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消える女

作者: 通りすがり

自宅の最寄駅近くにある居酒屋でバイトを始めることにした大学生の智生。

そのバイト初日の帰り道でのことだった。

バイトが終わって店を出たのは23時、智生は自宅に向けて一人歩き始めた。自宅までは徒歩で15分ほどの距離だ。

自宅近くには片側2車線の大きな道路がある。

昼間はわりと交通量の多い道路だが、夜になると交通量は減って車の通行はほとんどない。

自宅に帰るためにはその道路を渡る必要があった。

智生が横断歩道まで来るとちょうど歩行者側の信号が赤に変わったために立ち止まった。

バイト初日で緊張もあり疲れていた智生は、車の通りがまったくない道を何を見るでもなくただ眺めていた。すると100mほど離れたところにある横断歩道で、こちらとは反対側の歩道に信号待ちをしている人がいることに気がついた。

距離があるうえ周囲が暗いためあまりよくは見えないが、腰まで伸びた長い髪に白いシャツと黒っぽい色のジーパンを着けた若い女性のようだった。

この辺りは駅前を少し離れると住宅しかなく、夜中になると人通りがなくなるため、女性の一人歩きは不用心極まりない。

気になって女性を見ていると、遠くから車のヘッドライトと思われる光が女性が立つ側の車線をこちらに向けて近づいてくるのが見える。

その車は遠目にもかなりのスピードが出ているように見えるが、車側の信号が青のためいっさい減速することなく近づいてくる。

車が女性の前を通り過ぎようとする間際、何を思ったのか急に女性がその車に向かうように車道へと歩き出した。

智生は突然のことで「あっ」と声を出すことしかできなかった。次の瞬間に聞こえてくるであろうブレーキ音と衝突音に対して身構えていたが、車と接触したように見えた瞬間に女性の身体は文字通りかき消すように消えてしまった。車はそのまま何事もなく走り続け智生の前を通り過ぎて行った。運転していた男性がちょうど目に入ったが、ただ前を見てハンドルを握る姿からは今起こっていたことには何も気づいていないようだった。

彼方へと赤いテールランプの残像を残しながら遠ざかっていく車を呆然と見送ったあとに我に返った智生は、車が通り過ぎた辺りを見てまわった。だが女性が道に倒れているようなこともなく、先ほど女性が立っていた場所にもやはり誰もいない。

周囲を見渡してみたが女性の姿はどこにもいなかった。

ただ、女性が立っていたあたりの歩道のガードレールの下には枯れた花束が置かれていた。

それを見た瞬間、もしかしたらあの女性は幽霊だったのだろうかと思った。智生は急にこの場に一人でいることが怖くなり、夜道を全力で走り出していた。


自宅に着いた後に調べてみると、一月ほど前に先ほど女性を見た辺りで車の事故があり、運転手が亡くなったというニュースを見つけることができた。だが、その亡くなった運転手は女性ではなく40代の男性だった。どうやらあの花束はその男性のためのもののようだ。それ以外に女性が亡くなったというような情報は見つけられなかった。

智生はそれ以来、バイトの帰りには必ずその信号で女性を見た。そして車に当たって消えることを繰り返していた。

稀に智生以外にも信号待ちをしている人がいることもあったが、女性の存在に気づく様子はない。どうも女性は智生以外には見えていないようだった。

あの不可解な行動...幽霊だとしても何らかの理由や意図があるとしか思えなかった。元来好奇心が旺盛な智生は、いつの間にか恐怖心より好奇心の方が上回っていた。


だんだんとその状況に慣れてきたある日、その日もバイトだった智生は、23時にバイト先を出ると自宅に向かい歩きはじめた。その日も女性はいつもと同じ場所に静かに佇んでいる。もはやそれは見慣れた風景だった。しばらくすると車が近づいてきて、そして通り過ぎると同時に女性が消える。

いつも通りのはずだったが、その日に限り智生は何か違和感のようなものを感じていた。

その車には最初運転席に男性が一人だけしか乗っていないように見えた。だか女性がいる場所を通り過ぎてこちらに近づいてくるときには、車の助手席に誰かが乗っているのが見えた。それは白い服を着た髪の長い女性のようだった。俯いているため顔は見えない。

車は智生の前を通り過ぎて走り去っていった。遠ざかっていく車を智生はしばらく見続けていた。車が見えなくなると智生は後ろを振り返り先ほど女性が立っていたところを見たが、そこには女性の姿はなかった。

その日から、女性の姿を見かけることはなくなった。やはり車に乗っていたのはあの女性だったのだろうか。気になりつつもそれ以上は智生には知りようがなくモヤモヤしたものだけが残った。



それから半年ほど経ったある日、智生は大学の友人数人との飲み会に参加していて、店を出たころにはすでに日付が変わっていた。智生の自宅がある方面への終電にはもう間に合わない時間だったため、飲み会に参加していた友人の家に泊めてもらうことにした。

友人の家まで二人で夜道を歩く。夜風が熱った体には気持ちよかった。友人も気分良さそうにしている。そうしてしばらく歩いていくと大きめの道路へとぶつかった。

横断歩道を渡るため二人で信号待ちをしていると、道を挟んだ反対側でも信号待ちをしている人の姿が見えた。智生はその人の姿を見た瞬間に心臓が口から飛び出さんばかりに驚いた。白のシャツに黒っぽいジーパン、そして腰まで伸びた長い髪。

間違いない、あの女性だ。なぜこんなところに。

隣の友人を見るが、先ほどまでと変わらず陽気に鼻歌を口ずさんでいる。

「なあ、あの女の人なんだけど」

智生が友人に訊くと、友人はキョロキョロと辺りを見渡した。

「えっ、誰もいないけど」

智生は道の向かいを指さすが、それでも友人はどこにいるのかわからないようだ。

やはり女性は智生にしか見えていないようだ。

そうしていると一台の車が近づいてくるのが見えた。そしてその車が女性の前を通り過ぎた瞬間に女性はかき消すように消えていなくなった。

翌日智生は女性が立っていた辺りで最近事故がなかったかを調べてみると、思った通り車の事故があったことがわかった。

そしてその事故があった日にちは、女性が車に乗ってあの場所からいなくなった日だった。

あの女性が乗った車は事故を起こし、女性はその場で再び別の車に乗ろうとしている。

それがどういうことなのか、そして女性の姿がなぜ自分にしか見えないのかも、智生には分からなかった。

あの女性からは怒りや憎しみ悲しみのような感情は何も感じられない。ただ獲物を待ちそして死へと誘うだけの存在。もしかしたらあの女性は死神なのかもしれない、智生はそう思って心底から震えるのだった。

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