天女の資格
貴子は黄色い縁取りのある薄いベールを被ってその場所へと急いだ。
今回資格を取得したのは3人。
寺内貴子(34歳独身OL)もその1人だ。
3人それぞれがバス1台ずつに乗り込み、
目的地を目指すことになる。
朝7時にある建物の前で待ち合わせて
中のエレベーターで地下のバス乗り場へと
向かった。
エレベーターは混んでいて、沈黙と緊張の中
貴子たちは固まって立っていた。
階に着きドアが開くと、みなまるで吸い寄せられるように決められたバスへと乗り込んだ。
もうすでに乗客は8割方乗っていて、
貴子はいちばん後ろの空いていた席に腰をおろすと発車を待った。
見知らぬ者同士のせいか特に会話もなく、
互いの顔に視線を走らせるも口を利く者はいない。
最前列の席に黒服サングラスの若い男が2人、乗客に座る席を指示する声が時折聞こえた。
バスは定刻に発車した。
貴子はふと視線を感じて左を向くと、看護師姿の中年女性がにっこり笑った。
「あの黒服の男はガイドなのよ。」
「そう。」
「何も教えてくれないのよ、先のことは
ね。」
「そうなの?でもバスは快適ね。」
「そうね。」
貴子と女性が話し出した頃には、少しずつ他の乗客たちにも会話が生まれ、バスの中はなんとなく穏やかな空気に包まれてあまり揺れも感じなかった。
「もう少し経つと、通過地点で揺れるらしいよ。」
右側に座っていた高齢男性が口を開いた。
「なんのこと?」
「境い目を通過する時のことさ。あんたは生きてるから、かなり辛いんじゃないかな。」
「ひどく揺れるってこと?」
男性がうなづく。
「どのくらいの時間ですか?」
「さあな。」
「このバスは揺れるのさ。後ろについてきてるタクシーのほうがマシかもな。」
振り返ると、若い男女の乗ったタクシーが
1台ついてきていた。
「あれなら揺れないの?乗り換えようかしら。」
「だめよ、あれはあれで別の苦しみよ。ほら見て!」
見るとタクシーの運転手も乗客も消え、
無人になって走っている。
「あのまま境い目に突入するのよ。消えて感覚だけのほうが怖いわ。」
「でもなぜわかるんです?」
「さあ?私たちにはなんとなくわかるの
よ。」
その時私はこらえ切れない気分の悪さを感じて、必死に前の方にいる黒服の男に叫んだ。
「すみません。私、長時間揺れると気分が悪くなるんですけど。」
「運命との闘いです。仕方ありません。」
男は振り返ってそれだけ言うと、また前を向いたまま、じっと動かなくなった。
バスはその直後、ガタガタと揺れ出した。
「来るぞ、来るぞ。」
右側の老人がつぶやく。
揺れが激しさを増していくなか、貴子は気持ちの悪さで、今にも倒れそうだった。そして
大きな波に飲まれたように次第に意識が遠くなり、座席に沈み込んでいった。
「大丈夫?」
目を開けると、あの看護師の女性とほか数人の乗客の顔があった。
「ええ、なんとか。もう着いたの?」
バスは停車していた。
あの黒服の男が、開いた前のドアから一人ずつ乗客を降ろしている。
「行かなきゃ。ここからは私の役目だもの。」と貴子が言うと、
「しっかりね。」と乗客たちから声がかかった。
貴子はまだ少しフラフラしながらも、乗客たちの声に送られてバスを降りた。
「眩しい。」
貴子は反射的に右手を目にかざした。
到着したのは、噂に聞いたまばゆいばかりの
天国の門。
貴子の本当の仕事はここから始まるのだ。
新米天女の貴子は客たちを案内して天国に入り、二度と下界に戻ることはない。
なぜならこの先永遠に天女として生きる道を選んだから。
この世は資格の時代となり、いろんな業種でPCスキルが問われ、IT関連も大流行りだ。
でも、目が見えなくなったら、手が利かなくなったらどうする。
貴子は永遠に使える資格を手に入れたのだ。




