彼女の唇
……ねーユカ。武と付き合ってんの?
……まっさか!私別に好きな人いるし。
……武。最近ユカと仲いいじゃん。付き合ってんの?
……なっ、何言ってんの!?付き合ってなんかないって!
そう言いつつも、今日も2人は仲良さげに話をしている。
何なの一体。
どうして隠すの。本当の事言ってよ。ユカ、あんたはあたしの親友じゃないの?
はっきり言ってくれないと私、いつまでたっても諦められないよ。
「なぁ、あの2人って付き合ってんの?」
「さぁ。いつもはぐらかされるし。違うみたいだけど?」
「でもお似合いよね」
「でもさぁー」
みんなの話題になってること、あの2人は知らないのか?
蒸し暑い夏のある日。
クーラーのないユカの部屋。
「やっぱクーラー欲しいわー」
ユカが言う。
ふと。
顔を上げた私は、煙草の匂いに気づいた。
夏の匂いと共に、風に運ばれる煙草の匂い。
ユカの吸わない煙草。
――俺も禁煙すっかなぁ――
武。
衝動的に、私はユカの唇に唇を合わせていた。
唇を舌で舐めると、かすかに煙草の味が残っていた。
これって……敗北?
「なぁ」
人気のなくなった構内で、私は武に呼び止められた。
「何」
次の言葉は容易に想像出来た。
俺の女に手を出すなとか、お前ってレズなの、とか。
好きな人がライバルなんて変なの。でも、それもいい。
壊してしまいたかった。
2人の仲を、壊したかった。そして私を見てくれるなら。
「お前って……ユカのことが好きなの」
やっぱり。
「そうだって言ったらどうする?」
武がかすかに息を呑んだ。
狼狽してる。
私は微かに笑みを浮かべる。
「……これ」
すっと、武の手が差し出された。手を出すと、ころんと転がったのは…指輪?
「これ…どう思う?」
ああ、なんだユカか。
思った以上にぐさっときて、思わず顔が引きつった。
「かわいいんじゃない?」
ぐしゃぐしゃに壊してやりたかったけど、そう言った時の武のほっとした顔を見たら出来なかった。
でもまた胸にくる。
武が何か言った。
「は?」
「だ、だから…やるよ、それ」
「……」
理解不能。
「これ?」
指輪を指すと、武は頷く。
「私に?」
また頷く。
「…なんで」
「……だって、誕生日だろ、今日」
「ああ…」
そう言えばそうだ。今日は私の誕生日だった。
でも今欲しいプレゼントはひとつだけ。
武に言ってみようか。プレゼントはいいから、ユカと別れてよって。
なんて。絶対言えないけど。
だって幸せなんでしょう?
「ありがとう」
指輪は有難く貰うことにした。例えユカと選んだやつだって、指輪に罪はない。
でも、なんで指輪?
一体どういう嫌味なわけ?
「好きだよ」
……………。
それだけとか、じゃとか言って、武は逃げるように去って行った。
「追いかけなくていいの?」
ひょっこり現れたのはユカだった。立ち聞きしてたらしい。
「…悪趣味」
「ごめんって。で、追いかけないの?」
「……どうして」
「だって、武のこと好きでしょう?」
「…………」
「その指輪」
手の上の指輪を指して、ユカが笑った。
「私も選ぶの手伝ったんだ。誕生日に告白したいけど、どうしていいかわかんないって武に言われて」
「え、なんで…付き合ってるんじゃないの?」
「付き合ってないよ。私別に好きな人がいるって言ったでしょう?」
「煙草…吸う人?」
ぷっとユカが吹き出した。
「なんだ。それで私にキスしたんだ。よかった。どうしようってずっと思ってたんだよ〜」
武は、薄暗くなった商店街を歩いていた。
「武!」
隣に立っても、煙草の匂いはしなかった。本当に、禁煙してるのかも。
何よ。人の気も知らないで。
「…っ、煙草なんか嫌いだ!」
「…知ってるけど」
「は?」
「だって前に言ってたじゃん。彼氏が煙草吸いすぎるのが嫌で別れたって」
「………」
確かに、あった気がする。
武はそんなことを覚えていたのか。
「ねぇ…なんであいつがいいの」
「は?」
「ユカだよ。…諦めろよ。あいつ好きな人いるよ。…男の」
「…さっき聞いた」
ああどうしよう。
武はなんだか怒っているし。
話したいことがあってきたのに、完全にタイミングを失ってしまった。
「じゃあなんで俺の所になんか来るんだよ。慰めて欲しいなら他の奴の所行けよ。俺、付け込むよ」
「だって!ユカの部屋…武の煙草の匂いがするんだもん。キスしたら本当に煙草の味がするし。付き合ってるって思うじゃん!」
「……え?」
「私、ユカのことが好きなんじゃないよ」
そう、それを言いたくて、ここまで走ってきた。
でもまだ足りない。
「私は、武のことが好きなの」
武の唇は、煙草の味がしなかった。
「だって禁煙中だもん、俺。誰かさんが、煙草吸う奴とは絶対付き合わないって言ってたからね」
あながち間違いではないんだけど。
でも、煙草の味がしたって武ならいいんだけどね。