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君は愛しのメランコリア  作者: 桔梗


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13/29

愛しいあなた

ーーだがルシアンと逃亡した翌年、二人はあっけなくレオンに見つかってしまった。


「お兄様……お願いよ……見逃して?私今とても幸せなの。どうか……どうかお願いよ……」


「……セレナ……すまない。お前の願いは聞いてやれないんだ。俺と一緒に帰ろう」


「嫌よ……お兄様……お願い……」


ボロボロと涙を流すセレナの隣で、ルシアンは彼女の肩を力強く抱き寄せた。


「レオナード様、私の命でセレナ様を守れるのであれば、喜んでこの命捧げましょう。ただし、セレナ様のことはどうかこのまま見逃してくださいませんか。どうか、どうかお願いいたします」


「……ルシアン!何を言っているの!」


「悪いが、お前の首は皇太子殿下のもとに持ち帰らせてもらう。だが、セレナは帰らねばならない。見逃すことはできない」


「でしたら、私はここで死ぬわけにはいきません!」


ルシアンはセレナの手を強く握り締め、「セレナ様、走ります!」と言うと、レオンに背を向けて走り出した。


「……ルシアン、どこに逃げるの……?」


「セレナ様、もう少しの辛抱です。この先に、私が以前お世話になった教会があります。彼ならきっとあなたを守ってくれるはずです……!」


「……嫌よ、あなたはどうするの!?」


「……大丈夫ですよ。私も後から向かいます。セレナ様はどうか先に隠れていてください。レオナード様も他国の教会の中まで追ってはこれません!」


そうして二人は大きな教会の前にたどり着いた。


セレナは震える手でロザリオを握った。


「このロザリオを持って、入ってください!そして、セオドア様に助けを求めてください!」


「嫌よ!あなたも一緒に――」


「セレナ様!」


その声は、初めて彼が見せる強い声音だった。


「私はあなたが生きていれば、それでいい!」


その瞬間、背後で馬の蹄の音が止まった。レオンだった。

馬を降り、レオンは静かに二人を見つめている。


「逃げ切れると思ったのか?」


その声に、怒りはなかった。

ルシアンがセレナの前に出る。


「レオナード様。あなたは妹君を愛しているのでしょう?」


「当然だ。愛している」


即答だった。


「ならば、なぜ――」


「だが、俺は帝国の人間であり、公爵家の人間だ」


ルシアンの目が細くなる。


「皇太子殿下の命令ですか」


沈黙ーーそれが答えだった。


「セレナを連れ戻せ。男は始末しろ」


淡々とした言葉。

セレナの体から血の気が引く。


「始末……?」


レオンの拳が震えている。


「今ならまだ間に合う。セレナ、お前だけなら守れるんだ」


「守る……?」


セレナの声が崩れる。


「ルシアンを殺して?」


レオンは目を閉じた。


「……俺に選択肢はないんだ」


嘘だ、とセレナは思った。

兄なら、どうにかできると思っていた。


でも違った。

兄はどうやっても帝国の人間だった。


「セレナ様!早く教会の中へ!!」


「嫌よ!」


「どうか……お願いです!!」


その一言に、セレナは動けなくなる。

レオンが剣を抜いた。


「レオン!やめて!!」


ルシアンが振り返った。

その目は、満ち足りていた。


「私は、あなたと過ごした時間で十分幸せでした」


セレナの視界が滲む。

彼との思い出が一気に蘇る。


狭い部屋。

粗末な食卓。

二人で分けたパン。

暖炉の前で重ねた指先。


次の瞬間、レオンが剣を振り下ろした。

ルシアンの身体が崩れ落ちる。


「ルシアン……いや……」


彼の手が、彼女の頬に触れる。


「泣かないで」


「嫌よ……私を置いていかないで」


「あなたは……生きて……」


言葉が途切れる。


セレナは血まみれの手でルシアンを抱き締める。


「あなたとなら……何もいらなかったのに」


彼の心臓は、もう動かない。

セレナの中で、何かが完全に死んだ。


彼の瞳から、光が消えていく。

その時、セレナは初めて絶叫した。


「いやああああああああああああああああああああああああッ!!!」


胸の奥が裂ける音がした。

セレナは崩れ落ちたルシアンの身体を抱き起こす。


「起きて……お願い、起きて……」


何度揺すっても、彼は目を開けない。


レオンは立ち尽くしていた。

剣を握る手が震えている。


「……セレナ」


その名を呼ぶ声は、兄の声だった。


「……帰るぞ」


その一言が、何よりも残酷だった。

セレナはゆっくりと顔を上げる。


「……お兄様」


掠れた声でセレナが呟く。


「私は、あなたを信じていたわ」


「お前を守るためだ」


「違うわ。あなたは、妹よりも帝国を選んだのよ」


セレナはルシアンの頬に額を寄せる。


「ねえ、私……あなたのいない世界で……どうやって生きればいいの?」


答えはない。

血の匂いだけが、濃くなる。


セレナはゆっくりと立ち上がる。

血で濡れたドレスの裾が、重い。

レオンが一歩近づく。


セレナは隠していた短剣を抜いた。

レオンの顔色が変わる。


「やめろ!」


「あなたは言ったわね。私だけなら守れるって」


刃先を自分の胸に当てる。


「じゃあ、守ってみせて」


「セレナ!!」


レオンが駆け出す。

でも、もう遅い。


セレナは一瞬だけ、空を見上げた。

夕焼けがとても綺麗だった。


「ルシアン」


唇が微笑む。


「今、行くわ」


そして、ためらいなく刃を押し込んだ。


鋭い痛み。

だが、それは皇宮で味わった痛みより、ずっと優しい。


血が溢れだし、身体が傾く。

レオンがセレナの体を抱き止める。


「……なんでだ!!」


レオンの震える声。

セレナはかすかに目を開く。


「お兄様……私、幸せだったのよ」


涙が、レオンの頬を伝う。


「……すまない……すまない……」


セレナの視界が暗くなる。

最後に見えたのは、ルシアンの愛しい顔だった。


「愛してるわ……ルシアン……」


かすかな囁き。

そして、セレナの心臓の鼓動が止まった。

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