二十二、術皇騎士団の目覚め
西部交易路、山奥の黒鷲紅牙団アジト。
本来なら偽の情報で集まった所を奇襲。
合唱魔法で一網打尽――のはずだった。
……が、現実は甘くない。
「来たわね、勇者ども……」
紅髪を翻し、シェラは冷ややかに笑った。
「あの首を取った者には金貨を山ほど与えるわ! 相手は王都の落ちこぼれ騎士団、烏合の衆にすぎない……さぁ、潰してしまえ!」
その声が角笛の轟きと重なった。
山々に反響する合図とともに、黒い旗と赤い牙の紋章を掲げた盗賊たちが岩肌から雪崩のように溢れ出す。
八百。
対するこちらは五百。
「なんで俺の兜に葡萄が詰まってんだ!?」
「おい! メイス逆さに持ってどうすんだ!アイスキャンディーじゃねぇぞ!
「ワイン飲み過ぎたか……幻影がみえる……」
――士気ゼロ。
奇襲どころか、開幕で総崩れ。
(待ち伏せかよ。しかも情報ダダ漏れ。……ロイド、やっぱ俺に“英雄役”やらせたいだけだな)
そして――術皇騎士団の交戦は、瞬く間に地獄絵図と化した。
前列の一人が慌てて腰の袋を敵へ投げつける。
爆薬か? と思いきや――中身は葡萄。
「ひぃぃっ! や、野盗ども! これ食え! これで許せ!」
ぶどうの雨が戦場に散らばる。
市場の振る舞い品かよ。
さらに別の団員。
メイスを振り下ろそうとして、手を滑らせ――自分の足に直撃。
「ぎゃあああああッ!? 足が! 足がぁぁぁ!」
……敵よりも先に自滅してどうする。
極めつけは後方の奴。
両手を上げ、やけに丁寧な発声で叫んだ。
「ま、待ってください! これは高級ワインでございます! 年代物! 一本いかがですかぁぁっ!?」
完全に土産物の押し売りである。
命乞いとセールスの区別もついていないらしい。
(……これが“王国の誇り”を背負う魔導騎士団? 笑わせる。耳に響くのは合唱じゃない――もはや合掌の準備に取り掛かってる)
⸻
「退けーっ! 退けーっ! 陣を立て直すのでありますぞーっ!」
戦場に響くのは、でっぷり貴族坊ちゃん――術皇騎士団団長、グラトスの絶叫。
金箔まで施された豪華すぎる鎧は太陽を反射してギラギラ。
敵より味方の団長の方が目立つ戦場ってなんだよ。
「おいグラトス! そのピカピカ鎧で逃げ口上はやめろ!」
「だ、だって予定と違うではありませんかぁ! 奇襲して合唱魔法でドーン! のはずが、いきなり待ち伏せですぞ!?」
「だからって尻尾巻くな!」
「体勢を立て直さねば……! 魔法はともかく、我らは武術が苦手なんですぞぉぉ! あ、ああ勇者殿! ここで死んだら私まだ“勇者伝説夜話・第二巻”の途中までしか読んでませんのにぃぃ!」
(命より読書の続きが大事かよ……)
俺はため息をつき、剣を握り直した。
⸻
「いいから黙って剣を握れ!」
地を蹴った瞬間、空気が震える。
稲光が迸り、雷鳴が戦場に轟いた。
「――我が血潮に宿るは天雷。
その牙は嵐を裂き、その咆哮は大地を震わす。
いざ――我が剣と共に走れ!」
詠唱と共に白刃へ雷が収束する。
眩い光が戦場を照らし――俺は叫ぶ。
「雷帝穿光刃ッ!!」
蒼白の奔流が前方へ走り、盗賊の先頭をまとめて薙ぎ払った。
地面は黒焦げに裂け、砂煙が巻き上がる。
「うわぁぁっ!?」「ぎゃっ!」
数十名が吹き飛び、前列は瓦解。
戦場が、一瞬、止まった。
呻き声だけが残る。
「……あれが……勇者……」
その一言が、火種になった。
「勇者だ……! 本物の!」
騎士団の若手が武器を握り直す。
士気が、わずかに――だが確かに戻った。
⸻
「す、すげぇ……! 俺もやれるかもしれねぇ!」
一人の声に、団長グラトスが腹を揺らして前に出る。
ギラギラ鎧はガチャガチャ、腹はギシギシ。
……なのに目だけは真剣だった。
「諸君ッ! 勇者殿の背を見よ!
出涸らしと呼ばれた我ら術皇騎士団――今こそ誇りを取り戻すのですぞーっ!」
その声に、動き出す者がいた。
「……俺、葡萄投げてる場合じゃねぇ!」
さっき敵に葡萄を投げてた奴が剣を構え直す。
「勇者殿に負けられるかぁ!」
メイスを足に落とした奴が、涙目で立ち上がる。
「死に際の最後のワイン……飲むんじゃなくて……詠唱する時だよな!」
命乞いにワインを差し出そうとしていた奴が、真っ赤な顔で詠唱を始めた。
半信半疑だった連中の目に、火が灯る。
(……へぇ。意外と鼓舞するセンスあるじゃねぇか、団長)
⸻
「諸君、私に続けぇぇぇいっ!」
グラトスが両腕を掲げる。
大げさな身振り、劇場俳優みたいな声。
腹の贅肉まで揺れてるのに……妙に迫力があった。
「紅蓮よ! この盗賊どもと勇者殿の間に、絶対の障壁を築けぇぇぇッ!」
轟音。
彼の足元から炎が噴き上がり、五メートルの火壁が形成される。
熱風が戦場を舐め、敵も味方も思わず目を細めた。
(……なんだよこいつ。ギャグみたいな詠唱なのに、魔法は本物だ!)
「全員ッ! 合唱開始ィィィィッ!!」
五百人の声が重なった。
それはもはや軍歌のように空気を震わせる。
燃ゆるも凍るも 風岩の
集える魔力ぞ 頼みなる
集える魔力ぞ 王国の
四方の賊徒を 討ち果たせ
炎、氷、風、土――四大属性が編み込まれ、天空に巨大な魔法陣が浮かぶ。
直後ーー
ドオォォォォン――ッ!
大地が震え、空が裂けた。
火柱が敵陣を呑み、氷槍が突き出し、風刃が切り裂き、巨岩が雨のように降る。
雷光を纏った俺の斬撃と共鳴し、戦場は白に染まった。
押し寄せていた黒鷲紅牙団の大軍が、一気に吹き飛ぶ。
焼け、凍り、裂かれ、潰され――戦場そのものが地獄に変わった。
「ぬ、ぬおおおおっ! これぞ我ら術皇騎士団の真の力ぁぁぁ!!!」
グラトスの叫びが響く。
金箔の鎧は相変わらずギラギラなのに、今は誰も笑わなかった。
(マジかよ……。ダメ貴族集団かと思ったら、こいつら鍛えれば本物になる……!)
稲光の剣を振り抜きながら、俺は心の底から震えていた。
腐っていた五百人の騎士団は――グラトスを中心に確かに、“軍”として目を覚ましたのだ。




