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君は愛しのメランコリア  作者: 桔梗


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23/29

紹介

目を覚ましたとき、最初に感じたのは――温もりだった。


(……?)


まどろみの中で、セレナはゆっくりと思考を巡らせる。

まだ夢の続きのように、体が重い。


背に触れる、確かな体温。

柔らかく回された腕。

呼吸のリズム。


すぐ近くで――誰かが、眠っている。


(……まさか)


一瞬で意識がはっきりと覚醒した。

セレナはゆっくりと目を開ける。


すぐ隣に、ユリウスがいた。

長い睫毛を伏せ、規則正しい呼吸を繰り返している。

昨夜の整った衣服ではなく、寝間着姿の彼は、昼間よりもずっと年相応に見えた。


帝国の英雄でも、若き侯爵でもなく、ただ静かに眠る一人の青年。

セレナはしばらく瞬きもできなかった。


昨夜、自分が先に眠ってしまったのだろう。


(起こすべき?)


ユリウスの呼吸が、一定のリズムで耳元に落ちるたびに、思考が揺らぐ。

セレナは、無意識に手を伸ばしかけて――止めた。


触れてはいけない。

ゆっくりと、自分の指を握りしめる。


代わりに、ほんの少しだけ体を引いた。

だが、その動きに反応するようにセレナを抱きしめるユリウスの腕の力が、わずかに強くなる。

逃がさない、とでも言うように。


「……っ」


(起きてるの……?)


「……セレナ」


掠れた声で、ユリウスがセレナを呼んだ。


「……もう朝か」


セレナの動きが止まる。


ユリウスはまだ半分眠っているようだった。


数秒の沈黙の後、朝の光の中、二人はただ見つめ合った。

先に視線を逸らしたのは、セレナの方だった。


「……おはよう」


思ったよりも小さな声になった。

ユリウスは少しだけ目を細める。


「おはよう、セレナ。よく眠れたか?」


「ええ。あなたもよく眠れた?」


「ああ、よく眠れたよ。起きたら隣に君がいることがとても嬉しい」


セレナには不釣り合いな、本当に穏やかな朝だった。


***


朝食を軽く済ませた後、セレナはユリウスに伴われて庭園へ出た。


朝露を含んだコスモスが、陽の光を受けてきらきらと揺れていた。

噴水の水音は清らかで、屋敷の静けさとよく馴染んでいる。


「この庭園は、母が世話していたものなんだ」


不意にユリウスが言った。

セレナは足を止める。


「……そうなの」


「あぁ。季節ごとに花を変えるのも、噴水の位置も、花が好きだった母が決めたそうだ」


ユリウスはそう言って、懐かしむように少しだけ目を細めた。

その表情は穏やかだったが、どこか遠い。


セレナは何も言えなかった。


沈黙のまま歩いていると、前方に二つの人影が見えた。


一人は、黒に近い濃紺の騎士服を着た長身の青年。まだあどけなさが残っているように見える。

背筋は剣のように真っ直ぐで、立っているだけで周囲の空気が引き締まる。

彼の瞳はルビーのように赤かった。


(あんな色の瞳は見たことがないわね……他国の出身なのかしら?)


もう一人は、少し離れた位置に立つ、灰色の髪の男だった。年はユリウスよりかなり上だろう。

穏やかな雰囲気だが、どこにも隙がないように見えた。


二人はセレナたちに気づくと、同時に礼を取った。


「紹介する」


ユリウスの声が、朝の空気の中で静かに響く。


「彼が、君の護衛を任せるカイラスだ。年は君と同じだから、接しやすいと思う」


黒髪の騎士が一歩前に出た。


「カイラス・ヴェルンと申します。今後は奥様のお側に控え、命に代えてもお守りいたします」


低く、無駄のない声だった。

カイラスは表情が豊かな方ではないようだ。


「命に変えるだなんて……自分を大事にしてちょうだいね。これからよろしくね」


「……奥様はお優しいのですね。ありがとうございます」


セレナはその瞳を見る。


冷たいわけではない。

だが、揺らがない。


ユリウスは続ける。


「そして、彼がエドガーだ」


灰色の髪の男が、どこか柔らかな笑みを浮かべて頭を下げた。


「エドガーでございます。若輩の主を長く補佐しております。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします、奥様」


「ええ、よろしく」


若輩の主――。


その言い回しに、セレナはわずかに目を細める。

親しみと敬意が、同時に滲んでいた。


「エドガーは、父の代から家に仕えているんだ」


ユリウスが静かに言う。


「俺にとっては……まぁ兄のようなものだ」


エドガーは小さく肩をすくめた。


「恐縮でございます。幼い頃の旦那様は、本当にそれはそれは、なかなか手のかかるお子様でしたね〜」


「おい、エドガー。余計なことは言わなくていい」


珍しく、ユリウスが動揺していて、それがあまりにもおかしくて、セレナは思わずユリウスを見た。

エドガーは楽しそうに目を細めた。


「失礼いたしました〜」


ほんの短いやりとりだった。

だが、その一瞬だけ、セレナは見たことのないユリウスを見た気がした。


侯爵でも、英雄でもなく、誰かにとって、ただの少年であるユリウスを。

そのことが、なぜだか妙に胸に残った。

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