07.そんなに心配しなくても大丈夫
「アデリナ様、来週末行われるパーティーですが、エスコートは俺に任せてもらえますよね?」
ニールと婚約して一週間。
基本的に、私たちの生活に大きな変化はない。
ニールは相変わらず私の護衛だし、元々ヘクターとはそんなに会うこともなかったし。
「……ええ、そうね」
夕食を終えて自室に戻ってきたところでニールにそう聞かれて、私は軽く頷いた。
今までパーティーに参加する際は兄たちにエスコートしてもらっていたけれど、婚約者がいるのなら、本来婚約者にエスコートしてもらうのが一般的だ。
ヘクターは、『姉上には婚約者がいないから僕がエスコートしてあげないとかわいそうだろう?』と言って私をエスコートしてくれたことはなかった。
まぁ、今となってはどうでもいい話だけど。
「ああ……俺が婚約者としてアデリナ様をエスコートできるのがとても嬉しいです」
感極まったように目を閉じて上を向くニールに、本当に人が変わったみたいだなと思いつつソファに座ると、速やかにニールも私の隣に座り、流れるように手を取った。
「アデリナ様に恥をかかせることのないよう、精一杯務めます」
「そんなに気を張る必要はないわよ。私は顔を出したらすぐ帰るつもりだし」
「えっ!?」
ニールの手をそっと離して静かに告げると、彼は大袈裟に声を上げた。
「俺とアデリナ様が婚約者として初めて参加するパーティーなのですよ……?」
「まぁそうだけど……これから何度もあるでしょう?」
王侯貴族は、よくパーティーを開いている。
私は王女として参加しなければならないことが多いのだ。
「初めてのパーティーは一度だけですが……」
「……」
ニールがしゅんと悲しげに眉根を下げたから、私も考えてしまう。
彼はそんなにパーティーが好きだったのかしら? 初耳だ。
これまでニールが女性をエスコートしているのを見たことがない。
私が参加するパーティーにはいつも護衛として参加していた。
それでも女性からダンスの誘いを受けているニールに、「貴方も好きに踊ってきていいわよ」と言ったこともあるけれど、彼はまるで私の護衛を体のいい断りとして使っているかのように「結構です」と速答したのだ。
女性には興味がないのかもしれないと思ったこともあるくらい、彼は仕事熱心で真面目な男なのだ。
そんなニールが、初めて一緒に参加するパーティーにそこまでこだわりがある人だったなんて、知らなかった。
いつも無表情でクールな彼が、そんなに楽しみにしてくれていたなんて――。
「わかったわ。それじゃあ貴方の満足がいくまで楽しみましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ、早く帰らなければならない理由があるわけでもないし」
くすりと小さく笑って答えると、ニールはとても嬉しそうに表情を緩めて両手を私に伸ばした。
「アデリナ様、抱きしめてもいいですか?」
「……ええ」
静かに頷いた私にそっと腕を回し、その広い胸の中に収められる。
こうして抱きしめられると、彼が本当にたくましい騎士であることがよくわかる。
太くてがっしりとした腕に、厚い胸板。
さすがにドキドキしてしまうけど、ニールの胸からも鼓動の音が伝わってきた。
こんなに完璧な人なのに、本当に私のことが好きなのね……。
ニールは私が十三歳のときから四年間も私の専属護衛騎士として付いてくれているけれど、彼がこんな顔をするのはこれまで一度も見たことがなかった。
あの日婚約破棄された私を急に好きになったわけではないだろうけど……一体いつから私のことを想ってくれていたのだろう。
ニールが私の護衛になったときには、私とヘクターの婚約は決まっていた。
だからニールは、誰にも気づかれないようにその気持ちを隠してくれていたの……?
それを思うと胸がきゅんと高鳴るけれど、一度目の断罪された人生では、彼はこうではなかった。
国王である父や神殿長が受け入れた処分を彼も静かに受け入れ、ただ私に付き添っていただけだった。
「……ニール、そろそろ離して。寝る準備をするわ」
「お支度なら俺が手伝いましょうか。婚約者なのですから」
「え……!? いえ、それはさすがに……!」
私を抱きしめたまま、耳元でそう囁かれて顔に熱が集まる。
支度を手伝うって、どういうこと!?
「さすがにメルに頼むわ……! 貴方ももう、休んでいいわよ」
「そうですか……気にされる必要はないのに」
まさかニールが冗談を言うようなタイプには見えないけど……本気なのだろうか。
でも、真面目な顔で言うことではないわよ。
「それじゃあ、また明日……」
「…………はい」
いつまでも私を離そうとしないニールに、もうドキドキしっぱなし。
確かに私も、ニールの胸の中はあたたかくて気持ちがよくて、いい匂いがして……少し名残惜しい気持ちになってしまう。
最後にぎゅっと強く抱きしめると、ようやくニールは私を解放してくれた。
ニールの鼓動の音は心地よかった。
「そうだ、婚約したのですから、これからは寝室をともにするというのはどうでしょうか?」
「し、しないわよ!!」
身体を離してくれたと思ったら、今度は至近距離で顔を合わせてそんなことを口にするニールに、やっぱり私は動揺してしまう。
「……ですが、結婚すればそうなるのですよ? 俺は貴女と離れたくない」
「……っ」
なんて甘い言葉だろう。この人が言うと、破壊力抜群だ。
きっと普通の女性なら、今の一言で彼にめろめろになって「はい……」と頷いてしまうだろう。
……え、怖い。まさかニールに限って言い慣れているわけではないわよね?
「まぁ……結婚したら、ね」
「――!!」
切なげに眉根を下げたニールに胸を打たれて呟けば、彼はたちまち嬉しそうに顔をほころばせていく。
「ありがとうございますアデリナ様! ああ、俺の妻……!」
まだ妻ではない。少し落ち着いてほしい。こんなに見た目は完璧なのに。
……本当にどうしてしまったのだろうか、クールで冷静な私の護衛騎士は。
「それじゃあ私はお風呂に入ってくるから」
小さく息を吐いて先に立ち上がると、彼は一瞬考えるようにしてから、きりっと表情を引きしめて口を開いた。
「衣服をまとっていないときに襲われでもしたら大変だと、いつも案じていたのです。これからは俺がお供します」
「やめて!!」
そんなに真剣な顔で言ったって駄目よ。
今まで何かあったことなんてないし、メルが一緒にいてくれるし。
本当に、ふざけているのか本気で言ってるのか、わからなくなる……。
「とにかく、今日もありがとうお疲れ様。ニールは働き過ぎて頭が疲れているのよ。早く休んで」
「では、入浴後は婚約者としてもう一度お部屋に伺います」
「今日はもういいから。また明日、朝食で会いましょう」
「……わかりました」
そう言うと、ニールは悲しそうにしゅんと肩を落とすけど、私は彼にもう少しちゃんと休んでほしくて言っているのだ。
別に一緒にいたくないわけではない。
兄様たちの提案で、今では食事をともにとっているけれど、これまでは本当に仕事熱心で、いつ食事をとっているのか、いつ寝ているのかもわからないほど、常に私の側にいてくれていたのだから。
「……」
ニールは本当に、いつでも私を大切にしてくれていた。
「いつもありがとう。明日もよろしくね」
「……はいっ!」
最後にそう声をかけると嬉しそうに笑ったニールの顔に、私の胸の奥がきゅんとうずいた。




