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十九、勇者と王、情熱の握手

王都ルクス=アーク


 エリシアが宿に迎えに来るまで時間があったので、俺は王都全景が見渡せる高台に立っていた。


 久しぶりの王都は――思ったよりも変わってはいないように見えるが……

 空を突く尖塔、巨大な石壁。広い通りを馬車と商人が行き交い、絹服をまとった貴族どもが護衛を引き連れて歩いている。


 けれど、路地裏を覗けばそこはスラム街。

 薄汚れた子供が空腹に耐え、老人が物乞いをしていた。


 豪華さと貧しさ。光と影が、皮肉なくらい隣り合っている。


「……まあ、五百年も経てばそりゃ変わるか」


 苦笑しながらつぶやく。

 俺が生きていた頃には、こんな惨状はなかった。昔通った武器屋も食堂も、全部なくなっていた。


 けれど――


「あの広場は、変わってないな……」


 妹と一緒に剣を振った広場。

 小さな背中が必死に木剣を振るう姿が、今も目に焼き付いて離れない。


 胸いっぱいに空気を吸い込む。だが、胸の奥のざわつきはどうにも収まらなかった。


(ここが今じゃ……腐った世界の中心か)



◆ 王との謁見


 玉座の間の前廊下。

 両脇に立つ騎士たちが、無表情でこちらをじろりと見る。


「ちわっす、ご苦労さん」


 軽く声をかけてみたが――完全スルー。


(おいおい、無視はねぇだろ。こっちはお前らのご主人様に呼ばれて来てんのに)


 心の中で悪態をついていると、扉の奥から声が響いた。


「ミルテ村のジーク、中へ入れ!」


 一人で入れって言われるかと思ったら、エリシアも同行らしい。少し安心した俺に、彼女がささやいた。


「王はとても豪胆な方です。きっと気に入られると思いますよ。……多少の無礼は笑って流してくださるはずです」


 声は淡々としているが、裏の意味は「油断すんな」だろう。


(やっぱ、こいつは抜け目ないな)


「あぁ……挨拶くらい、ちゃんとやってやるさ!」


 そう言って、気合を入れて大扉をくぐった。



 玉座の間は、広すぎる空間だった。

 天井の高さは圧迫感すら与え、壁には巨大なタペストリー――かつての勇者と魔王の戦いが描かれている。


 そして、玉座の背後に掲げられた白銀の盾。


(……神威三聖具・神護聖盾アマテリア……あれは、レオニスの……)


 そう思った矢先、玉座の男が声を発した。


「よく来たな、勇者ジークよ」


 若き王、アルトリウス=フォン=アーク。

 声は落ち着いている――だが、ほんの少し裏返った。


(……あ、この人……中学時代のカミナと同類だ。波長合うタイプだな)


 王は真っ直ぐ俺を見据え、芝居がかった声で言い放つ。


「帝国を退けた“雷の勇者”よ。

 貴殿に、我が国の最高権限と“勇者”の称号を与えよう」


(……来たな)


 思わず口元が緩む。


「了解だ。俺は“雷”の力で、〝革命“を起こし、この腐った世界を変える。……アンタの力も借りてやるぜ、王様!」


「ふははははっ! 良いぞ! 我らは共に、新たな時代を築こうではないか!」


 ガシィッ! と握手。

 ……その熱量は周囲がドン引きするほどだった。

 手がミシミシと鳴るくらい強く握り合い、なぜか目を逸らさず笑い合う俺と王。


 横で控えるエリシアや文官、騎士たちは、完全に「何この人たち……」という顔だった。


 だが、この瞬間――互いに笑い合いながらも、胸の奥ではまったく別の思惑を燃やしていた。


(聞いてた印象とは違うか……。だが王の力は利用させてもらう。俺達の夢を進める踏み台としてな)



◆ 政務官と将軍たち


「……ジーク様。いい加減になさいませ」


 冷ややかな声が飛んできた。

 玉座の横に控える金髪碧眼の少女――侯爵令嬢、エリシア=エクス=ヴェルデン。


「本日より、あなたの補佐を務めさせていただきます。お役に立てることがあれば、何なりと」


 冷静な口調。しかしその奥に、かすかな期待が見えた。


「よろしく頼む。……期待してるぜ、エリシア」


 差し出した手に、彼女は一瞬だけ微笑み――すぐに冷たい表情へ戻った。



 次に姿を現したのは、宰相ロイド=フォン=アーク。


 自己紹介をすると、古びた地図を指でなぞりながら、落ち着いた声で三国分立の成り立ちを語った。

 法国の設立、帝国の分離。弱体化した王国。

 全てを話し終えると、俺に向かって柔らかく笑う。


「だからこそ、私は願う。……王国が再び立ち上がるためには、君のような新しい力が必要なのだ」


 ――表向きは優しい言葉。

 だが、その裏には鋭い計算が透けて見えた。



 最後に現れたのは、王国騎士団長。


「ダリウス=グレイヴだ」


 短い言葉と真っ直ぐな眼差し。

 鉄壁の巨人は、俺を警戒するように見据えた。


「勇者の力は認める。だが――油断はするな」


 言葉は少なくとも、その迫力だけで十分伝わる。


(……ジルヴァンの言ってた“保守派の柱”ってのは、こいつのことか)



 こうして王、宰相、将軍。

 三者三様の人間に挨拶を済ませ――俺の行動を監督するのは宰相ロイド、という流れになった。



◆ 部屋にて


 謁見を終えた俺は、エリシアに案内され、自分の部屋へと通された。


 ……俺にはもったいないくらい豪華な部屋だ。

 バルコニーに出ると、高台と同じように景色が広がっている。


 煌びやかな街並み、その向こうのスラム。

 さらに遠くには、俺が育った村へと続く街道が細く伸びていた。


 振り返れば、夕日に照らされた城が威圧感を放っている。


「さて……ここからが本番ですね」


 隣のエリシアが、静かに言った。


「ああ――この世界を、俺とカミナが変える」


 魔法でも、武力でもない。

 俺たちがやるのは、人を動かす“改革”。


 王都全体を見下ろし、俺はゆっくりと城へ視線を戻した。


 ――俺の表の革命は、今、始まる。


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