04.新しい朝
「おはようございます、アデリナ様」
「……おはよう、ニール……」
……ニール?
………………ニール!?
「アデリナ様は寝起きのお顔もとても可愛らしい」
「…………っ!?」
目を覚まして早々、目の前ににこりと微笑むニールの顔があって、私はベッドの上で飛び起きるようにして身体を後退させた。
「な……っ、え!?」
「目が覚めましたか? では着替えて朝食に参りましょう。こうしてアデリナ様の目覚めに立ち会えて、俺はとても幸せです」
「いや……、なに言ってるの……? っていうかなんで普通に私の部屋に入ってるの……!?」
ここは私の寝室。そして私は今目覚めたところ。
それなのに、どうしてニールがこの部屋に入っているのだろうか。
それも大袈裟に感動して見える。ただ起きただけなのに。
いくら彼が私の護衛だとしても、私を起こしてくれるのは侍女の役目だ。
「……アデリナ様」
「え? なに?」
私の話を聞いているのかいないのか、彼はふと頰を赤らめて顔を横に向けると、咳払いをして言った。
「寝衣が乱れております。……その、俺は嬉しいのですが、そういうことはもっと時間があるときに――」
「……!?」
彼の言葉に自分の身体に視線を落とすと、首元が大きく開いている寝衣がずり落ちて、片側の肩が見えていた。
「……だから、どうして貴方がここにいるのよ!」
それを直しながら、こういうことがあるから男性であるニールがこの場にいることを咎めるように先ほどよりきつい口調で言う。
「今日からは婚約者ですから。何かおかしいですか? そもそも護衛騎士である俺が貴女の部屋に入ってはいけない理由もないと思うんですけどね」
「…………え?」
けれど私の疑問に平然とした口調で答えたニールに、一瞬言葉を詰まらせる。
彼の後ろには、いつも私を起こしに来てくれている侍女のメルが苦笑いを浮べて立っていた。
「今日から婚約者って、どういうこと?」
「陛下の許可も取りましたし、昨日アデリナ様も書類にサインしてくれたではありませんか。正式な手続きは昨夜のうちに終えたので、今日からアデリナ様は俺の婚約者です。俺の妻です。未来の」
「……はぁ?」
ちょっと待って。お願いだから待って。
「昨夜のうちに済んだって……そんなの嘘よ。そんなに早く婚約の手続きが終わるものですか!」
確かに昨日、あの後私はニールとの婚約を承諾して署名をした。
けれど、婚約が成立するまで数時間だなんて、聞いたことがない。
「誰に言ってるんです? 俺にかかればそれくらい簡単なことです。貴女が目覚めるのを俺がどれだけ楽しみに待っていたことか……」
「……!」
それを聞いて、彼が一体いつからここにいて、いつから私の寝顔を見ていたのかと思うと声も出せない。
「た、たとえ婚約が結ばれたとしても、私たちはまだ夫婦になったわけではないのだから、寝ているところに来るのはどうなのかしら……!」
「もう起きる頃かと思いまして」
「……」
まるで今来たばかりのような言い方だけど、そうなのだろうか。
メルに視線を向けると、やはり無言で苦笑いを返された。
「とにかく、今後は私の許可なく勝手に部屋に入らないで」
「そんな……!」
少し強めの口調で言いながらベッドから降りる私を見て、ニールはわかりやすく表情を歪ませる。
しゅんと肩を落として俯くニールに、彼はこんな反応をするような人だったかしら? と思ってしまう。
とにかく、いくら婚約者になったとはいえ、寝顔なんて見られたくない。
……しかもこんなに格好いい人に。
「……」
改めてニールの顔をじっと見つめる。
艶のある紫色の髪に、美しい瞳。なめらかな肌は白くて綺麗で、均整の取れた目鼻立ち。
「……? どうしました、アデリナ様」
「いいえ……、なんでもないわ」
切れ長の目は、いつもは少し冷たく感じるほど鋭いけれど、今はにこやかに緩められていて、優しい表情を浮べている。
私は本当にこの人と結婚するの……?
護衛を務めているときのニールとは違う表情に少しだけ胸が高鳴ったけれど、それを伝える勇気はまだない。
というか、あまりに急展開すぎて、本当にニールと結婚するという実感が、ない。
「着替えるから、さすがに出ていってよ」
「わかりました。では部屋の前で待っておりますので、何かあったらすぐに呼んでください」
「……何もないわよ」
少し残念そうな顔をしながらようやく部屋を出ていったニールにふぅと息を吐くと、メルが困ったように笑いながら近づいてきた。
「ニール様は、アデリナ様と婚約できてよほど嬉しいのでしょうね」
メルは私が幼い頃から侍女としてお世話をしてくれている。
茶色い髪を後ろで結っているその姿はとても美しい。
それに、兄しかいない私にとっては姉のような存在だ。
「それで、彼はいつからいたの?」
「さぁ……私がアデリナ様を起こしに部屋を訪れたときにはもう、扉の前におりましたので……」
「ずっと私の部屋の中にいたわけではないのね」
「ええ、そうだと思います」
よかった。一人で勝手に私の部屋に入ってくるようなら、チャール兄様に言って注意してもらおうと思ったけど、さすがにそれはないみたいね。
王太子である一番上のチャール兄様とニールは、同い年で特に仲がいいのだ。
その後メルに手伝ってもらいながら身支度を整えつつ、一体ニールはいつから部屋の前で待っていたのだろうかとふと考えてみた。
まさか、昨夜婚約が成立してからずっといたわけではないわよね……?
いや、いくらなんでもそれはないか……。
彼はそこまで暇ではないだろうし、そんなに早くから待っている意味もないのだから。




