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君は愛しのメランコリア  作者: 桔梗


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29/29

昨日とは違う自分

明らかに誤魔化されたのに、それ以上追及する気力がセレナにはなかった。

仕立て屋たちはすでに次の作業に移っており、侍女たちが手際よく生地を運び、採寸のための台を整えている。


「では奥様、こちらへ」


年配の仕立て屋に促され、セレナは衝立の内側へと案内された。


***


肩幅、腕の長さ、腰の位置、裾の落ちる角度。


手際よく採寸されながら、セレナはじっと前を見つめていた。


布が肌に触れるたび、昔の記憶がかすめる。

一回目の人生で何度も着せられた、豪奢なドレスの数々。

皇太子妃として、やがては皇后として、誰よりも美しく正しく完璧であれと求められた日々。


褒められるたび、嬉しかった。

綺麗だと言われるたび、自分の価値がそこにある気がしていた。


――だが結局、それは自分の檻を飾る金細工でしかなかった。


「奥様?」


仕立て屋の声に、セレナははっと我に返る。


「少し腕を上げていただけますか」


「……ええ」


言われた通りに腕を上げる。


指先がわずかに震えているのを、自分だけが知っていた。


「このお色は奥様のお髪にもお肌にもよく映えます。夜のように深いのに、決して重たくならない。

奥様の瞳の色が、いっそう美しく見えますわ」


「……」


セレナは何も答えなかった。


そうして、仮縫いのドレスを身にまとわされる。

鏡の前へ立たされた瞬間、セレナは小さく息を呑んだ。

深い藍は、確かに自分によく似合っていた。


目立たない色を選んだつもりだったのに、不思議なことにその色は彼女の存在を静かに際立たせていた。

決して華美ではないが、自分の存在を最も引き立たせているように思えた。


「……綺麗」


思わず漏れたその一言に、周囲の仕立て屋たちがほっとしたように笑みをこぼす。


そのとき、衝立の向こうから、静かな足音が近づいた。


「入ってもいいか?」


ユリウスの声だった。


仕立て屋が慌てて振り返る。


「もちろんでございます」


ユリウスは衝立の向こう側へゆっくりと姿を見せた。


鏡越しに、ユリウスと目が合った。


ユリウスはしばらく何も言わなかった。

ただ、じっと彼女を見ている。


その沈黙に耐えきれず、セレナは先に口を開いた。


「……何か言ったらどうなの」


するとユリウスは、ようやく息を吐いた。


「綺麗だ。とても」


まっすぐな声だった。


「すごく似合っている」


セレナは咄嗟に視線を逸らした。


どうして、この人はこういうことをためらいなく言うのだろう。


お世辞なら、もっと軽く言えるはずだ。

だがユリウスはお世辞を言うような男ではない。

だからこそ、より一層恥ずかしさを感じる。


「……ありがとう」


それだけ返すのが精一杯だった。


老仕立て屋が満足そうに手を叩く。


「ではこの形で、細部を詰めてまいりましょう。首元は少しだけ開きを浅くした方が上品でございますね。

袖は長めにして、銀の刺繍を控えめに――」


「あぁ、任せる」


ユリウスが即座に言う。


セレナは鏡の中の自分を見た。


藍色のドレス。

白銀の髪。

少しだけ強張った表情。


それでも、そこに映る自分は、昨日までの“ただ諦めて生きていた女”とは少し違って見えた。


侯爵夫人、という肩書きのせいなのか。

それとも――


「奥様、こちらの髪飾りはいかがでしょう?」


侍女が差し出したのは、小ぶりの銀細工だった。


藍色のドレスの上に、静かな光を宿す髪飾り。

それはたしかに、驚くほど自然に馴染んでいた。


「……これでいいわ」


そうして、ようやく怒涛の仕立てが終わったのだった。

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