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二十九、聖剣は勇者に還る

刃を納めようとした、その瞬間だった。俺の剣が“しゃらり”と震えて――柄から先が砂みたいに崩れ落ちた。

(おいおい……さすがにまともな剣、用意しないとマズいな)


その様子を見ていたカタリナが、腰の二本のうち一本をためらいなく放ってよこす。反射で受け止めて、思わず固まった。

黒革の鞘。掌にしっくりくる重み。鼻先をかすめる革と油の匂い。――懐かしい。どこかで、確かに握ったことがある。


(……なんだ、この既視感)


彼女は、祈るみたいに言葉を置いた。


「これから魔族と戦うんでしょ? なら、それはあなたが持つべき。……父上の形見、いえ――法王から南聖騎士団の団長に託される聖剣。あなたなら使いこなせる」


試しに鞘へ魔力を流す。留め金がひとりでに外れ、ひと筋の光が空気を裂いた。


(――ああ、やっぱりだ。この剣、覚えてる)


神威三聖具・神滅聖剣カムナギ。

かつて“勇者レイ”――俺の妹が、魔王を断つために振るった刃。


柄を握った瞬間、雷鳴の魔力は俺のものじゃなく聖剣の力になった。大気がふるりと震え、刃が金色の雷に染まっていく。


(この巡り合わせは偶然じゃない。――借りるぞ、レイ)


「ありがたく、使わせてもらう」


カタリナは子どもみたいに、満面の笑みを咲かせた。



その夜はフェリシアの宿で、泥のように沈んだ。

同室のグラトスが寝言で「勇者殿……魔族百体討伐……さすがですぞぉ……」とか言い出すから、枕で顔を覆って現実から目を背けたのはここだけの話。

(夢の中でまで活躍させるのはやめろ)


――明け方、鶏の声と同時に目が覚める。体の芯に残ってた疲れが、なんとか人間に戻れるくらいには抜けていた。


ほどなくして、階下から足音。扉が控えめに叩かれる。

「失礼します。イザベル侯よりの使いです」


身支度を整えて出ると、使者は恭しく一礼して告げた。

「目を覚ました司祭ディディエ殿と西聖騎士団が、事情の説明と今後の相談を望んでおります。ぜひご同席を」



イザベルの館・広間。


イザベル、回復したディディエ、そして昨夜の西聖騎士団八名が横一列に並ぶ。最初に一人、緑髪の中年が一歩前へ出た。


「……西聖騎士団第三旗《白の柊》、エティエンヌ=ド=ラングロワと申す。昨夜ここで振るった不義、そして――南聖騎士団に対する所業、深くお詫びする」


(蒼氷の回復で粘らせてた指揮役だな)


合図もないのに、八人全員が同時に膝をつく。

「南聖騎士団ならびに団長ジルベスタ=ヴェルミオン殿、そしてご息女カタリナ殿に、心より謝罪を」


カタリナは眉根を寄せ、しかし迷いなく返した。

「父上は、あなたたちが操られていると分かっていた。だから、なるべく殺さないで戦った。それが最後は仇になった。――西聖騎士団団長レオン=ド=ヴァルモン。父上の敵は、私が必ず討つ」


短い沈黙。空気が一段、重くなる。


その重さを断ち切るように、グラトスがうなって口を開いた。

「なぜ同じ国の“西”と“南”が争うことになった?」


エティエンヌは「少し長くなります」と前置きして、説明した。


法国の現状を簡潔に説明するとこうだ。


•ここ数年、法王は病で不在がち。代わりに四人の枢機卿が国務を分担。軍務は西の団長レオンが統括。


•聖騎士団の役割

 北:国境警備(強靭)

 西:首都・神殿警備(精鋭)

 東:各地巡回・魔物対処(柔軟・大所帯)

 南:異端・魔族討伐(厳格・聖光特化)


•だが数年前からレオンが変わった。西が勝手に異端狩りへ手を伸ばし、聖光を使える神官・聖女まで“魔族に乗っ取られた”と粛清対象に。 


•レオンと結託した枢機卿四人が“若返り”、人が変わったように。最近、法王も回復したが、纏う気配が以前と違う。


ディディエがこめかみを押さえ、絞り出すように語った。

「……私は“影”に身体を乗っ取られました。記憶は継ぎ接ぎで……もとは子どもに学問や魔法を教える司祭でした。ある子が“異能”で問題を起こし、それを庇って西の大神殿に呼び出され――気づけば、影に身体を明け渡していた」


(子どもを庇って呼び出し、そこから憑依コース……可哀想な奴だ)


西の一人が顔を伏せたまま、低く続ける。

「私も……気づいた時には、“金剛鏡”のカタリナを異端として追っていました……」


カタリナはこくりと頷いた。

「悪いのは魔族。暗影は耐性がないと弾きづらい。今は北と東が西の本隊を押さえてる。若返った枢機卿四人も、別働で暴れてるわ」


エリシアが紙束をぱたんと閉じ、まっすぐ言う。

「このままでは被害は拡大し、王国にも波及します。悠長にはしていられません」


「だな」


(ここで迷う時間はない)


俺は結論を口にした。

「まず北聖騎士団と合流して援護する。状況を見て東とも連携し――西の暴走を止める」


カタリナがぱっと顔を明るくする。

「“翠嵐の軍師″エリシアがいて、勇者ジークがいれば百人力よ! 父上の聖剣も託したんだから、ドカドカーンと魔族を倒すわよ! 頼んだわよ、エリシア! ジーク!」


エリシアの額に、うっすら血管。

「その二つ名はやめてくださいと、何度申し上げれば……?」

カタリナは悪びれず肩をすくめる。

「いいじゃない。金剛盾なんてゴツゴツした異名より、ずっとマシでしょ?」


(……学生時代、絶対こういうやり取りしてたよな。仲良いのは分かった)


イザベルが席を立ち、胸に手を当てる。

「勇者ジーク様、皇子グラトス様、協力してくれた皆さま。フェリシアを救ってくださり、本当にありがとうございます。私たちは畑を守り、祈りを捧げ、これからも王国の力になります。――勇者とその仲間たちに、女神の加護があらんことを……」


出立の支度


館を出て、俺はグラトスに向き直る。

「術皇騎士団は王都へ報告だ。俺たちはしばらく法国に潜る。今まで助かった、ありがとな」


「むむ……某も行きますぞ!」

「ダメです。王の弟が姿を消したら政が止まります」――エリシアが一刀両断。

それでもグラトスは引かない。胸を張って、目だけは真剣だ。

「覚悟はできております! 生まれた時から伝説を聞かされ、勇者に憧れてきたのです! 五百年ぶりの勇者ですぞ、今を逃してなるものか!」


(王アルトリウスが、こいつを即断で俺に付けた理由……少し分かった気がする)


結局――“グラトスは同行”、 “三騎士は王都へ戻って報告と手配”。落としどころはそこになった。


バルドが胸甲をどんと叩く。

「報告を終え次第、術皇騎士団を動かしてすぐ合流します」

ローレンは踵を返してビシッと敬礼。

マルセルは……ワイン瓶をそっと背に隠して頷いた。(そうだ、今はしまっとけ)


ふと、――レイの身体で蘇った“魔王”――が脳裏をよぎる。視線が自然とカムナギへ落ちた。

鞘が“ことり”と開き、刃が脈動。次の瞬間、はるか彼方――大神殿の方角へ、流れ星みたいな閃光が走って消えた。

ほんの一瞬。けれど、世界のどこかに“勇者は在る”と刻印したような、そんな感覚があった。


カタリナが拳を握る。

「なに今の……! やっぱりこの聖剣を託したのは間違いじゃなかった! ちなみに、返すのは……レオン、いいえ魔王の首と一緒でいいから!」


エリシアが顔を上げ、短く息を整える。

「行きましょう。早く到着する程、助かる命は増えます」


グラトスが胸を張って高らかに宣言。

「勇者殿との魔王討伐、某が正史として後世に残しますぞ!」


(レイみたいに絵本は勘弁な。重すぎる……)


――こうして俺たちは、フェリシアを後にして法国へ向かった。

“影”に取り憑かれた四人の枢機卿、変貌した法王、そしてレオン=ド=ヴァルモン。

借り物の聖剣は、確かな鼓動で俺の掌を温め続けている。



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