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02.護衛騎士

「署名だけでは証拠が不十分かと」


 ニール・ヴァインシュタイン。

 私の護衛騎士で、侯爵家の嫡男。


 落ち着いた声だけど、いつもより息が上がっていて、額に汗が浮いている。

 急いでこの会場にやってきたのだということがわかるけど……でもおかしいわ、一回目の人生では、確か彼はこの会場に一緒にいたはず。


 ニールはこの場にいるどの男性よりも背が高く、黒い騎士服を着ていて、濃い紫色の髪と隙のない同色の眼光に、均整の取れた顔立ちがとても目立つ。


 静かに息を整えながらつかつかとこちらに歩み寄ってくるニールに、皆が注目している。


 だけど……。これは一回目の人生では起こらなかった展開なのだ。彼は元々この会場にいて、断罪される私をいつもと変わらぬ冷めた目で見つめながら、黙って話を聞いているだけだったのだ。


 ニールは、仕事はできる優秀な男だけど、いつもクールで冷静で、少し冷たい印象のある騎士。


「何を言う! ではこの者たちが嘘の署名をしたとでも!?」

「名前を書かせることなど、脅すか金にものを言わせれば可能でしょう。誰かこの場でそれを証言してくれる者は?」

「脅すなど……! いないが……では、聖女である姉上が嘘をついていると言うのですか!?」


 冷静な口調のまま、ニールが私のすぐ横まで歩み出る。

 ニールと向き合ったヘクターはその威圧に負けじと食いつくけど、どんどん顔が赤くなっていく。

 興奮しているのが見て取れる。


「俺はそう思っています」

「そんな……! ニール様……! わたくしは本当にこれまでとても酷い目に遭ってきたのです……! ニール様はアデリナ様の本性を知らないのです……! どうか、わたくしのことを信じてください……!」


 ずっと(ヘクター)の後ろに隠れていたイルゼが、ついに口を開いて前に出た。

 ニールに懇願するように近づき、瞳に涙を溜めている姿はとてもか弱く見える。


 やっぱりこの状況は、どう見ても私が聖女様をいじめた〝悪〟だ。


「……では俺からも」


 そう言うと、ニールは手に持っていた紙を広げ、読み始めた。


「イルゼ・ザクセン伯爵令嬢に強引に私物を奪われたことがある令嬢が八名、それを王女アデリナ様が取り返してくれたと語った者が五名」

「え……? ニール様……?」


 ニールの口から語られた内容に、イルゼの顔色が変わる。


「イルゼ嬢に「欲しい」と言われて断ると、勝手に盗まれたりとんでもないデマを広められたり、執拗な嫌がらせを受けるようになったと語った者が四名」

「何かの間違いです、ニール様――!」


 イルゼが叫ぶのを気にせず続けるニール。


「また、こんな話も聞きました。イルゼ嬢はアデリナ様に嫉妬しており、裏で「いつか痛い目に遭わせてやる」と語っていた――」

「そんなの、証拠がありませんわ!!」

「俺も署名ならもらっていますよ」

「!」


 手に持っている紙を国王と神殿長に見えるように掲げるニールに、イルゼとヘクターは一瞬言葉を失う。


「だが……階段から突き落としたというのは許されることではないでしょう!? アデリナ王女は聖女である姉上を殺そうとしたのだぞ……!?」


 唇を震わせながら呟かれたヘクターの言葉にも、ニールは顔色を変えずに答えた。


「それも、こういう証言がありました。イルゼ嬢は俺が階段の下にいるのを知っていて、わざと足を滑らせたのだと」

「!!」

「え……?」


 これまでと変わらない口調で語られたニールの言葉に、イルゼは顔を真っ赤にし、ヘクターは対照的に青ざめた。


 確かに、あのとき階段から落ちたイルゼを支えたのはニールだったけど……まさか、わざと落ちたというの……?


「しかし……さすがにそのようなこと……もし貴方が姉上を支えなかったら、大怪我を負っていたのですよ……!?」


 ヘクターの言葉には、私も同感だ。いくらニールが優秀な騎士でも、助けてもらえる保証はない。


「事前に大怪我を負わない魔法を自分にかけていらっしゃいましたよね?」

「……そうなのですか? 姉上……」


 ざわつく会場内の視線が、一気にイルゼに向けられる。


「……っしゃべったわね、リリー!!!」

「私じゃないわよ!!?」


 ぷるぷると肩を震わせて俯いていたイルゼが突然叫んだと思ったら、近くにいた友人にとても恐ろしい形相で食いかかった。

 友人なのかも謎だけど。


「嘘よ! あんたにしか言ってないんだからね!!」

「ええ……っ!? エマやソフィにも言ってたじゃない! 私聞いたわよ、あんたがニール様の気を引くためにわざと階段から落ちるって……あっ!」


 イルゼに迫られたリリー子爵令嬢は、顔を真っ青にして口を手のひらで覆った。


 けれど、既に遅い。


「ニール殿の気を引くため……? 姉上、それは本当ですか……?」

「……っ」


 会場内は一層どよめきを増していく。聖女イルゼから離れるように距離を取る者たち。


「……あんたが悪いのよ!! ニール様を独り占めして! 王女だからと、弟と婚約しているのにニール様にまで手を出すなんて、本当に強欲ではしたないわ!!」

「手を出すって……」


 どういうこと? 私は必要もないのにニールに触れたことはないのだけど。


「わたくしはニール様をずっとお慕いしておりました……! だからどなたからの求婚も受けずにきたのです……! 私は聖女ですよ!? 聖女と結婚すれば安泰です……! ですからニール様、どうかわたくしと――」


 あんな醜態をさらした後だというのに、イルゼはころっと態度を変えてニールに手を伸ばす。


「認めるのですね、アデリナ様に突き落とされていないと」

「……それは」

「俺は正直な人が好きです」

「……! そうです、ごめんなさい、突き落とされてなんかいませんわね、少し勘違いしておりましたわ! きっと疲れているのね」


 なんということでしょう……。

〝勘違いでした〟の一言で済ませようというのか。私はそのせいで一度命を落としたのに。


 ひどい。ひどすぎるわ。あれで聖女と言えるのかしら……!


 ……でもまぁ、助かったならそれでいいか。

 今後は恨みなんて買わないよう、静かに大人しく生きていこう。


「ニール様、こんなかたちでわたくしの気持ちをお伝えすることになってしまいましたが……わたくしは本当に貴方のことを――」

「退け。邪魔だ」

「え……?」


 自分のしたことを棚に上げて、聖女様(イルゼ)がニールに愛の告白でもしようとしていたのに、ニールは彼女のことをまったく見ていなかった。


 そして伸ばされた彼女の手を振り払うと、無駄のない所作でスッと私の前に跪き、この手を取った。その動作一つ一つが本当に美しい。



「愛しています、アデリナ様。俺は貴女だけを、この先も一生、死ぬまで……いや、その後もずっとお守りすると誓います。どうか俺と結婚してください」

「…………え?」



 護衛騎士からの突然の求婚に、私の頭の中は混乱する一方だった。




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