三十一、北部掃討命令
カミナ編開始です。
アーク王国首都――ルクス=アーク。
王城の裏手に広がる演習場は、戦場さながらの熱気に包まれていた。
数百名の騎士が整然と並び、魔鋼の鎧と盾が陽光を弾き返す。
前列の魔導騎士は槍を構え、後列の魔導兵が一斉に詠唱を開始。
「――《火矢・連弾》!」
「――《氷槍・貫穿》!」
炎の矢が空を覆い、氷の槍が大地を突き抜ける。轟音と閃光に、見学していた若い文官たちが思わず後ずさった。
だが騎士たちは怯まない。
「――《土盾・硬壁》!」
「――《風纏・反射》!」
剛岩の盾が壁のように立ち並び、翠嵐を纏った兵が滑るように前進。炎と氷は受け流され、風刃が反撃のごとく飛び交う。
矢と槍、盾と風。相反する属性が交錯しながらも、統制は乱れない。
それは訓練の枠を超え、実戦そのものだった。
「な、なんという連携……」
見学していた若い士官が呻く。
「これが……王国最強の軍……」
誰もが畏怖を覚える光景。
正面から挑み、この軍を破れる存在など大陸にいるのか――そう思わせるだけの威圧感がそこにはあった。
演習場を見下ろす一人の男が、腕を組んで立っていた。
栄皇騎士団団長――ダリウス=グレイヴ。
紅蓮と翠嵐の魔力を纏い、鏡盾と迅玉の流派を極めた巨躯。
鋭い双眸と整えられた赤髪。肩越しに纏うマントは風に靡き、ただそこに立つだけで兵士たちを支配する。
彼には噂があった。
「戦場に立てば、紅蓮と迅嵐の灼熱の風で千の軍勢を燃やす」――軍神。
それは誇張ではなく、彼の武勇を知る者たちにとって常識であった。
「……よし」
厳しい眼差しを向けていたダリウスの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
これが王国の剣盾、栄皇騎士団。
どの国の軍であれ、正面から受ければ粉砕されるだろう。
その時――
「団長!」
鋭い声が演習場に響いた。
現れたのは、副団長リュシアン=ド=モルティエ。
整った顔立ちに冷たい光を宿す碧眼。白手袋をはめ、羊皮紙を携えたその姿は、貴族特有の気品と嫌味さを兼ね備えていた。
さらに、稀少な聖光魔法を操る知略の参謀としても名高い彼は、冷徹な美丈夫そのものだった。
一礼を終えると、低い声で告げる。
「報告がございます。勇者が北部に現れたとの情報です」
演習場にざわめきが走る。
ダリウスの眉がわずかに動いた。
「勇者ジークは南へ向かったはず……なぜ北部に?」
リュシアンは羊皮紙を広げ、情報が真実であると示す。
「雷は使わず、“不屈の勇者”として名を上げているとのこと。
さらに――“暁の牙”と名乗る集団が、勢力を拡大……民を扇動し、貴族の権威を踏みにじっていると報告があります。……勇者の偽物も、その一端かと」
「小鼠どもが……」
ダリウスの声は低く唸った。
視線を演習場へ戻す。炎を纏った兵、氷壁を繰り出す兵、土礫と風刃で押し返す統制された部隊。
彼の胸に冷徹な結論が下りた。
「帝国の件もある。一度、北部を徹底的に洗ういい機会だ。勇者の偽物もろとも一掃するぞ」
その瞳には、炎のような決意が宿っていた。
リュシアンは恭しく頭を垂れる。
「御意。……勘違いをした平民には、王国の名のもとに正しき裁きを」
栄皇騎士団団長――ダリウス=グレイヴ。
王国最強の軍神は、ついに北部へ向けて動き出した。




