馬車の護衛が主だ」


彼は低く、僕に釘を刺した。


「いいか。決してお前の異形の力を使うな。さもないとどうなるか、わかっているな。これは命令だ。」


アルヴィンは鋭い剣幕で僕を睨みつけながら、僕に剣を押し付けた。細身で刃の薄い剣だ。


「お前たち禍津ノ兵器は普通の人間よりもはるかに強い。能力を使わずとも、充分な戦力だ。これはそのための武器だ。使え」


僕に与えられたのは、命令と、武器。道具として、これ以上必要なものはない。


夜が明け、僕たちは森の中へ入った。


森の奥で、異臭が鼻をついた。セフィラがランタンを高く掲げた先、倒れた大木の横に、それはいた。


異形は既に死んでいた。


それは、かつて人間だった禍津ノ兵器のなれの果てだ。黒く変質した皮膚と、歪にねじ曲がった四肢。全身には禍々しい赤い紋様が浮き上がり、かつての人間性を完全に失った、醜い獣の姿をしていた。


僕はその死骸から目を離せなかった。禍津ノ兵器の、鎮魂される前の末路。


セフィラは無言でランタンを高く掲げた。アルヴィンは、建前とわかっていながらも、軽く手を合わせる。


「……」


その瞬間、死骸の歪んだ顔が、ほんのわずかだが、穏やかになったように見えた。


(鎮魂だ)


僕は理解した。アカツキの言う「鎮魂」は、討伐後の苦痛を和らげる儀式なのだろう。


セフィラが静かに言った。「この痕跡……他の異形と戦い合ったようだわ。別の異形に破壊されたのかもしれない」


僕の頭の中を、三つの運命が巡る。


意識のない鎖の中で永遠に苦しむか、

道具として意思を持つことを許されず使われるか、

こうして理性を失い、獣として死ぬか。


解放されたはずの僕に待っているのは、結局、この『崩壊の未来』しかないのだ。


僕の虚ろな心に、皮膚が粟立つような寒気が走った。異形の獣になるという恐怖が理性を凌駕する。


その時、背後から木々をバキバキと押し倒す轟音が響いた。


「もう一体いる!」アルヴィンが剣を構えた。


霧の中から現れたのは、先ほど見た死骸よりも、さらに巨大で、全身に骨のような硬い装甲を持つ異形だった。


セフィラが叫ぶ。「目標を確認! アルヴィン、ナギ、迎撃態勢よ!」


僕の身体が、本能的に動いた。僕は剣を抜き、セフィラの側面に立つ。


異形は獣のような唸り声を上げ、アルヴィンに向かって突進してきた。その口から滴る唾液。その憎悪に満ちた瞳。


アルヴィンと異形の剣戟が始まる。僕はセフィラの長銃の射線を邪魔しないよう、警戒しながら位置を保った。


命令を破りたくない。しかし、純粋な恐怖が、僕の理性を押し流そうとする。


右腕の皮膚の下が、焼けるようにざわつき始める。この熱は、僕自身の力が暴走を始めている証拠だ。黒い異形の紋様が、僕の右手に広がりかけている……!

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