昨日とは違う自分
明らかに誤魔化されたのに、それ以上追及する気力がセレナにはなかった。
仕立て屋たちはすでに次の作業に移っており、侍女たちが手際よく生地を運び、採寸のための台を整えている。
「では奥様、こちらへ」
年配の仕立て屋に促され、セレナは衝立の内側へと案内された。
***
肩幅、腕の長さ、腰の位置、裾の落ちる角度。
手際よく採寸されながら、セレナはじっと前を見つめていた。
布が肌に触れるたび、昔の記憶がかすめる。
一回目の人生で何度も着せられた、豪奢なドレスの数々。
皇太子妃として、やがては皇后として、誰よりも美しく正しく完璧であれと求められた日々。
褒められるたび、嬉しかった。
綺麗だと言われるたび、自分の価値がそこにある気がしていた。
――だが結局、それは自分の檻を飾る金細工でしかなかった。
「奥様?」
仕立て屋の声に、セレナははっと我に返る。
「少し腕を上げていただけますか」
「……ええ」
言われた通りに腕を上げる。
指先がわずかに震えているのを、自分だけが知っていた。
「このお色は奥様のお髪にもお肌にもよく映えます。夜のように深いのに、決して重たくならない。
奥様の瞳の色が、いっそう美しく見えますわ」
「……」
セレナは何も答えなかった。
そうして、仮縫いのドレスを身にまとわされる。
鏡の前へ立たされた瞬間、セレナは小さく息を呑んだ。
深い藍は、確かに自分によく似合っていた。
目立たない色を選んだつもりだったのに、不思議なことにその色は彼女の存在を静かに際立たせていた。
決して華美ではないが、自分の存在を最も引き立たせているように思えた。
「……綺麗」
思わず漏れたその一言に、周囲の仕立て屋たちがほっとしたように笑みをこぼす。
そのとき、衝立の向こうから、静かな足音が近づいた。
「入ってもいいか?」
ユリウスの声だった。
仕立て屋が慌てて振り返る。
「もちろんでございます」
ユリウスは衝立の向こう側へゆっくりと姿を見せた。
鏡越しに、ユリウスと目が合った。
ユリウスはしばらく何も言わなかった。
ただ、じっと彼女を見ている。
その沈黙に耐えきれず、セレナは先に口を開いた。
「……何か言ったらどうなの」
するとユリウスは、ようやく息を吐いた。
「綺麗だ。とても」
まっすぐな声だった。
「すごく似合っている」
セレナは咄嗟に視線を逸らした。
どうして、この人はこういうことをためらいなく言うのだろう。
お世辞なら、もっと軽く言えるはずだ。
だがユリウスはお世辞を言うような男ではない。
だからこそ、より一層恥ずかしさを感じる。
「……ありがとう」
それだけ返すのが精一杯だった。
老仕立て屋が満足そうに手を叩く。
「ではこの形で、細部を詰めてまいりましょう。首元は少しだけ開きを浅くした方が上品でございますね。
袖は長めにして、銀の刺繍を控えめに――」
「あぁ、任せる」
ユリウスが即座に言う。
セレナは鏡の中の自分を見た。
藍色のドレス。
白銀の髪。
少しだけ強張った表情。
それでも、そこに映る自分は、昨日までの“ただ諦めて生きていた女”とは少し違って見えた。
侯爵夫人、という肩書きのせいなのか。
それとも――
「奥様、こちらの髪飾りはいかがでしょう?」
侍女が差し出したのは、小ぶりの銀細工だった。
藍色のドレスの上に、静かな光を宿す髪飾り。
それはたしかに、驚くほど自然に馴染んでいた。
「……これでいいわ」
そうして、ようやく怒涛の仕立てが終わったのだった。




