結婚式
高く張られた天幕から、淡い光が降り注ぐ。
純白のドレスはその光を受け、まるで月光をまとっているかのように輝いていた。
祭壇の周囲を埋め尽くす花々――白薔薇、鈴蘭、薄紫のリラ。
甘やかな香りが空気を満たし、祝福の鐘の音がゆるやかに響く。
あまりにも美しい花嫁の姿に、誰もが息を呑んだ。
銀の髪は丁寧に編み込まれ、繊細なヴェールが肩を流れ落ちる。
その淡い青の瞳は静かで、澄みきっていて、けれどどこか遠い。
男たちは無意識に視線を奪われ、女たちは羨望と嫉妬の入り混じった眼差しを向ける。
そして――帝国の英雄となったユリウスにも、令嬢たちの熱い視線が集まっていた。
深緑の礼装、胸元に輝く勲章。
以前の寡黙な少年の面影を残しながらも、今や戦場を知る男の落ち着きをまとっている。
ユリウスは一歩もセレナの元を離れない。
視線が集まろうと、囁きが飛び交おうと、その立ち位置は決して揺るがない。
彼の手は、さりげなく、しかし確かにセレナの背に添えられている。
まるで、過去など存在しないかのように。
まるで、この結婚が最初から運命だったかのように。
終始和やかで、盛大な祝福に包まれた式だった。
だからだろう。誰もが忘れていた。
彼女が皇太子を盛大に振ってまで選んだ結婚だということをーー。
「皇太子殿下のお越しです!」
空気が変わる。
アレクは結婚式には現れず、祝宴に遅れて現れた。
金糸をあしらった軍装。
完璧に整えられた金髪。
血のように赤い瞳。
「遅れてすまなかったな。おめでとう、セレナ。そしてユリウス」
完璧な祝辞。
だが、その瞳は笑っていない。
グラスを軽く掲げ、乾杯の姿勢を取るが、どこか芝居がかった仕草だった。
アレクの皮肉交じりの言葉に、周囲の貴族たちの間に微かなざわめきが広がった。
まず、誰もが一瞬、言葉の裏に隠された意図を感じ取ったようだった。
アレクがユリウスとセレナに向けた「おめでとう」の言葉が、まるで不自然に響き、
祝福の言葉にしてはあまりにも冷たかったからだ。
「皇太子殿下、ありがとうございます」
ユリウスがセレナの隣で淡々と答えた。
ユリウスの腕に手を回していたセレナの手に微かに力が入ったことに、ユリウスは気づいた。
(大丈夫よ)
セレナは自分に言い聞かせる。
一部の貴族たちは、微笑みながらも明らかにその言葉に引き寄せられた視線を交わした。
「皇太子殿下はまだセレナ嬢のことを.....」
「おそらく、セレナ嬢のことをまだ諦めていないのでしょうね」
低くささやかれる声が、祝宴の喧騒にかき消されず、次第に広まっていった。
「皆、引き続きパーティーを楽しんでくれ」
アレクのその言葉で、セレナとユリウスの間にわずかな緊張が流れる中、祝宴は続き、
貴族たちの話題も少しずつ他に移っていった。
アレクは二人に近づく。
「まさか、君がこんなにも早く身を固めるとは思わなかった。しかも、ユリウスを選ぶとはね」
ユリウスが微笑む。
「殿下にそう言っていただけるとは光栄ですね。私は幸運だったのでしょう」
(……庇ってくれたのね)
ユリウスは表情を変えなかったが、その手にはわずかな力が込められていた。
セレナは黙ったまま、グラスの縁を指でなぞっていた。
「そうか、まぁ結婚したからといって気を抜かないことだな。結婚はあくまで始まりなのだから。それに、人の心はうつろいやすいものだろう?」
明らかな挑発だった。
だが、今度はセレナが答える。
「殿下のご結婚の際には、ぜひお招きくださいませ」
完璧な微笑みだった。
その様子にアレクは沈黙し、立ち去った。
祝宴は続く。
何事もなかったかのように。
だがセレナは知っている。
これは平穏などではない。
嵐の前の、静かな一瞬にすぎない。
それでも――隣にいる男の体温だけが、確かな現実だった。
ユリウスは寄り添うだけで何も言わない。
だがその沈黙は、どんな言葉よりも強かった。




