二十一、千の盗賊と五百の愚者
王都ルクス=アークと西部山岳都市マリオンを結ぶ交易路。その途中の山奥に――黒鷲紅牙団の巣窟があった。
昼間でも陽が差さないアジトの一角で、ヴァルガは荒くれ者どもを従え、粗末な地図を広げていた。
そこに流れてきたのは、やけに〝甘い噂″だ。
「今度、西部で大規模な式典があるらしい。そのために王都から、財宝を積んだ荷馬車が運ばれるってな」
その一言に、場の空気がざわめく。
赤髪の女――シェラ・ルージュファングが、唇の端を釣り上げて囁いた。
「好機ね、ヴァルガ。財宝はもちろん、それ以上に“見せしめ”になるわ」
「だが、騎士団の護衛は必ずつく」
ヴァルガが低く唸ると、シェラは狼牙の首飾りを指で弄び、にやりと笑った。
「西部のアグリオ伯爵に話を通せばいいのよ。あの腐った貴族、金さえ渡せば目も耳も塞ぐわ」
ヴァルガはしばし黙し、やがて鼻で笑った。
「……フン。なら、やる価値はあるか」
彼の目は、獲物を射抜く猛禽そのものだった。
「俺は街に潜む。シェラ、お前は交易路のアジトから荷馬車を襲え。両側から挟み込んで混乱させるんだ」
シェラは短剣をくるくると回し、艶やかに笑った。
「了解。挟み撃ちなら、獲物は逃げられない」
ヴァルガは地図を睨んだまま、ふと呟く。
「……またお前の部下が勝手に宝石を懐に入れたりはしないだろうな」
シェラは肩をすくめ、軽い調子で返す。
「心配ご無用。今回は“指輪一つ隠したら、指ごと返してもらう”って言ってあるもの」
ヴァルガは低く鼻を鳴らした。
「物騒な躾だ」
「盗賊に道徳を説くより、指を数えさせる方が早いわ」
その言葉に、一瞬だけ笑みが交わされた。
だが、それは同盟者のそれではない。
互いに獲物を狙う獣が、牙を見せ合ったに過ぎなかった。
そして――黒鷲紅牙団。
その全兵力を動員する大規模な襲撃作戦が決まった。
黒い鷲の旗と赤い牙の紋章が、山岳の夜風に不気味に揺れ、やがて嵐を呼ぶかのように翻っていた。
黒鷲紅牙団討伐の日
王都・西門 出陣前
……やれやれ。
ロイドに言われるがまま来てみたが、正直俺の目の前に広がる光景は、予想通り「王国の精鋭部隊」じゃなかった。
広場にずらりと並ぶ五百人。
銀の鎧に赤いマント――一見すれば立派だ。
だが実態は……完全にサボり癖のついた貴族坊ちゃん集団。
隊列はバラバラ、兜を脱いで欠伸する奴、ワインを飲んでいる奴や、終いには地面に腰を下ろして葡萄を食ってる奴までいる。
(……おいおい。これで盗賊団、千人規模の相手に挑めって?冗談だろロイド……)
俺が顔をしかめていると、前列から異様に豪華な鎧がドスドスと歩いてきた。
丸い。でっぷりとした体格。短い足に二重あご。まるで「金箔付きの豚の置物」だ。
「初めましてぇぇっ!」
甲高い声を張り上げて、そいつは俺に敬礼してきた。
「某は術皇騎士団、団長のグラトスと申します!
おおお……ついにお会いできた!“雷の勇者”ジーク殿!感動であります!ふひひっ!」
……近い。息が熱い。てか、なんで目がウルウルしてんだこの人。
「そ、そうか……お前が団長か」
「はい!術皇騎士団五百名、総員揃っております!全員“魔導騎士”でありますぞ!合唱魔法をもってすれば、どんな敵も無敵であります!」
胸を張ってドヤ顔するグラトス。
だが後ろを見れば、部下どもは鎧の下にワイン隠して飲んでるし、合唱どころか今にも合唱コンクールをサボりそうな顔してる。
(無敵ねぇ……。むしろ“無責任”にしか見えねぇぞ)
俺は額を押さえつつ、ため息をひとつ。
「千人規模の盗賊相手に、五百人のクズ集団かよ……マジかよ」
思わずぼそっと漏らすと、グラトスはそれを否定するでもなく、にこにこ笑って言った。
「ははっ!ご安心を!勇者殿がおられる!我らは後ろで歌うだけでも十分でありますぞ!」
(歌うだけって何だよ。合唱魔法のことか?いや、それにしたってこんなやる気のない様子じゃ結果でねぇだろ……)
……まあいい。
ロイドの狙いは分かってる。“勇者が民衆の前で力を示すこと”。
なら、俺は俺でやるだけだ。
大通りに角笛の音が鳴り響く。
俺と腐った五百人の騎士団。奇妙すぎる組み合わせの行軍が、今まさに始まろうとしていた。




