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05.婚約者の気持ち

 食事は可能な限り、三人の兄たちとともにとる。

 ニールと同い年で二十二歳の王太子、チャール兄様。第二王子でチャール兄様と双子のティルマン兄様。第三王子で十九歳のトビアス兄様。


 三人ともとても優しくて、私の大好きな兄。


「今度からはニールも一緒に食事をとったらいいんじゃないか?」

「そうだな。婚約したのだし、アディには新しい護衛を付けたらいい」


 いつものように私の少し後ろに控えて立っているニールを見て、チャール兄様とティルマン兄様が言った。


「ありがとうございます。しかし俺はこうしてアデリナ様を見守っていられるだけで胸がいっぱいです。それにアデリナ様の護衛を辞するつもりもありませんよ。アデリナ様をお守りするのが俺の使命ですから」

「はは、胸がいっぱいって。なんかお前、キャラ変わった?」

「ニールは本当に真面目な男ですね」

「だが結婚したらそういうわけにはいかないだろう?」


 ティルマン兄様、トビアス兄様、そしてチャール兄様と続いた言葉に、ニールは表情一つ崩さずに答える。


「……他の者を護衛に付けてもいいですが、俺が常に一緒にいるので大した仕事はできないでしょうね」


 まるでそれが護衛騎士としての模範解答であるかのように、さも当然に。


「ははは! 本当に頼もしいな、ニールは」


 それを聞いたティルマン兄様が愉快そうに笑う。


「というか王宮内ではそんなに常に一緒にいてくれなくても大丈夫なのだから、たまには自分家に帰ってゆっくり休んだら?」


 王宮内では、あちらこちらに騎士がいる。城の警備もしっかりしているので、侵入者が入ってくるということはまずない。

 だから三人の兄たちには常に護衛が付いているわけではないのに、私にはほぼ必ずニールが付いてくる。


 ただ一人の娘である私を大切にしてくれている父の意向もあるのだけど。


「アディ、そんなこと言ってやるな。見てみろよニールの顔を」


 チャール兄様に言われて彼を振り返ると、凜々しい眉をしゅんと下げて悲しげに私を見つめていた。


 三人の兄様たちは小さく笑っている。


 というか、本当にニールはどうしちゃったの……?

 どうしてこんなに突然人が変わってしまったみたいに、表情豊かになったのだろう。

 彼が表情を変えることすら、今まではあまりなかったのだ。


「だってニールは休みなく働いているから……! 純粋に少し休んでほしいと思って言ったのよ?」

「それは確かにそうだな。食事だっていつしているのかわからないし、夜だって鍛錬や書類仕事でろくに寝ていないだろう? やっぱりこれからはニールも一緒に食べよう」

「……かしこまりました。ありがとうございます」


 チャール兄様の言葉と私たちの視線を受けて、ニールは少し考えた後静かに頷いた。


「そうだそうだ! よかったな、アディ」


 ははは、と軽く笑いながら私に向かってそう言ったティルマン兄様に「え? 私?」と思ったけれど、それは口に出さないでおいた。




 *




「やっと二人きりになれましたね」


 食事の後、当然のように私の部屋についてきたニールは、ソファに座った私の隣に遠慮気味に立つと、表情を緩めて嬉しそうに言った。


「……とりあえず座ったら?」

「よろしいのですか?」

「ええ、いいわよ」


 メルは紅茶を二つ用意して部屋を出ていったのだ。一つは私、もう一つはニールの分。

 だから向かいのソファに座るよう、目で彼に促した。


「ありがとうございます。婚約者として貴女と一緒にいられることがとても嬉しい。あ、でも安心してください、俺はこれからも貴女の護衛騎士ですから」


 嬉しそうに微笑みながら私の隣(・・・)に座ったニールとの距離が、今にも肩が触れてしまいそうなほど近い。


「そう……。でも、それじゃあこれまでと何か変わるのかしら?」

「当然です。こうして貴女の隣に座ることを許されて、貴女に触れることだって――」


 そう言いながら、ニールは私の手を取って熱い視線を向けてきた。


「好きです、アデリナ様」


 その瞳はとても真剣だから彼が冗談でこんなことを言っているとはとても思えない。

 けれど、今まで彼に「好きだ」というようなことは一度も言われたことがないし、そういう目で見られたこともない。


 あまりに突然すぎる展開に、やっぱり私はついていけていないのだ。


「ねぇニール、貴方何かあったの?」

「……アデリナ様。改めて言わせてください。大勢がいる場ではなく、二人きりのときにこの気持ちを貴女に伝えたかった」

「……」


 私の質問には答えずに、うっとりと細められた紫色の瞳から、私も視線を逸らせなくなる。


「俺はこの先の人生、貴女をお守りするために生きると誓います。ずっと貴女の側にいたい。愛しています、心から。どうか俺と結婚してください」

「……っ」


 侯爵家の嫡男で、優秀な護衛騎士。容姿端麗で背が高く、私の手を握っている大きくてごつごつした手は、いつも鍛錬を欠かしていない証拠。


 いつも私の近くにいてくれて……私を助けてくれて……。


 彼はこんなに完璧な人なのに、その瞳には緊張の色が窺える。

 私のためにこれほど一生懸命になってくれるなんて。

 それも、偽りのない言葉で、まっすぐに気持ちを伝えてくれている。


 私は昨日婚約を破棄されたばかりで、危うく断罪されて国外追放になり、死んでしまうところだった。だから、こんなに急展開で護衛騎士と新しく婚約して、しかも愛されているなんて……。気持ちも頭もついていけていないけど……。


「……ニール、ありがとう。とても嬉しいわ」

「アデリナ様……!!」

「でも、正直まだ貴方のことがそういう意味で好きなのかはわからないの」

「……そうですよね」


 正直に今の気持ちを伝えたら、ニールは少しだけ切なげに目を細めて笑った。

 その表情にドキリと胸が鳴る。


「ですが構いません。必ず俺を好きにさせてみせます。俺は貴女の気持ちが自分に向くまで、いつまでだって待てますから」

「……ニール」


 どうして彼が急に私をここまで想ってくれるようになったのかはわからない。


 だけど、二人きりのときに改めて気持ちを伝えてくれるなんて、彼の誠意が本当に伝わってくる。


 最期のとき(・・・・・)を思い出して、思わず泣きそうになってしまうくらい、胸が締めつけられる。


「大切にしますよ、絶対。俺が貴女のことを守ってみせます」

「……」


 それでもニールは嬉しそうに顔をほころばせると、遠慮がちに握っていた私の手に、力を込めた。



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