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七、総力の防衛戦――村に降る氷と炎

――夕暮れが迫る村。

罠の仕掛けを終え、前線の茂みで息を殺す。土と草の匂いが肺に張りつき、鼓動の音まで大きくなっていく。その静けさを裂くように、背後から低く通る声。


「――ジーク!」


振り返ると、父さん――ガイが鋭い眼でジークを射抜いていた。

「お前の迅玉式の切れ味も頭の回転も認めてる。だが今日、“前で暴れる”のはカミナと俺だ。

お前は守り役。戦えない女や子ども、年寄りをまとめて隣町まで護送しろ。一番大事な役目だ……ジークにしか任せられない。頼む」


ざわつく視線が一斉にジークへ向く。(ジークが前にいないで大丈夫か)――そんな空気。

けれど、それを吹き飛ばしたのは、あいつの一言だった。


「了解」


やれやれ、と肩をすくめて、いつもの余裕の笑み。

「心配すんな。前だけが戦いじゃねぇ。届けたらすぐ戻る。

だから安心しろ――カミナ、お前は後ろを気にせず思いっきり暴れろ」


そして、はっきりと。

「女も子どもも、年寄りも――全部、俺が守る」


その言葉で空気が変わった。肩を落としていた年寄りも、涙目の女や子どもも、顔を上げる。

ジークが拳を差し出す。迷いのない拳。僕は迷わずぶつけた。掌から炎みたいな熱が、全身に走る。


……やっぱ、ジークはすごい。

僕が震えていても、ジークが笑えば何とかなる気がする。転生の前から、ずっとそうだ。“勇者だったジーク”の背中に支えられて、僕はここまで来た。


「任せたぞ!」「家族を頼む!」

仲間の拳が次々と重なる。ジークは短く頷き、戦えない人々を引き連れて裏手へ消えた。


――預けてきた背中が、もうない。

だからこそ、前に出る。



赤黒い旗を掲げた帝国兵の列が、偽柵の手前まで迫る。

数は百に満たないはずなのに、一歩ごとの地鳴りが村の空気を支配していく。鈍い鎧の光、揃った足音。


ザッ……ザッ……ザッ……


「く、来るぞ……!」


最前列の若い衆が震える膝で槍を構える。誰も退かない。――僕も怖い。初陣だ。声だって震える。

それでも、目は逸らさない。逸らしたら、村が折れる。


「……まだだ。もっと寄せろ」


父さん――ガイの低い合図。

不思議だ。ジークの声まで聞こえる気がする。

――『落ち着け、カミナ。焦ってもロクなことにならねぇ。全体を見ろ。お前ならできる』


(ああ。今は僕がやる。ジークが戻るまで、僕が)


帝国兵が柵に手をかけ、棒で小突く。


「なんだこの柵、子どもでも壊せるぞ」

「制圧はすぐだな。女もガキも、楽しい夜になりそうだ」


もちろん、“フェイクの柵”だ。踏み込んだ瞬間が合図――。


「今だ! 第一罠――落とせ!」


合図の叫びひとつで、支え縄が一斉に断たれる。

丸太が二十、本性を剥いた獣みたいに唸って斜面を滑る。


ドゴォ――ッ!


鎧ごと転がる兵。悲鳴で列が乱れる。

僕は息を吸い込み、次の号令を叩きつけた。


「第二罠! 縄、引け!」


叫びが飛ぶ。麻縄が一斉に軋み、土の蓋が落ちる。

口を踏み抜いた兵が、藁ごと沈む。底は杭。鎧の隙間で嫌な音が弾けた。


「罠を抜けた兵の怒りが槍先に乗って一斉に迫る。僕は腰を落とし、喉に火を入れる。」


「投石、放て――!」


スリングの唸りが重なり、拳大の石が鎧の継ぎ目を叩く。呻き声。

続けざまに油壺を投げ込ませ、火矢を最小本数で滑らせる。――燃やし尽くさない。燃やすのは帝国兵の足元だけだ。


炎と黒煙が帝国の紋章を舐め、視界が割れる。

混乱。――その隙に、前へ。


破剣式の踏み込み。力を足裏に落とし、玉鋼の剣を肩越しに振り抜く。

分厚い胸甲が、音を置いて裂けた。兵が一人、二人、重なって吹き飛ぶ。


「うおおおおッ!!」


声は鼓膜を破るためじゃない。仲間の背骨を支えるための“杭”だ。

三人目の刃が斜めに来る。剣を返して弾き上げ、肘で頸の隙間を打つ。

筋肉が裂けても、すぐ繋がる。痛み? そんなの燃料だ。

――チートの“再生”が、血の熱を押し返す。動きが止まらない。


「下がるな! 突いて引け、また突け! 押し合うな、形を壊せ!」


僕の号令に、玉鋼の槍を握る男たちが“点”で前列を止める。

玉鋼の槍は数が少ない。だからこそ、要所にだけ刺す。刺して抜かない“怖さ”が、列の意思を砕く。


右から回り込んだ影。

「カミナ、右!」


父さんの声。僕は体の向きを変え、低く潜って脛を払う。倒れた兵の喉元へ、刃の腹で打突。息を奪うだけで十分だ。殺すより心を折る。心を折れば、他が崩れる。



迂回して村内へ抜けた兵が囲い込もうとするのが見えた。

「後衛、来てるぞ! 警戒しろ!」


間に合わない。足が勝手に蹴り出す――けれど、間に入ったのは母さんだった。

鍋蓋で刃をはじき、舞うように受け流して、奪い取った剣で鎧の継ぎ目を正確に突く。


「――っ!?」


鎧ごと崩れる兵。普段の穏やかな母さんはそこにいない。いるのは、研ぎ澄まされた“鏡盾式の剣士”。

僕は息を呑み、すぐ前へ戻る。後ろを見れば前が手薄になる。母さんは強い。信じて任せる。


前線では父さん――ガイが、僕が打った玉鋼の剣を唸らせていた。

灰色の刃が光を飲み、鍔で敵の剣を絡め取って肘で落とし、崩した肩口へ膝。

怪力と技巧と速さ、三流派を混ぜた“現場の完成形”。本当に、格が違う。


「押し返せ! このまま追い出す!」


父さんと並んで声を張る。村人の喉が同じ音を出し始める。

――行ける。この波のまま押し出す。そう思った、その時だった。


ゴウッ、と村が揺れた。

柵のあたりで炎が爆ぜ、森と畑が赤く燃え上がる。熱が舞い上がり、視界の縁が歪む。


炎の只中に、二つの影。

黒い軍服で剣と盾を構える男。

白いドレスに金の槍を持つ女。


女が槍をひとなでした。

無数のシャボン玉が、雨上がりの虹みたいに村一面へふわりと広がっていく。

綺麗だ、なんて一瞬でも思った自分を殴りたい。


父さんが叫ぶ。

「退避! 蒼氷魔法だ!――下がれ! カミナ、全員に警戒させろ!」


魔法――!?

背筋が、氷を飲み込んだみたいに冷たくなる。


僕は腹の底で叫び返す。


「聞け! 魔法だ! あの光る玉は危険だ! 頭を上げるな、建物の陰に入れ――!」


次の瞬間、シャボン玉は鋭い氷のツララになって、空から降った。

「頭上! 防げ!」


氷柱が屋根を貫き、木の扉が裂ける。桶が砕けて水と木片が飛び散り、仲間が膝をつく。肩口から血が噴き出す。

僕は最短距離で飛び出し、玉鋼の剣を頭上に掲げた。刃の背に氷柱が叩きつけられて砕け、衝撃が腕へと痺れを走らせる。

「下がれ! 屋根の下へ! 負傷者は抱えてでも、転がしてでも引け!」


母さんが負傷者を引きずり、治療班が走る。父さんが怒鳴る。

「全員、ラインを一つ下げろ! 隊列を組み直せ!」


村の外は炎上、村の中は氷上――。

その狭間、村の入り口に立つ二人の存在だけで、戦場の音が一度止まった気がした。



息を整えながら、僕は二人を睨む。

空気が違う。圧が違う。――想定してなかった“強者”の匂いだ。


父さんの声が、ほんの少しだけ震えた。

「……なんでこんな村に、魔導騎士が……」


その怯えを、僕は聞き逃さなかった。

けれど、足は前に出た。怖さは、置いていける。置いていけるように訓練してきた。


(想定外? 上等だ。だったら、ここから“想定を作る”)


僕は短く号令を飛ばす。

「負傷者のケアを優先! 前は俺と父さん、道場組が受け持つ! 下がりながら列を崩すな!」


状況を飲み込み、やれることだけを積む。

ジークは今、背中の人たちを守っている。なら――前は僕だ。


闘気を腕へ落とし、握りを一段深くする。

玉鋼の刃が、夕闇の中で鈍く呼吸した。

僕は、奴らの“壁”になる。ここで折れない。ここで折ったら、あの背中に合わせる顔がない。


――来い、魔導騎士。

僕の村は、僕たちで守る。


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