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雷の勇者と鋼の英雄 〜世界を変えると誓った兄弟は、やがて敵対する〜  作者: ちぇ!
法国編 ーー勇者の誓いと黒雷の器

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59/60

五十九、白き盾、黒き疑念

決別の余韻が薄れるより早く、現実が追いついてきた。


 夜明けの戦いが終わってから、まだ三時間ほどしか経っていない。


 ろくに身体を休める間もなく、俺は仮設の軍議室へ案内されていた。


 オルタの役所か詰所だった場所を、そのまま使っているのだろう。石造りの広い部屋の中央に長机が並び、壁には急ごしらえの地図と、戦況を書き殴った板がいくつも立てかけられている。窓の外からは、まだ焦げた匂いが入ってきた。遠くでは瓦礫をどかす音と、負傷兵のうめきが細く続いている。


 戦いは終わった。

 けれど、火種は消えていない。


 ほんの少し前まで、ここでカミナと斬り結んでいた。


 そう思うだけで、胸の奥がまたざらつく。


 部屋の中には、すでに人が揃っていた。


 上座にいるのはダリウス。上半身には応急処置の包帯が幾重にも巻かれていたが、それでも背は伸びている。傷を押して座っているというより、傷をねじ伏せて椅子に腰掛けているような威圧感があった。

 その右にリュシアン。いつも通り白手袋に乱れ一つなく、疲労の色も顔には出していない。

 その周囲に栄皇騎士団の隊長格が数名――六人ほど。


 その中に、妙に目を引く男がいた。


 四十前後。厳めしい顔立ちに、やたらと背筋の伸びた男だ。

 俺と目が合った瞬間、喉仏がひとつ上下するのが見えた。


 ……敬意というより、緊張に近い。


 俺の横にはエリシア。

 反対側ではグラトスが、珍しく空気を読んで黙っていた。こういう時まで普段通り騒がしいようなら、さすがに俺も少し見直しを考えるところだったが、そこまで愚かでもないらしい。


 俺たちが席に着くと、ダリウスが最初に口を開いた。


「まず礼を言わせてほしい。ジーク殿、貴殿が来てくれなければ、私はかなり危うかった。助かった」


 飾り気のない、まっすぐな言葉だった。

 王国最強だの軍神だの呼ばれる男が、変な見栄もなく頭を下げてくる。


 俺は一瞬だけ言葉に詰まり、それから短く返した。


「いや、いい。当然のことをしただけだ」


 口ではそう言った。

 だが胸の奥のざらつきは消えない。


 助けた相手の前で、礼を言われる。

 なのに、その相手へ斬りかかっていたのは俺の弟だった。


 何をどう受け取ればいいのか、自分でもまだ分からない。


 その空気を読んだのか、あるいは読まないふりをしたのか。

 リュシアンが静かに口を開いた。


「戦いの最中、あの黒鎧の大剣使いとは、何やら言葉を交わしておられたようでしたが……旧知の方ですか?」


 滑らかな声だった。

 あまりにも自然で、逆に一瞬だけ引っかかった。


「……ああ。双子の弟だ」


 その一言で、部屋の空気が目に見えて固まった。


 隊長たちが視線を交わす。

 グラトスが「む」と小さく息を呑み、ダリウスは黙ったまま俺を見た。


 そして、さっきから妙に緊張していた男だけは、明らかに反応が大きかった。


「あの化け物が、双子の弟だと……?」


 喉の奥から、押し殺し損ねた声が漏れる。

 顔色が一瞬で変わり、男は自分でも失言に気づいたように口をつぐんだ。


 俺がそちらを見た瞬間、男は遅れて居住まいを正した。


「……失礼した。我は栄皇騎士団第一隊隊長、シャルル・フェルディナン。先の戦い、勇者殿のご助力には感謝する」


 言い直した声は硬かった。

 平静を装っているのが、かえって分かる。


 妙な違和感が、胸の奥へ小さく沈んだ。


 けれど、それを追うより早く、リュシアンが一歩だけ前へ出た。

「事情の整理は必要ですが、優先順位がございます」


 よく通る、落ち着いた声だった。


「敵は新しい兵装と戦術を持ち出しました。まずは、その対策を詰めるべきです」


 空気が、軍議のものへ戻る。


 ダリウスが短く頷いた。


「その通りだ。感情の話はあとでいい。今は勝ち方を考える」


 そう言って、卓上の地図へ指を落とした。


「まず、あの大盾の部隊だ。正面からの魔法が明らかに鈍った。現場を見た勇者殿の見立てを聞きたい」


 カミナが帝国に属していたのは、もう見間違えようがない事実だった。

 これを口にすれば、あいつにとって不利になるかもしれない。


 だが、あの暴走を止めなければ帝国の侵攻は止まらない。

 そうなれば傷つくのは、王国の兵だけじゃない。この国で暮らす民たちだ。


 俺は、知っていることを隠さず話すと決めた。


 地図の前へ歩み寄り、頭の中を整理する。


「あれは玉鋼を使ってる」


 小さなどよめきが走った。


「玉鋼は、俺の故郷の村で採れていた反魔法の鉱物だ。弟のカミナが扱っていた。魔力を通さない。だから障壁も、直撃の魔法も威力が削がれる。真正面から魔法で止めるのは、たぶんもう無理だ」


 隊長のひとりが眉をひそめる。


「では、栄皇騎士団の優位は消えたということですか」


「いや、そうじゃない」


 俺は首を振った。


「栄皇騎士団が弱いんじゃない。相性が悪いんだ。あの盾列は、“魔法で前線を制する相手”にぶつけるための兵装だ。真正面から魔法戦をやるほど、向こうの思うつぼになる」


 エリシアがそのまま言葉を継いだ。


「つまり、正面で受け止める発想を捨てるべきですね」


「そうだ」


 俺は頷く。


「正面を栄皇騎士団だけで支えるのはきつい。必要なのは、魔法より闘気だ。三流派を高水準で修めた前衛、あるいは闘気をうまく扱える近接部隊で、密着した盾列そのものを崩した方がいい」


 リュシアンが白手袋の指先で地図の前線部分をなぞった。


「剣皇騎士団、ですか」


「多分、それが一番噛み合う」


 俺は答える。


「魔法はそこそこでも、近接が強い。ああいう“押してくる壁”を正面から叩き返すなら、栄皇より剣皇の方が向いてる」


 ダリウスが低く唸った。


「栄皇は魔法戦を軸にした総合運用が持ち味だ。だが、今回ばかりはその得手を殺されているか」


「役割を変えるべきです」


 エリシアが即座に言う。


「栄皇騎士団は前に立って受けるより、視界妨害・攪乱・中核支援に回した方がよろしいかと。前線の正面衝突は剣皇へ。栄皇はその横と後ろから戦場を整える方が生きます」


 シャルルがわずかに目を伏せた。


「……我も同意する」


 低く、硬い声だった。


「先の戦い、栄皇だけで正面を受けるのは損であると感じた。万能ではある。だが、最適ではない」


 軍人らしい言い方だった。

 変な意地を張らず、必要なら自分たちの不利も認める。そのあたりはさすが第一隊隊長というべきか。


 グラトスが、ここぞとばかりに腕を組んで頷いた。


「要するに、術で崩れぬ壁なら、力ずくで崩せということですな!」


 一瞬、部屋が静まり返る。


 エリシアがこめかみを押さえた。


「……雑に言えば、そうです」


「おお、珍しく某の要約が高評価!」


「高評価ではありません。意味が通ってしまっただけです」


「同じでは?」


「違います」


 そのやり取りに、何人かの隊長の口元がわずかに緩んだ。

 重い場に少しだけ空気が通る。こういうところは、意外と助かる。


 だが、問題はまだある。


 ダリウスが次の印を地図へ置いた。


「次に、あの黒い爆裂弾だ」


 ダリウスの視線を受けながら、俺は頭の中で広場の光景を引き戻した。

 黒い筒。弾ける音。障壁を抜いた玉鋼の弾。


「……あれも玉鋼だ。術式で飛ばしてるんじゃない。別の仕組みで、玉鋼の弾を無理やり撃ち出してる」


 隊長たちの間に、怪訝そうな空気が走る。


「黒い筒から、魔力をほとんど使わずに玉鋼の弾を撃ち出してる。だから魔法障壁も迎撃も意味が薄い」


「……“対魔障壁弾”とでも呼ぶべきでしょうか」


 リュシアンが静かに補った。


「いや、もっと単純でいい。反魔法弾――それで通じるはずだ」


 俺は肩をすくめた。


「大事なのは、反魔法弾が万能じゃないってことだ」


 全員の視線が集まる。


「威力は高い。だが、扱いは難しい。

 あれは“据えて、揃えて、撃つ”までに段取りが要る。……距離さえ詰められれば、こちらにも手が届く」


 シャルルがすぐに反応した。


「詰める前に撃ち抜かれるのではないか」


「平地を真正面から走れば、そうなる」


 俺は地図の街路を指で叩いた。


「だが反魔法弾は、“見通し”と“据え場所”が要る。

 狭い路地、曲がり角、段差、森、坂――そういう地形じゃ照準が死ぬ。あれは人と兵器と指揮が噛み合って初めて成立する戦術だ」


 エリシアがまとめる。


「防ぐのではなく、撃たせない。霧、煙、土煙。視界を切れば、命令も照準も乱れます」


「そうだ」


 俺は頷く。


「それと密集しすぎるな。的になる。

 今までの王国軍は“防壁を張って受ける”に寄りすぎてる。あの反魔法弾は、そういう前提を叩き折るためのものだ。なら、前提ごと変えるしかない」


 ダリウスが目を細めた。痛みを飲み込むみたいに、短く息を吐く。


「……問題は反魔法弾そのものではない、か」


「そうだ。弾は脅威だ。だが弾“だけ”なら対処できる」


 俺は地図の上で、通りと広場を指先でなぞる。


「厄介なのは“連携”だ。

 盾列で押して、反魔法弾で穴を開け、開いた穴へ紅蓮を流し込む――それを同じ呼吸で回されると、こっちの立て直しが間に合わない」


「なるほど……」


 リュシアンが小さく頷いた。断言ではなく、手元の板書と照らし合わせる目つきで言う。


「現場の報告とも整合します。

 押し上げ、着弾、追撃――動きが揃いすぎている。偶然の噛み合いではありません」


 静かな言い方なのに、部屋の空気が一段重くなる。


 その言葉に、俺は内心で舌打ちした。


 そうだ。

 ああいう戦場を“作って回す”やつを、俺は知っている。


「……たぶん、骨子を考えたのは弟だ」


 視線が地図へ落ちる。あの黒い盾列、あの黒い筒、穴が開いた瞬間に流し込まれた紅蓮――全部が、頭の中で一本に繋がった。


「昔、似た話を聞かされてた。魔法を殺す壁を前に出して、別の手段で穴を開ける。……その上で、崩れたところへ追い打ちを叩き込む、ってな」


 誰もすぐには言葉を返さない。


 やがて、リュシアンがゆっくり息を吐いた。驚きというより、冷静に現実へ印を付けるような声だった。


「勇者殿の弟君が……」


 一拍置いて、柔らかく続ける。


「もしこちらに居れば、どれほど心強かったか。……惜しいことです」


 その視線が、ちらりとエリシアへ向いた。


 エリシアは目を伏せたまま、短く言う。


「ジーク様を王都へ招いたのは私です。……弟君まで手を伸ばせなかったのは、私の落ち度でした」


「エリシア」


 俺は呼ぶだけで止めた。責めるつもりはない。責めたところで、戻るものが何もない。


「たら、ればはいい。……問題はここからだ」


 指先で地図の前線をなぞる。


「カミナは、きっと次もこうやって“戦場そのもの”を組んでくる。しかも一人じゃない。あの場には――初めての兵装を乱さず回す指揮がいて、王国最強のダリウスを追い詰める剣がいて、場を崩さず畳む力が揃っていた。役割が違う手練れが、噛み合っていたんだ」


 「――この先の一手が、命取りになる」


 言い切った瞬間、部屋の音が消えた。

反論できない。誰も“次の手”を言えない沈黙だ。


 ダリウスは椅子へ浅く腰を沈め、地図から目を離さずに言った。


「帝国は想定を超えてきた。……常識の範囲で受けていては、削られるだけだ」


 一拍。


「新しい備えと編成が要る。今のまま、この街で受け続けるのは危険だ」


 そして、決断だけを落とす。


「……オルタは捨てる」


 誰もすぐには口を挟まなかった。


「今回の進軍は、紅と白を予想外に退けた好機に乗じたものだ。オルタ自体は、バストリアを守るための牽制拠点として価値があった」


 指先が地図の一点を叩く。乾いた音。


「だが、襲撃で敵の手札が見えた以上、ここは前に出すぎている。主力はバストリアへ下げる。防衛線を引き直し、態勢を整え直す」


 悔しさを呑み込んだ、軍人の声だった。


 エリシアが即座に賛同した。


「妥当です。帝国側も今回の戦闘で無傷ではありません。オルタ再整備と追撃準備に時間はかかるでしょう」


「少なくとも、すぐにバストリアまで雪崩れ込む余力は薄いと見ます」


 リュシアンも言う。


「そのあいだに、こちらは防衛線と兵科運用を再編できます」


 グラトスがここで真顔で頷いた。


「つまり敗走ではなく――勝つために、一歩引くのでありますな」


 その言い方は、思ったより悪くなかった。


 ダリウスが短く答える。


「そういうことだ、殿下」


 そこから軍議はさらに細かな部隊配置、後退路、負傷兵と物資の搬出順、剣皇騎士団への伝令などへ移っていった。

 話が一段落した頃には、窓の外の光もだいぶ白くなっていた。


 隊長たちが命を受けて順に退室していく。


 だがシャルルだけは、最後に一度だけ俺を見た。何か言いたげに唇が動き――結局、言葉にはならないまま一礼して出ていく。


 ……さっきの「化け物」の詫び、か。

 そう思って納得しかけて、引っかかった。


 とはいえ、今はそれより先にやることがあった。


「……ダリウス殿、と呼ぶべきか。いや、閣下か」


 俺がそう言うと、ダリウスはわずかに口元を緩めた。


「好きに呼べ。勇者の位は、少なくとも王国の軍において私より重い。今さら閣下呼びなど不要だ」


 少しだけ、言葉に詰まる。


「……リュシアンから、事情はある程度聞いていると思う」


 ひとつ息を吐く。


「俺にも、今すぐ果たさなきゃならない役目がある。法国も時間がない。こんな時に前線を離れることになるのは、本当にすまない」


 口にしてから、自分でも情けないと思った。

 こんな時だからこそ、だ。


「だが、魔王を倒すために、どうしてもアマテリアが必要なんだ。貸してほしい」


 部屋が静かになった。


 グラトスが息を呑む。

 エリシアは黙ったまま俺を見る。

 リュシアンだけが、わずかに目を伏せた。


 ダリウスはすぐには答えなかった。


 大きな手を組み、しばらく考える。


「アマテリアは、我が家の家宝なんだ」


 やがて、低い声が落ちた。


「先祖レオニスより受け継ぐ聖盾だ。本来、軽々しく人に預けるものではない。

アルトリウス陛下も“国宝”と認め、平時は玉座の背に飾ってある――魔族除けの象徴としてな」


 一拍。


「今回これを持ち出したのは、前線で暗影魔法を使う魔族が現れる可能性を考えたからだ。だが……必要ないらしい」


 その目が、まっすぐ俺を射抜く。


「今回の借りもある。何より、貴殿がそこまで言うなら貸そう」


 グラトスがぱっと顔を上げる。


「おお!」


 だがダリウスは、そのまま続けた。


「ただし、条件がある」


「……何だ」


「必ず戻れ」


 短い言葉だった。

 けれど、その一言だけで十分だった。


「そちらも厳しい戦いになるのだろう。だが、必ず魔王を倒し、盾を返しに来い。そして――なるべく早く戻ってきてくれ。今の王国に、貴殿の力は必要だ」


 取り繕った響きはなかった。

 打算がないとは言わない。けれど少なくとも今この場で、ダリウスは本気でそう言っている。

 俺には、そう聞こえた。


 俺は深く頭を下げる。


「恩に着る。必ず魔王を倒して戻る」


 ダリウスが立ち上がる。傷が開いたのか、ほんのわずかに眉が動いたが、それでも顔には出さない。


 壁際の長箱へ歩み寄り、両手で持ち上げた。


 箱が開く。


 中にあったのは、銀とも白ともつかない、どこか神聖な光沢を宿した大盾だった。重厚なのに、ただ重いだけじゃない。近くにあるだけで空気が静まるような、不思議な存在感がある。


 神護聖盾アマテリア。


 ダリウスはそれを俺へ差し出した。


「持っていけ、勇者ジーク」


 両手で受け取った瞬間、ずしりと重みが腕へ乗る。

 重い。だが、不思議と嫌な重さじゃなかった。


 守るための重さだ、と直感した。


「ありがとう」


 俺はもう一度、深く頭を下げた。


 ダリウスはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、ほんのわずかに頷いただけだ。


 その横で、リュシアンが静かに微笑む。


「ご武運を。法国の件、どうかご無事で」


 綺麗すぎるほど整った言葉だった。

 けれど今の俺には、その丁寧さがありがたかった。


 エリシアも一歩進み出る。


「戻られるまでに、こちらも出来る限り態勢を整えておきます。安心して――とは申しませんが、後ろを気にしすぎないでください」


「うむ!」


 グラトスも胸を張る。


「某も王都に戻り次第、出来る限り手を回しますぞ。勇者殿と帰ってきた時に“ああ、あの殿下も少しは頼れるではないか”と、眉を一度くらい上げていただけるよう励みます!」


 エリシアが横から淡々と刺す。


「眉を一度上げる……要求水準が低いのか高いのか、判断に困りますね」


「要するに某が言いたいのは、伸びしろに期待して欲しいという事であります!」


「伸びしろ……殿下は太りすぎですし、横に長いので、まずは縦に伸びるといいですね」


「厳しい!」


 その返しで、ついにダリウスが吹き出した。


「ふっ……」


 だが、すぐに顔を背ける。

 グラトスは第二皇子だ。軍神といえど、真正面から笑い飛ばすわけにもいかないのだろう。


 それでも堪えきれなかったらしい。肩がかすかに揺れていた。


 その様子につられるように、リュシアンでさえ口元を緩める。会議にいた隊長たちの間にも、遅れて小さな笑いが広がった。


 もちろん、俺もだ。


 ほんの少しだけだが、さっきまで広場で剣を交えていた現実が遠のいた。



 ダリウスたちと別れ、外へ出る。

 朝の光はもうだいぶ白くなっていた。焼け跡の匂いも、瓦礫を運ぶ音も、負傷兵のうめきも、まだ街じゅうに残っている。


 アマテリアを抱えたまま、俺はひとつ息を吐いた。


 思想は、やはり貴族側なのだろう。

 王国の中枢にいる以上、ダリウスもリュシアンも、俺とは見ている景色が違う。


 それでも少なくとも、今この場では二人とも誠実だった。


 だからこそ、胸の奥のざらつきが消えない。


 もし最初から露骨に怪しければ、まだ楽だった。

 信用しなければいい。敵だと決めればいい。


 けれど、違う。

 ダリウスとリュシアンは礼を尽くした。家宝だというアマテリアも貸してくれた。少なくとも今この瞬間だけ切り取れば、二人はちゃんと筋を通しているように見える。


 なのに、胸の奥では別の何かが、ずっと小さく軋み続けていた。


 あの優秀なロイドが、あえて言葉を濁した理由。

 ――証が出ぬうちは、怒りを剣へ変えるな。


 あの時は、慎重すぎる忠告に聞こえた。

 証拠もないのに疑うな、そういう意味だと思っていた。


 だが今なら分かる。


 あの人は、ただ俺を宥めていたんじゃない。

 証拠がないだけで、真相には気づいていたのだ。


 広場で、カミナは確かに言いかけた。


 ミルテ村を滅ぼしたのは――


 そこから先が、聞けなかった。


 けれど、ここまでの違和感をひとつずつ並べていくと、嫌でもひとつの形になってしまう。


 カミナのあの怒り。

 ダリウスへ向けられた殺意。

 リュシアンが割り込んだ時の、あまりにも激しい反応。


 そして、この会議でのシャルルの取り乱し方。

 “勇者の弟が敵だった”――それだけでも、驚く理由にはなる。けれど、“化け物”とまで口走ったのは、やはり少し引っかかった。何かを知っている。そんな気配だけが、胸の底に沈んだまま消えなかった。


 ミルテ村を襲い、《暁の牙》を討ったのは、


 ――ダリウスとリュシアンの指揮する、栄皇騎士団だったのではないか。


 そう考えた瞬間、胃の底が冷える。


 違っていてほしい、と思った。

 思ってしまった。


 今この場でアマテリアを貸してくれた男が。

 礼を尽くし、誠実に言葉を返した二人が。

 父さんや母さんや、あの村を壊した側かもしれないだなんて。


 そんなもの、簡単に飲み込めるわけがない。


 けれど、目を逸らすには、もう違和感が多すぎた。


 まだ断定はできない。

 証拠はない。

 ロイドの言う通り、怒りをそのまま剣へ変えていい段階じゃない。


 だが、ここまで来てしまえば、もう“分からないふり”もできなかった。


 盾の重みを腕に感じながら、俺は目を閉じる。


 カミナは生きていたが再会を喜べなかった。

 しかし、目的の物は獲得出来た。


 次は法国へ戻る。

 魔王を倒し、レイを助け出す。

 そして、必ずまたここへ戻ってくる。


 その時にはもう、見ないふりはできないかもしれない。


 右手には、神滅聖剣カムナギ。

 神宝聖珠ヤツミタマは、リゼリアより託され、今はエリシアが持っている。

 そして今、俺の腕の中には神護聖盾アマテリアがある。これもまた、グラトスに託すことになる。


 神威三聖具。

 かつて八首竜を討ち、五百年前には魔王との戦いでも力を振るった、伝説の武具たち。


 それが揃った。

 本来なら、もっと単純に胸が熱くなっていいはずだった。


 けれど今は違う。


 魔王を倒すために借りたはずの盾の重みが、妙に問いかけてくるみたいだった。


 ――お前は、どちらを守るつもりだ。


 盾の縁を握る手に、わずかに力がこもる。


 レイは、転生前に取り残した妹。

 カミナは、今この時代を共に生きた弟だ。


 どちらも家族。

 どちらも失いたくない。


 なのに俺は、もう心のどこかで順番を決めようとしている。


 カミナはまだ生きている。

 自分の足で力強く進んでいる。

 なら、先に助けるべきはレイだ。


 その理屈が立った瞬間、自分で自分が嫌になった。


 正しいかどうかじゃない。

 家族に順番をつけた、その事実が重かった。


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