十七、別れと約束
ミルテ村の朝。
村の空はやけに澄んでいて、いつもより遠くまで見渡せた。
俺は荷を整え、部屋を片付けてから、村人たちに別れを告げた。
「どこに行っても通用するさ」
「村に収まる器じゃない」
誰も引き止めはしない。ただ背中を押す言葉だけが残った。
……ありがたい。胸にじんわりと熱がこみ上げる。
やがて王都からの馬車が村に入ってきた。
見送りに立ってくれたのは、父さん、母さん、セリオス、そしてカミナだった。
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父さんは腕を組んで、少し照れ臭そうに笑った。
「……しばらく会えないから言うが、魔法を隠してたのは正直ショックだったぞ。親の俺にも黙ってるなんてな」
「ごめん、父さん」
俺は頭を下げた。
「だが……お前はなにごとも器用にこなす。紛れもない天才だ。選ばれし勇者ってやつは、そういうもんなんだろう。心配はしていない。――王都で暴れてこい!」
父さんらしい、不器用で真っ直ぐな言葉に胸が熱くなる。
母さんも微笑んで言った。
「……赤ん坊の頃から泣かない子だったから、心配したのよ。でも今では……こんなに大きくなって……」
そこまで言って、母さんの声が震えた。
俺も泣きそうになる。転生したとしても、この人は紛れもなく“母”だ。その事実に揺らぎはない。
「大丈夫だよ。首都まで飛ばせば馬で二日だ。休みがあれば、またすぐ帰ってくるさ」
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セリオスとは固く握手を交わした。
「寂しくなるな。……カミナのことは任せろ。勇者と共に活動できたこと、誇りに思う。王都での活躍を祈ってる」
「ありがとう。俺も……セリオスみたいな温かくて優秀な人間になれるよう、頑張る」
別れの言葉にしては、俺もセリオスも、妙に男臭くて真面目すぎる。
でも、それでいい。
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そして、カミナ。
言葉はいらなかった。
俺とカミナはただ、拳を突き合わせた。
ゴン、と鈍い音が鳴り、胸に熱が広がる。
「……なぁ、ジーク」
カミナが少し視線を外しながら言った。
「この国を立て直したらさ……二人で大陸中を旅して回ろうぜ」
「大陸中?」
「あぁ。北にはエルフの森、西には獣人の国。東の海の果てには……俺たちの日本に似た国があるらしい。
世界は広い。王国や帝国なんて、ちっぽけなもんだ。……全部、自分の目で確かめてみたくねぇか?」
子供の頃の夢を語るみたいな顔で、でもどこか大人びた笑みで。
それは、俺の知らない“未来を見据えたカミナ”だった。
俺は苦笑しつつも、その夢をしっかり胸に刻んだ。
「……いいな、それ。絶対行こう。どんなに遠くても、俺とお前なら辿り着ける」
「約束だぞ!」
カミナが拳をもう一度ぶつけてきた。
その音は小さかったけれど、俺には――未来への号砲みたいに聞こえた。
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馬車が動き出す。
見送る家族と仲間たちの姿が、少しずつ遠ざかっていく。
(行ってくるよ、カミナ……みんな……)
夕日に照らされた街道の向こうで、俺の新しい物語が始まろうとしていた。




