四十五歳、冴えない中年王子との婚約を放棄したら……ありえない結末になった件
◆1
今日はエミリア嬢の十七歳のバースデーパーティー。
夕方から始まるパーティーに、ディナーを担当するコックたちは張り切っていた。
お屋敷には、男爵家の令嬢エミリアのお祝いに、大勢の人が駆けつけた。
沢山の豪華な花束が、次々と届けられ、受け取るメイドたちも花瓶に花を入れるのに大忙しだ。
その豪華な花よりも、ひときわ美しく、華やかな装いで微笑んでいるのが、主役のエミリアだ。
広間の大きなシャンデリアがキラキラと輝く中で、彼女は来客にお礼の言葉を言っている。
シャンデリアの煌めきに合わせて、エミリアのプラチナブロンドの髪もキラキラと輝いている。
青い湖を思わせる大きな瞳は深く澄んでいて、見る者を引き込んでしまうようだ。
赤い唇は果実のように、みずみずく、ふっくらとしている。
誰もが、その完璧な美しさを認めざるを得なかった。
「ほんとに、お美しく成長されましたね」
「あんな立派なお嬢様になられて」
小さな花の刺繍が色とりどりに飾られている、水色のドレスを身にまとい、エミリアは人々に挨拶をしていた。
エミリアが動くたびに、花の妖精が踊っているように見える。
まるで、かぐわしい香りを発散させて、人々を魅了する花のようだ。
エミリアの両親も、重臣たちも、友人も、みなが心から祝ってくれていた。
「これでしたら、王子様もお喜びになりますね」
「待ち遠しいですわね。エミリア様の十八歳のお誕生日。
一年後には王子様との結婚式ですものね」
エミリアは幼い頃から、王子様との結婚が定められていた。
彼女は、人々のささやきを耳にしながら憂鬱な気持ちになっていた。
(来年、結婚ですって?
私は嫌。
だって、王子は四十五歳の、冴えないオジサンなんですもの。
いくら裕福になって遊んで暮らせるからといって、私の意思を完全に無視しているわ。
私はこんなに美しく育ったんですもの。
もっと素敵な恋愛がしたい。
貧しくても、愛する人と生涯を共にしたい!)
エミリアの心の中を知らずに、来客たちは、浮かれ騒いでいた。
お酒やオードブルが次々と消費され、おしゃべりと笑い声が絶えず波のように押し寄せた。
エミリアは耳をふさぎたくなった。
(もう、こんな所にいたくない。
今夜こそ、絶対、お父様とお母様に、私の意思を告げるわ。
私は絶対に、あの王子様とは結婚しません。
大丈夫。お父様もお母様も、私には大甘なんだから)
エミリアの決意は固かった。
血が滲むほど、唇を強く噛み締めた。
◆2
その夜遅く、エミリアは両親と向き合って話をした。
エミリアの決断に、両親は青褪め、憔悴しきっていた。
父親が懇願するように、
「お願いだから、そんな身勝手なことは言わないでほしい」
と、弱々しく声を出した。
母親は、顔を伏せてずっと、泣いている。
絹のハンカチには、涙が滴っていた。
エミリアは、両親が少しだけ可哀想と思ったけれど、決然と言い放った。
「自分の幸せは、自分でつかむことにしたの。
私はそういう女性として、生きていきたいの。
決められたレールに乗った結婚なんて、絶対にしたくない。
お願い!
お父様もお母様も、理解して下さい。
だって、こんなに美しくて、賢い娘に育ったんですもの。
それは、お父様とお母様のお陰よ。
立派な女性に育ててくださって感謝しています。
ありがとうございました」
エミリアは感極まって、泣きながら話した。
彼女は自分の気持ちを言うだけ言って、そのまま自室に立ち去った。
両親は、重苦しい表情で、互いの顔を見詰め合った。
父親が、ふーっと溜息をついた。
「どうして、あんな子になってしまったんだ」
母親も、深くうなずきながら、悲痛な声を出した。
「おかしいわ。
お妃教育だって、きちんとプログラミングしたのに。
なぜ、あの子は……狂ってしまったんだわ。怖い」
「そうかもしれん。
自由意思を設定すると、必ずこうなる。
でも、自由意思設定は、王子の希望だから外せない。
困った……」
◆3
翌日、地下の焼却炉に、大きな粗大ゴミが運び込まれた。
「おい、ゼノ爺さん。こいつも頼むわ」
若い下男が、焼却炉を預かるゼノ爺さんに声をかける。
運ばれて来たゴミは、美しいドレスに身を包んだエミリアだった。
大きな青い瞳は開いたままだけど、もう何も映していなかった。
ゼノ爺さんは、顔を曇らせた。
「貴族のやることは、わからねぇ。
こんな別嬪さんを燃やしてしまうんだから」
ゼノ爺さんは、いつもの要領で斧を振り下ろし、不用品を燃えやすいように小さくした。
エミリアの首を持ち上げると、
「ワシの嫁さんにもらいたかったよ」
と悲しげに言って、その首を焼却炉の中にポイっと放り投げた。
お屋敷の居間には、大きなベビーベッドが置かれていた。
中には、愛くるしい顔の赤ちゃんがスヤスヤと眠っていた。
お母様が、
「エミリアたん、早く大きくなってね」
と優しい声をかけて、小さな手を握っていた。
お父様は、
「今度こそ、絶対上手くいくよ」
と言って、新しい赤ちゃんを眺めていた。




