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八、帝国の双子、そして現れる“本物”の強敵

氷の破片と怒号の中、必死に踏みとどまる村人たち。


父さん――〈三流派織り〉が要を支え、母さん――〈鏡盾式〉が受けを固め、僕の〈破剣式〉が前線を押し開く。

ガイ、リーナ、そして僕――三人の奮戦が、確かに戦線を支えていた。木と血と煤の匂いが肺の奥に刺さり、喉が焼ける。


……けど、その空気を一瞬でぶち壊す声が、頭上から降ってきた。



「おーっほっほっほ!! 王国のミルテ村の皆さま! そろそろお戯れは終わりですわぁ!!」


耳が痛くなるほど派手な高笑い。戦場の喧騒すらかき消す、妙に通る声。

視線を上げると、日輪を背に金の粒が散った。舞い降りる影、きらめく飾り。


「帝国貴族――リリス・フォン・ゼルファス! 推参ですわ!!」


巻いた金髪に宝石まみれの髪飾り、花嫁みたいな純白のドレス。なのに手には金の長槍――舞踏会と戦場、間違えてないか?


リリスは槍を風車みたいに一回転させて空を鳴かせ、踵で土をコツンと打った。金具が触れ合う澄んだ響きと同時に白い裾が半月を描き、裾の端から立った青白い霧が足もとで霜の紋をぱっと咲かせる。

回転の余韻で巻き髪の宝石がちり、と星みたいに瞬き、吐く息は細い白線になって千切れた。顎をわずかに上げ、金の穂先でまっすぐ天を指す。

――その瞬間、周りの空気が輪切りにされたみたいに冷え、音まで薄くなる。姿勢は微動だにせず、隙がない。背骨を冷気がさっと撫で、鳥肌が立った。


「帝国最強の麗しき槍姫、破剣式・蒼氷魔法特級、魔導騎士のこの私が、わざわざ! 直々に! お相手してあげますわ! 感謝なさい!!」


……キャラが濃い。濃すぎる……!


隣に降り立つのは金髪の少年。紅の軍服は皺ひとつなく、重心が土に沈む。


剣先・視線・踏み足が一本の正中線で結ばれている――一足の刺突で喉笛に届く構えだ。

左腕の盾は磨き上げた面。肩・肘・手首が一直線に固定され、受けの角度は〈鏡盾式〉の教本そのまま――いや、教本より無駄がない。

瞳は氷礫のように澄み、その底で夕陽の火種が一瞬だけ瞬いた。周りの空気が蜃気楼のようにかすかに揺らぎ、吸い込んだ息の乾きが鼻の奥を刺す。……ただの兵じゃない。近づけば焼ける――その予感が皮膚に貼りつく。


「……姉さん、はしゃぎすぎです。ゼクス・フォン・ゼルファス。任務ですので、淡々とやります」


「だまらっしゃい! 主役はこの私ですわ!!」


こいつらも双子らしい。ボケとツッコミまでセットって、なんだこの兄妹。

だけど――足の据わりと間合いの出入りが、常人のそれじゃない。近寄れば斬られる“匂い”がする。


……ゼルファス? 帝国と同じ姓。建国の名を名乗れるのは皇族か、その直参だけだろう。洒落にならない。血が繋がっているにせよ直参にせよ――“ただの貴族”じゃない。背筋が、冷える。



リリスがドレスの裾を翻し、槍を静止させた刹那、場の気圧がすっと沈んだ。

肌を撫でる冷えが一段深くなり、吐息は濃い白へと変わる。

足もとでは霜の亀裂が星形に走り、ぱき、と乾いた音がかすかに鳴った。


「凍てつく蒼槍よ――我が一閃に宿れ!《氷槍衝破アイスランス・インパクト》!」


先に来たのは圧だった。肺が縮む。遅れて氷湖が割れるような高い裂声――霜白の衝圧がまっすぐ伸び、柵も人影もまとめて薙ぎ払った。


バギィィィン――ッ!


咄嗟に剣を縦に立てて受ける。柄が手のひらの骨を鳴らし、脇腹が裂けた。靴裏が土を削って、背中に衝撃が抜ける。

致命は避けた。けど巻き込まれた帝国兵が壁に叩きつけられて、動かない。


「リリス様!? 味方ごと……!」

「な、なんだあの威力……!」


兵士の顔が同時に青くなる。さっき父さんが言った“魔導騎士”――その言葉の重みが、今、腹に落ちた。



僕は吠えて立ち上がる。赤黒い闘気が裂けた脇腹の筋を縫い合わせ、熱と冷たさが交互に皮膚の下を駆けた。

それを見たリリスの眉が一瞬だけ跳ね、すぐ無表情に戻る――ただ、間合いを半歩、開けた。


今度は僕から攻める。一足、二足――〈迅玉式〉。元勇者にしてこの流派の達人、ジークに骨身に染みるまで叩き込まれた足捌きだ。半歩ずらして間合いを食い、流れをそのまま刃に載せて、〈破剣式〉の一太刀を叩き込む。


だがリリスは、舞うようなひねりで柄を滑らせ、穂先の円で僕の軌道を紙一重に外す。刃は空を裂き、金の巻き髪を一本だけ断ち、冷えた空気にきらりと舞わせただけ。〈破剣式〉は当たれば即死――だから彼女は“絶対に当たらない”線だけを踏む。飛び石を渡るみたいに、死の位置を次々と外していく。


「ふふん! そんな粗雑な剣筋、当たりませんわよ!」


強がりに混ざる、わずかな警戒。見ている――僕の“再生”を。

彼女の瞳が撫でるのは、肩、肘、腰――人が壊れる関節の位置。


「凍土よ、花弁となりて刺せ――《氷華散爆フロストノヴァ》!」


白光が弾け、細かい氷の花が皮膚を切り刻む。頬に冷たい線、血が温かく垂れる。


「ぐっ……!」


普通なら、ここで膝が折れる。

だが、赤黒い闘気の“炉”が筋のほつれを拾い上げ、音もなく織り直す。

痛みは、そこへくべる薪だ。


「うおおおおおッ!!」


僕は踏み増し一つ。重心を踵に落とし、肩越しの一刀で霜ごと叩き割る。

リリスの顔から一瞬、余裕が消えた。驚愕――そして、薄い恐怖。


「傷を負っても……効いていない……? いや、魔法も無しに再生……? ありえない、そんな人間が――」


わずかな“間”。そこへ、もう一歩ねじ込む。


「おりゃあああああ!!」


怪力の一閃。避けねば死ぬ。避けても、間を与えれば次が来る――即死級で。

――“舞踏会の槍姫”は、その現実を飲み込み始めていた。



視界の端で赤い炎が立ち上る。ゼクスが静かに剣を下ろしただけで、熱が押し寄せる。


「紅き炎よ、地を舐め、全てを灰へと還せ――《紅蓮焔陣グレン・エンジン》!」


ズワァァァッ!! 

地を這う炎が、僕らの仕掛けた罠と防壁を片端から舐めて消す。空気が膨張し、耳の奥が痛む。


続けて剣に紅蓮が重なり、二度目の詠唱。


「燃え盛る紅き獄炎よ――我が刃と共に烈火となり、全てを葬れ!《紅蓮烈葬グレン・レッソウ》!」


ドォン!!

屋根がめくれ、梁が折れて飛ぶ。黒煙にすすけた光が滲み、息が詰まる。

父さん――ガイが灰色の玉鋼の刃を立て、奔る火舌を面で受け流した。刃が熱を呑み、火だけが弾ける。


「前列、俺の後ろへ! 魔導騎士に近づくな! 負傷者先行、隊形崩すな!」


(……チート兄妹じゃないか……!)



怒号が走る。

「クソッ! リーナ、カミナと組んで氷槍の女を抑えろ! 炎剣の小僧は俺が受ける! 前列、二の線まで下がれ! 殿は俺たち家族が受け持つ、道場組は負傷者を囲んで退避!」


父さんが地を蹴る。土が跳ね、玉鋼の剣閃が火花を散らす。

ゼクスの剣とぶつかる硬い音。玉鋼の芯が震え、腕に心地よい痺れを返す。

ゼクスの無表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。


「……意外と、やる」


低い声。呼吸は乱れない。攻めは灼けるが、判断は冷えきっている――冷静沈着。熱だけじゃない、冷酷さもある。“温度差”で殺すタイプだ。



村の入口では道場組が揉み合いながら退路を確保する。

「後ろ!」「そっちは塞がった!」

短い声が飛び、鍋蓋が矢を弾き、槍の柄が膝を刈る。

“声は杭”。僕がさっき打った言葉が、みんなの背骨になっているのが分かる。


母さんは兵をいなし、リリス相対する僕の隣へ。左手に鍋蓋、右に奪い取った剣。背筋はいつもよりまっすぐ――“母親”の柔らかさを置いてきた、鏡盾式の剣士の顔だ。


囁くなり、母さんは鍋蓋を平投げに放ち、リリスの視界と喉元の線へ被せる。金の瞳が一瞬だけそちらを追い、喉が止まった――詠唱が切れる。その刹那、僕と母さんは同時に踏み込む。


母さんは〈鏡盾式〉。滑るように蓋の縁でリリスの穂先を撫で上げ、角度を半刻だけずらし、剣で槍の柄を小突いて“軸”を狂わせる。


空いた線へ、僕の〈破剣式〉。肩越しの一太刀が白い袖を裂き、槍の飾金を弾き飛ばす。息が合う――歯車が嚙み合った手応え。


リリスはすぐ距離を取り直すが、詠唱の“溜め”は潰した。次も同時に行く――そう思った瞬間。


リリスが一拍、息を整えた。金の瞳は僕をかすめて、母さんで止まる。肩線・穂先・踏み足――すべてが母さんへ一直線に揃った。

(再生する僕は“効率が悪い”。まず詠唱を潰す――母さんを落とす気だ)


心臓を掴まれたみたいに息が詰まる。狙いは、僕がいちばん守りたい人だ。


ドンッ――!


リリスが消えた――? いや違う。跳びかかった踏み込みごと土が抜けた。落とし穴だ。

金の巻き髪も純白のドレスも、仕込んでおいた粘土層の“粘着泥沼”へ真っ逆さま。


「きゃあああああ!?!」


誰もが呆然。村人も帝国兵も、剣を構えたまま石像みたいに固まる。

(マジかよ……魔導騎士が、罠に?)


戦場の音が止まった。穴の底は覗き込まないと見えない。泥泡がぶく、とひとつ弾け――


縁から、泥まみれの頭がぬっと現れる。リリスだ。自分の姿を見下ろし、目を見開いてぷるぷる震え――

宝石は泥をすくって鈍く滴り、白いドレスはたちまち灰じみた布切れに変わっていた。


「ノ、ノーカンですわぁぁぁぁぁあああ!!!」


「いやノーカンじゃねぇだろ!」

どこかの村人の即ツッコミ。緊迫のなかに、妙な笑いが走った。


……でも、今なら――仕留められる。


「母さん! 今だ!」

「任せて!」


二人で踏み込んだ、その刹那――

低い男の声が空気を縫う。


「静寂を裂く白き牙よ――時を凍らせ、敵を断て。《不動氷斬アイスバインド・クレイヴ》!」


空気が固まったみたいに耳鳴りが消え、視界が白に塗り潰される。

青白い巨大な氷刃が幾筋も、轟音を引いて僕らを薙いだ。


「カミナッ!」


母さんが鍋蓋で庇い、鏡盾式の面で角度を殺す――肘と腰で受け流す。だが――


バキィン!!


衝撃が蓋ごと貫き、母さんの身体が信じられない距離まで吹き飛ぶ。土を数度跳ね、土煙がもわりと立った。


「母さぁぁぁぁん!!!」


喉が勝手に裂ける。足が前へ出ない。胸の奥で、何かが軋んだ。



土煙の中から、重い足音が近づいてくる。

最前列の兵が左右に割れ、青の鎧が現れた。胸には双頭の竜の紋章、肩には勲章がいくつも刻まれている。

手にした騎士剣は淡い黄金を纏い、刃は氷の結晶みたいに澄んで冷たい。


「無様だな。――下がっていろ、リリス」


低く、乾いた声。なのに、耳の奥に残響が張りつく。

目が合った瞬間、視界の周囲が暗く沈み、胸の奥の空気がひとつ減った気がした。


「帝国“七神将”団長――ヴォルグ・フォン・ゼルファスと申す」


名乗りに合わせて、風が一度止まる。

その存在だけで、場の重力が変わる。呼吸が薄くなる。

まさに“伝説級”の圧。


「この私が来たからには――貴様らの小細工は通じん」


音が遠のき、胸が詰まる。格が違う。

けれど僕にはもう、母さん以外、何も見えていなかった。



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