十五、分かれ道
カミナ視点です。
暁の牙に入って半年。
ジークと一緒に、貴族の屋敷をぶっ壊したり、徴税の荷馬車を襲ったり、借金まみれの村を救ったり――やってることは、どう見ても義賊だ。
僕的には「ざまぁみろクソ貴族!」ってスカッと感もあるけど、いちばんの理由は、救われた村の人たちが笑ってくれるからだ。胸の奥がじんわり熱くなる。
……正直、あの感じが心地よくて、続けてる。
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夜。バストリアの酒場の二階。
ジルヴァンに呼ばれて行ってみると、ジークと僕、それに父さんが揃っていた。空気がやけに張りつめている。
ジルヴァンが口を開く。
「……エリシア、来てもらえるか」
部屋の隅のフードの人物が立ち上がる。
フードを外したのは――眼鏡の綺麗なお姉さん。背筋ぴん、声も冷たく、いかにも「貴族です」って仕上がりだ。
「……エリシア・エクス・ヴェルデンです。以後、お見知りおきを」
(は? ヴェルデン? あの東の大領主の娘!)
父さんまで目を見開いている。なんでそんなお嬢様がここに?
気づいたら、僕の口が勝手に動いていた。
「そんな貴族のお嬢様が、なんで暁の牙にいるんだ?」
ジークが苦笑いで僕を見る。けど、こういうのは直球で聞いた方がいい。
エリシアはいったんジルヴァンに視線を送り、彼の「大丈夫だ」という頷きを確認してから、まっすぐ僕らを見る。
「……他言無用で願います」
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そこから語られたのは――信じがたい話だった。
ジルヴァンと宰相ロイドは繋がっていること。
貴族の頂点に立つロイドが、腐敗した王国を正そうとしていること。
そして、ジークの名。
「……雷の勇者」
空気が変わった。
エリシアの冷たい瞳が、真っ直ぐにジークを射抜く。
「北方の村で“雷の力”を振るう少年がいる――そう噂になっています。……あなたのことです、ジーク様」
様? ジークに“様”?
僕は呼吸のリズムが崩れるのを感じた。蚊帳の外に置かれたみたいで、思わず奥歯を噛む。
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ジークはエリシアの話を聞きながら、さすがに戸惑っていた。
当然だ。僕だって、貴族の内情を急に聞かされて混乱している。
でも――
なんで「勇者」って言葉が、ジークだけに向くんだ?
雷の魔法が凄いのは、百も承知。
だけど、僕だって一緒に戦ってきた。
僕だって村を守ってきた。
僕だって――強くなろうとしてるんだ。
やがて、エリシアの口から「魔族」の言葉が出た瞬間、ジークの様子が変わった。
あのジークが、見たことのない顔で、わずかに震えている。
魔族って、そんなにやばい連中なのか? ……それでも、僕とジークでやれば大丈夫。どんな敵でも倒してやる。
気づけば、また口が先に出ていた。
「おい、ジークだけってのは不公平だろ。僕だってジークと一緒に――貴族だけじゃない。魔族や魔王ってのも、ぶっ倒してやる」
それは、心の底から零れた僕そのものの言葉だった。
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エリシアが僕を一瞥する。
その瞳は冷たく――「黙っていなさい」と言っているように見えた。
そしてほんの一瞬、驚いた色が走る。
まるで「なぜただの平民がそんなことを言えるの?」って表情。
(……僕じゃダメかよ。僕は、ジークの隣に立っちゃいけないのかよ)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
痛みは小さいのに、変に長く残るタイプのやつだ。
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その夜。
僕たちの前に現れた女――エリシア・エクス・ヴェルデン。
彼女の言葉が、ジークを“勇者”として王国へ招き、そして僕とジークを“分かれ道”へと追いやることになるなんて――この時の僕は、まだ夢にも思っていなかったんだ。




