二十、勇者と王、握手の裏側
王城・執務室
「では――王国の派閥についてご説明します」
エリシアが机の上に資料を広げ、背筋を伸ばした。その仕草がやけに板についていて、どう見ても先生が授業を始める時のそれだ。
(……うん、これ絶対小テストあるやつだろ)
そんな俺の不安をよそに、彼女はきっちり淡々と語り始めた。
「まず一つ目は――王党派。現王アルトリウス陛下と、騎士団長ダリウスが率いる栄皇騎士団を中心とする派閥です。強欲な貴族や取り巻きが集い、権力を独占しています。表向きは”若き豪快な王”として民衆人気を集めていますが……裏では、前王暗殺の黒幕とも囁かれております」
(開幕から物騒すぎんだろ。推理小説の犯人発表かよ)
「二つ目は――宰相派。宰相ロイド閣下を中心とする文官勢力です。数は多くありませんが、腐敗を正そうとする改革派であり、知略に長けた者たちが揃っています。ただし、かつて協力関係にあった”教会派”は法国へ戻り、現在は離脱。結果として孤立気味です」
隣でロイドが小さく「うむ」と頷く。完全に先生が「その通りだ」と板書を眺めてる時の顔だった。
「三つ目は――旧王派。前王に連なる者たちの残党です。表立った力は弱いですが、法国や帝国と水面下で繋がっている疑いが濃厚です。暗殺や陰謀を好み、最も読みにくい勢力といえるでしょう」
「暗殺……そういうのが一番タチ悪ぃんだよな」
思わずぼそっと言うと、エリシアは「仰る通りです」と即答した。
「最後に――地方侯爵家です。東西南北を治める大侯爵たちで、独自の軍事力と経済力を持っています。いずれにつくかで情勢は激変しますが、現在は中立、あるいは日和見と見るべきでしょう」
そこで、エリシアはほんのわずかに間を置いた。
「……ちなみに私の父、アルフォンス・エクス・ヴェルデン侯もその一人で、海洋都市ヴェルデンを治めております」
ロイドが静かに補足する。
「アルフォンス侯は、知において抜きん出ている。最大の港を擁し、この大陸でも最大級の人口、富、物資を抱えるヴェルデンは、もはや一つの小国ともいえる規模だ」
(ロイドがここまで褒めるなら、よほどの人物なんだろうな。……その娘が、王都で政務官をやってるってわけか)
そのあとも、北の城塞都市バストリアを治める侯爵、西の山岳都市マリオンの侯爵、南の農業都市フェリシアの侯爵について説明は続いた。だが、正直そこから先はあまり頭に入ってこなかった。
それを最後に、エリシアは資料を揃え、きっちりと重ねて机に置いた。完全に講義終了の空気だった。
(……はい、明日小テストで”侯爵派四家の名前を答えよ”とか出るやつだな。間違いない)
俺は心の中で深くため息をついた。だが確かに、王国の裏事情が少しずつ見えてきた。
三つの派閥と四つの地方侯爵。それぞれ思惑が違い、利害が噛み合わない。
(……カミナが聞いたら「みんなぶっ倒せばいいだろ」って言いそうだな)
そうじゃないところが、王都での戦い方だ。
⸻
次にロイドが、古びた書簡を机に置き、西部の地図を指で叩いた。その表情は相変わらず柔和なのに、目だけは冷たく光っている。
「……まずは、ジーク君に”勇者”の力を示してもらう必要がある。民衆に、だ」
「民衆にアピールねぇ……派手にやれってことか?」
「そうだ。最近、黒鷲旅団が紅牙連盟を飲み込み”黒鷲紅牙団”と名乗っている。千前後の規模、西部の山岳を拠点に交易路を襲い、奴隷売買や武器密輸を行っている」
「黒鷲に攫われ、紅牙に喰われる」
エリシアが静かに呟く。その声音にはわずかな嫌悪が滲んでいた。
ロイドは頷いて続ける。
「本来なら西部侯爵の責任だ。だが……侯爵は裏で上納金を受け取り、見て見ぬふり。さらにダリウス将軍も動かない。王党派の貴族たちが裏で利益を得ているからだ」
「なるほど……。つまり”王国軍”は動かん、ってわけか」
「その通り。要請は出すが……せいぜい術皇騎士団くらいだろう」
(術皇騎士団……ラスボス感ある名前だが、ジルヴァンが言ってた奴らだよな。名前負けも大概にしろよ……)
ロイドは軽く肩をすくめ、言葉を締める。
「だからこそ、勇者ジーク。君が前面に立ち、討伐するべきだ。民衆の前で力を示せば、王党派も無視できなくなる。……ジルヴァンに頼めば”暁の牙”も裏で協力するだろう」
エリシアもきっぱりと補足した。
「黒鷲紅牙団は、王国にとって国家レベルの脅威です。倒せば、あなたは間違いなく民衆の英雄になります」
「……なるほどな。腐った貴族も騎士団も放置プレイ。なら――俺たちがやるしかねぇ」
暁の牙との共同作戦と聞いて、自然と口元が笑った。カミナたちと一緒に動ける。腕が鳴る。
⸻
王の間・夜
謁見を終えた広間。すでに人払いは済んでいた。
王アルトリウスと騎士団長ダリウスが向かい合っていた。昼間の豪快な笑声はどこにもない。二人の間には、刃のように冷えた空気だけがあった。
「……あの若造、ロイド閣下の改革派に取り込まれたようですな」
ダリウスの声は低く、硬い。
「ふむ」
王は短く応じ、肘掛けに頬杖をついた。
「この王国の騎士団長として聞こう。勇者の見立てはどうだ?」
「あの若さであの気配。魔力も底が知れない。――相当できます。確かに、“勇者”と呼ぶに足る力を持っているように見えました」
一拍。
「……しかし、不可解です。あれほどの逸材が、なぜ今まで埋もれていたのか。本来なら、とっくに貴族に取り立てられていておかしくない」
ダリウスは目を細める。
「考えられるとすれば一つ。最初からロイド閣下が目をつけ、意図的に隠して育てていた――それくらいでなければ、あの素質を隠し切れるとは思えません」
「なるほど。叔父上に、まんまと一手先を打たれていたわけか」
王は顎に手を当て、わずかに笑った。
「ロイド閣下は理想に寄りすぎておられる」
ダリウスは続ける。感情は抑えている。だが、言葉の切っ先は鋭かった。
「愚民は愚民のままでいいのです。隙を与えれば力をつけ、いずれ歯向かってくる。魔法を扱えぬ平民など、犬畜生と同じ。何故権限など与えたのですか。勇者などという過去の遺物、もはや不要でしょう」
「はは、真面目だなダリウス。そういう物言いは酒の席じゃ嫌われるぞ」
アルトリウスは愉快そうに笑い飛ばした。だが、その瞳は冴えた光を帯びていた。
「――言いたいことは分かる。だが泳がせておけ。あの帝国のヴォルグを返り討ちにしたというではないか。法国や帝国に引き抜かれたら厄介だ。ならば王国に縛りつけ、精々利用させてもらう」
「……なるほど。確かに」
「それにな」
王はにやりと笑う。
「法国では瘴気の影が蠢いているらしい。勇者には勇者らしく、魔族退治でも命じておこうか。王国の名の下にな」
その笑みは豪快だった。野心すら、その豪快さの中に隠そうとしない。
ダリウスはわずかに目を伏せた。
「……お考えは理解しました。勇者もまた、王国の剣として使うべきでしょう」
そう言い残し、一礼して静かに踵を返す。
広間に残ったのは、王の笑みと、利用できるものはすべて利用するという打算だった。




