三十、七重封印の棺、法王は嗤う
—法国大神殿 地下 最深部—
陽の届かぬ地の底。
円形の巨室一面に古代魔法文字が刻まれ、中央には荘厳な祭壇。
その上には、両手を胸で組み、安らかに眠るかのような人型の石像。
直下には七重封印の巨大な棺が、音も立てず横たわっている。
棺を囲む蒼白の五芒星が脈打つたび、空間には――神聖と怨念が混じる重圧が満ちた。
この“器”に眠るのは何者か。
理由を知る者はいない。
ただ、石像の面差しは、かつての**“雷の勇者”**を思わせた。
その前――円卓。五人の男女が席に着く。
静寂を破ったのは、上座の壮年の男だった。
レオン=ド=ヴァルモン。
整った面影は神殿騎士団長の頃のまま、だが瞳の奥はもう人の色ではない。
「……長く沈黙を守ってきたが、そろそろ状況を整理しよう」
指先が鳴る。祭壇の灯がゆらりと揺れ、床石が微かに震えた。
「四天王。我が主の復活は成った。以後の方針を定める。順に報告せよ。――まずは、朱雀」
紅のドレス、黒髪を垂らす妖艶な女が立つ。
朱雀:クラウディア=ヴェルメール
【破剣式・紅蓮魔法・暗影魔法 超級】
「法国南部、“福音の火”は点りましたわ。
孤児院の水源へ呪を流し、夜毎に起きる子らの狂乱を奇跡だと信じ直す親たち――歪んだ祈りは、よく燃える。
ねぇ、レオン。人間を壊すのって、楽しいわね?」
レオンは無表情のまま、次を促す。
「白虎」
黒い修道服、切れ長の眼の女が最短の礼をして口を開く。
白虎:クラリス=ド=グラセール
【迅玉式・蒼氷魔法・暗影魔法 超級】
「王国北部に魔獣を投入。村一つ壊滅。
ただし“暁の牙”とやらが予想外の戦術で迎撃。義賊上がりにしては士気・統率とも軍隊並。指揮系統を再解析中」
「想定以上の伸長か……。青龍」
金髪の美貌の青年が扇を開き、芝居がかった一礼。
青龍:フェルディナン=ル=マルシャン
【紅蓮魔法・翠嵐魔法・暗影魔法 超級】
「帝国中央で小規模暴動を演出……が、“帝国七神将”セリーヌ殿に三体瞬殺。
あの剣、ただの武器ではありません。精神干渉耐性が異常。
――それに顔が良い。ずるいと思いません?」
レオンのため息が石壁に吸われる。「玄武、締めろ」
長身痩躯、白衣めいた法衣の男が眼鏡を押し上げる。
玄武:オスヴァルド=バスティエ
【鏡盾式・剛岩魔法・暗影魔法 超級】
「王国南方で“神なる教会”を築いていた**《バエル》が撃破**。
しかも討ち果たしたのは――王国の勇者、ジーク」
円卓がざわめく。
「雷の力を用いたとの風聞。西聖騎士団との戦闘痕からも雷属性の残滓を検出。
ただの術師ではない。……まさか本当に**“勇者の系譜”**、などと?」
レオンは腕を組み直し、目を細める。
「勇者――我が主が忌む象徴。確認を急げ」
――その時だった。
最奥の扉が軋み、得体の知れぬ圧が流れ込む。
五人は即座に立ち膝をつき、声を揃えた。
「サタン陛下に、永遠の栄光を!」
白金の法衣――“法王”の姿で、男は現れた。
かつて慈悲の象徴だった眼差しは、今や支配と狂気に濁っている。
「……聞いていたぞ、我が忠なる配下よ」
声が空気を震わせる。
「我が名はサタン。“神”と呼ばれた虚構を破り、絶望を糧に蘇る者。
望みは一つ――魔族の世界を創造する」
男は棺の前に立ち、両手を掲げた。
祭壇の棺に刻まれた“雷”の紋が、微かに脈動する。
「人間どもは自らの欲で滅ぶ。
我は道を整え、苦を与え、絶望を育てる。
――“真なる器”が目覚める時、我は真に還る。
抵抗ゆえ復活は遅れたが……あと少しで、我が力は完全となる」
「勇者の復活など恐るるに足らず。
希望の光をすべて掻き消し、猿どもを根絶する準備を整えよ――!」
禍々しさが祭壇を渦巻き、七重封印が微かに軋む。
次回からしばらくカミナ編になります。




