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三十七、復讐者と双子の騎士

「殺す」


言った瞬間、身体が勝手に動いた。

背のガイアブレードを振り抜き、帝国兵ごとまとめて斬り伏せるつもりで――。


――だが。


「皆、下がれ!」

金髪の少年――ゼクスが、寸前で盾を差し込んだ。

火花が散る。だが手応えが軽い。紙一重で受け流されたのだ。


続けざまに、横へ大剣を薙いだ。

けれど槍を構えた少女――リリスが、舞うようにかわす。


「お待ちなさい!」


耳に刺さる甲高い声。

恐怖が瞳の奥に滲んでいる。けれど、それでも俺の赤黒い闘気の前に退かず立ち塞がる。


「我らに敵意はない! この村を焼いたのは……王国です!」


……は?


「ふざけんな!」

怒鳴って、さらに振り抜いた。


ガチィン――!

衝撃。火花。腕が痺れるほどの重さ。だが、刃は止められた。

力が綺麗に流されていく。


(……ちっ、やっぱりただの兵じゃねえ)


栄皇騎士団の精鋭ですら斬り伏せられた。

だがゼクスの鏡盾式は、まるで別物。受けるだけじゃない。衝撃を寸分違わず受け流し、こちらの勢いごと大地に落とす。まさに“完成された型”だ。


隣のリリスも同じ。槍は一度も振ってこない。

けど、舞うように避け続けるその身のこなしは、まるで迅玉式の極致。

一歩でも遅れれば真っ二つ――そのはずなのに、呼吸一つ乱さず紙一重でかわしてみせる。

避けることすら“当然”とでも言うように。


二人とも、反撃はしてこない。

――対話を求めている。それが嫌でも伝わってきた。


だが。だが……王国が?

ジークが守っているはずの王国が?

母さんを……父さんを……村を焼いたって?


「そんなはず……」


足元がぐらついた。耳の奥で、あの滝の轟音が反響する。

信じたい。けど、信じ切れない。頭の中でジークの顔と村の焼け跡の現実がぶつかり、ぐしゃぐしゃになる。


リリスが一歩前へ。

宝石みたいな瞳が、まっすぐ俺を射抜いた。


「嘘などついておりませんわ! 帝国は確かに北部の城塞都市を狙っております。けれど――この村を焼いたのは、王国の栄皇騎士団ですわ!」


栄皇騎士団……。

胸が詰まって、呼吸が乱れる。


「また、あいつらか……。ジーク……お前は自分の村まで滅ぼさせて……何やってんだよ……?」


力が抜けて立ち尽くす。声が勝手に漏れた。

信じていた兄の顔が、灰にまみれてぼやける。


リリスが小首をかしげ、静かに問う。

「……あなた、前と随分雰囲気が変わりましたわね?」


俺はドサっと座り込み、短くこれまでを話した。

貴族の迫害、暁の牙への参加、返り討ち、そして父を奪われたことを。


双子は黙って聞いていた。

やがてゼクスが肩を落とし、低く呟く。


「……父を奪われたか」


リリスも唇を結び、小さく頷く。

「同情など軽々しくは申しません。ですが――あなたの怒りと悲しみ、私たちにも多少理解できますわ」


胸の奥で何かが揺らぐ。

……それでも、憎しみは消えない。


ゼクスが一歩前に出た。

「父上――ヴォルグは勇者の片割れである貴方にも興味を持たれていました。貴方の腕は帝国に必ず役立ちます。……ダリウスは強敵です。しかし、僕たちが手を組めば討てるかもしれない」


帝国と、か。

オレの頭の中で、色んな考えがぐるぐる回る。


暁の牙でも駄目だった。一人でやるか?……駄目だ。

あの滝壺の絶望を、また味わうだけだ。


――ならどうする。


胸がざらつく。奴隷の国だ。反吐が出る。

それでも最後に浮かぶのは、母さんの笑顔と、父さんが灰になったあの光景だけだった。


俺の中に残っているのは、復讐しかない。

選べる道なんて、最初から一つだったんだ。


考えるのをやめ、ダリウスを想像する。


ガイアブレードを振り上げ、振り下ろし、さらに横に薙ぐ。

刃が空を裂くたび、重い音と灰が舞う。


最後に――ズンッ、と音を立てて地面へ突き立てた。

柄に手を置き、背筋を伸ばす。


「……やってやろうじゃねえか」

低く、しかし響く声が広場に落ちた。


「父さん……母さん……ジルヴァン……セリオス……村も暁の牙も、全部あいつらに奪われた。


 この怒りは、もう止まらない。

 たとえ勇者が立ち塞がろうと構わない。


 ダリウスもろとも――王国の腐った騎士団を叩き潰し、正してみせる」


リリスが目を丸くし、ふっと口元を隠した。

「ふふん……今のあなた、ちょっとカッコいいですわ」

「……姉さん、茶化すな」ゼクスが真顔で突っ込む。


そしてリリスが軽い調子で言葉を続けた。

「勇者って、この前父上と切り結んだ雷使いのことですわよね?」


俺は目を伏せ、喉がきしむのを感じながら答える。

「……俺の双子の兄だ」


重苦しい沈黙。

ゼクスが低く呟く。

「……帝国でも噂になっている雷鳴の勇者は、王国の中枢部に取り込まれたのだな」


さらに空気が沈む。


だが、それを破ったのは場違いなほど弾んだ声だった。

「そういえば、あなたのお名前は?」リリスが首を傾げる。


「……カミナだ」


「雷が使えない弟の名前がカミナ……まるでギャグですわね!」


悪びれずに言う。

思わずむっとしたが、気づけば小さく笑ってしまった。


「……ハッ、その通りだな」


ゼクスが肩を竦め、冷静に付け加える。

「悪気はないんです。ただ……少し天然なんです」

「なんですって! 私はしっかり者ですわ!」


リリスの抗議を横目に、ゼクスが手を差し出した。  


「手を組むという事でいいんですよね?僕はゼクス。これから打倒ダリウスに向け、よろしくお願いします」

「私はリリスですわ」


二人の名前は、戦場での印象が強すぎて忘れようがなかった。

「ああ……よろしくな」


俺はゼクスの手を握り返した。


その瞬間、リリスが槍をくるくる回してドヤ顔を決める。

「よし、それでは決まりですわね! 共通の敵、ダリウス=グレイヴ! もうカミナは私たちの同志、家族も同然ですわ!」


「……姉さん、言葉が軽い。同志と家族は違います」

「ちょっとゼクス、ノリが悪すぎますわ!」

「家族を失ったばかりの人に対して失礼です」

「もう! 雰囲気を壊すのはやめなさい!」


……なんだこいつら。

喧嘩してるようで仲がいい。ジークともこんなやり取りしてたっけ。

懐かしい。どうしてだろう。ほんの少しだけ、胸の重しが軽くなる。


それから一度、二人の父親である七神将ヴォルグに会う為、帝国に戻るという事になった。

普通なら王国北の城塞都市バステリアを経由して帝国に入る。

けど今は無理だ。バステリアの周辺は帝国兵と王国の栄皇騎士団がにらみ合っていて、空気は剣呑そのもの。

リリスとゼクス、帝国兵の案内で、オレは山を回り込む抜け道を使い、北西の関所を目指すことになった。



道中ーー


帝国兵の列に混じり、俺は歩いていた。

 復讐の誓いを立てたばかりだっていうのに……横でやかましい姉弟が騒いでいるせいで、どうも気持ちが落ち着かない。


「――馬に乗ったことがない?」

 何気なく口にした途端、リリスの目がキラキラ輝いた。


「まぁ! それならぜひ! このリリスが直々にご指導してさしあげますわ!」


 気づけば背中を押され、帝国兵の一人の馬に無理やり乗せられていた。


「うわっ……!」

 思わず声が出る。初めての高さに視界が揺れる。

 足が地に着かない。それだけでこんなに心許ないものか。


「おっと、もっと前を見ろ!」

 慌てた兵が手綱を支えてくれる。馬は不満げに鼻を鳴らした。


「ご覧あそばせゼクス! 馬じゃなくて、カミナの方が怯えておりますわ!」

 リリスが胸を張って小馬鹿にする。


「姉さん。誰でも最初はそうなります」

 ゼクスは淡々と返す。


「ちょっと! そこは笑って盛り上げるところですわよ!」


 ……オレは無言で前を見つめた。


(……なんか、中学の頃にいた、やたらイジってくるヤンキー女子を思い出すな)

 少し嫌な記憶が蘇り、馬の揺れと一緒に気分もぐらついた。



 夜。外れの安い宿に泊まった。

「狭い! お風呂がぬるい! ご飯が質素!」

 リリスは到着してからずっと文句を垂れている。


「姉さん、贅沢言わないでください。戦場では寝床があるだけで幸運です」

 ゼクスの言葉も耳に届いていない。

「文句を言えばこの宿も改善されますのよ! 世の常ですわ!」


 俺はその声を横に適当な椅子に腰を下ろすと飯を食べ始めた。シチューと硬いパン。

オレは黙って口に運ぶ。……うまい。

なんでだ。死にかけたからかな。食べると涙が勝手に滲む。


 その様子を見たリリスが、得意げに言う。

「ほら見なさいゼクス! やっぱりこの宿を選んだ私のセンスは正解でしたわ!」

「姉さん。この宿は偵察兵のザルドが選んだんです」

「余計なことは言わなくてよろしい!」


 くだらないやりとり。

 でも、気づけば肩の力が抜けていた。



 翌朝。

出発前、リリスが両手を広げて宣言した。

「おはようございます!今日も一日、今までにない最高の一日を目指して頑張りましてよ!」


兵たちは苦笑いし、ゼクスは深いため息をついた。

オレは無言で歩き出す。


胸の奥では、復讐の誓いと、この妙な連帯感の両方が、静かに燻っていた。


冷え込む霧の道を歩きながら、オレは何度も背の大剣に触れた。

父さんの形見ガイアブレード。父さんが背中にいると思うと熱がはいる。がやっぱり胸の奥が空っぽだ。


「抜け道は――こちらですわ!」

リリスがやたら誇らしげに前を指す。

帝国兵たちが顔を見合わせて苦笑する。


「……本当にあるのか?」

思わず口に出すと、隣でゼクスが淡々と答えた。

「あります。姉さんは大げさですが、道は確かです」


「ちょっとゼクス! 私を信用していないような言い方ですわ!」

「信用していますよ。……七割くらいは」

「七割ってなんですの!? 百でしょ百!」


また始まった。

昨夜からずっとこの調子だ。宿の飯でも、馬の順番でも、いちいち張り合ってうるさい。

だが、気づけば……少しだけ気が紛れていた。


 



 抜け道を抜けた晩。焚火を囲んで。

 ゼクスが真剣な顔でこちらを見た。


「……姉は落ち込んだ人を見ると放っておけない性格なんです。鬱陶しいかもしれませんが、ご容赦を。一人だと気が滅入ります。けど、今は僕と姉がいます。同じ双子で、年も近い。……なんでも話してください」


リリスは「ちょっと!」と抗議していたが、ゼクスは意に介さなかった。


 俺は炎を眺めながら、思う。

 戦場で恐ろしい敵だった二人。

 なのに、今は……二人のお陰で心の底の重石が、少しずつ揺らいでいる気がした。


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