17.俺の1度目※ニール視点
本日3回目の更新です。
俺は一度アデリナ様を失っている。
今までずっとお側にいながら、貴女の本当の優しさに気づけていなかったなんて、俺はなんと愚かだっただろうか。
しかし、神はそんな俺にチャンスを与えた。
貴女を救うチャンスを。
アデリナ様は、俺の腕の中で息を引き取った。
俺は王女の護衛であるのに、彼女を守ることができなかった。
あの日――
王宮で開かれたパーティーで、アデリナ様の婚約者、ヘクター・ザクセンはアデリナ様を断罪した。
姉である聖女に嫌がらせの数々を行い、階段から突き落として命を奪おうとしたと。
一度目の俺は、王女の護衛でありながら、それを黙って聞いているだけだった。
常にアデリナ様と一緒にいた俺が、彼女がそのようなことをする方だろうかと疑問を抱きながらも、確かに末の王女で甘やかされて育っている王女のことを考えると、それもあり得るかもしれないと考えてしまったのだ。
本当に愚かだ。
あのときの俺は、何事にも興味が持てなかった。
家にいると父に「早く婚約者を決めろ」とせがまれるので、それが嫌で王宮騎士団に入った。
無心で鍛錬を積んだ俺は、恵まれた体格のおかげか、騎士に向いていたらしい。
優秀な成績を収め、言われるがまま王女の護衛となり、王女に迫る危険からその身をお守りするだけの、ただの人形となった。
だからそのときも、陛下と神殿長の判断に任せようと、罪を必死で否定するアデリナ様を冷めた目で見つめていただけだった。
そして王女には国外追放の刑が下された。
ヘクターが集めた証言を覆すことができる者はいなかったのだ。
アデリナ様を国外へお連れする馬車には、護衛騎士である俺が付き添うことになった。
四年間アデリナ様に仕えた俺の、最後の仕事だ。
これを機に、騎士は引退して適当な相手と婚約し、侯爵家の家督を継ぐため実家に帰ろうかと考えながら、絶望に俯くアデリナ様の隣に付き添った。
しかし――。
大雨のせいで地盤が緩んでいたため、山道を走行中の馬車が足を滑らせ、崖下に転落してしまった。
俺は咄嗟に、隣に座っているアデリナ様の身体をお守りしようと抱きしめた。
俺は人より身体が大きい。アデリナ様は平均よりも少し小さいので、その身体は俺の胸の中にすっぽりと収まった。
そのまま気を失った俺が目を覚ましたとき、誰かに身体を引っ張られていることに気がついた。
「……アデリナ様……?」
「ああ、ニール……目が覚めたのね、よかった……」
一瞬状況を理解できなかったが、馬車が崖下に転落したのだということをすぐに思い出した。
「アデリナ様、おやめください」
川に落ちたらしい俺たちだが、アデリナ様が俺の身体を川から引き上げようと引っ張ってくれているのだと理解して、やめるよう声をかける。
「駄目よ、このまま川の中にいたら死んでしまうわ」
「しかし、貴女も怪我をされている……」
俺の足には力が入らなかった。落ちたときに、折れてしまったらしい。
アデリナ様も、服が破けた肩から血が出ていた。他にも怪我をされているかもしれない。
それなのに、自分の倍ほど体重がある俺を、必死で川の外へと引っ張ってくれているのだ。
「死んだって構いませんよ、俺は自分の人生に期待などしていませんから」
「何を言っているのよ! 貴方ほど未来の明るい人はいないわよ!」
馬車の中では絶望して一言も言葉を発することのなかったアデリナ様が……、あの、我儘で汚れることや痛いことを嫌う王女が、肩から血を流しながら俺を運んでいる。
どうしてそこまでするのだろう……。
「今助けを呼ぶわ」
「……」
ようやく川から俺の身体を引き上げると、アデリナ様はそう言って胸に下げているペンダントを握りしめた。
「……おやめください」
そのペンダントは、陛下がアデリナ様に贈った特別な魔石でできている。
もし、王女が誘拐されたりした場合、自分の魔力を魔石に流して強く祈れば、居場所がわかるようになっているのだ。
しかし、彼女の肩からは止めどなく血が流れている。無理をして俺を運んだせいで、出血が多そうだ。
俺は王女に怪我をさせてしまったのか……。護衛失格だ。
ペンダントを握る手も、小刻みに震えている。
ああ……駄目だ。
そんな弱った身体で魔力を使えば、ただでは済まない。
人には皆、多かれ少なかれ魔力があるが、怪我をした場合、自分の魔力を削ることでその傷を補うことができる。
アデリナ様には、そんなに多くの魔力はないはずだ。
居場所を知らせるために傷口に魔力を当てず、取っておいたというのか――?
あの、我儘な王女様が?
「おやめください、アデリナ様」
「……」
俺が止めるのも無視して、アデリナ様は祈り続けた。
元々色白の彼女の顔が、どんどん白くなっていく。
「やめてくれ……頼む……」
「……」
足は動かないが、かろうじて腕には力が入った。
寝かされていた俺は、なんとか上体を起こし、腕だけの力で彼女に近づいてその手を掴んだ。
「やめろ……っ!」
しかし、一歩遅かった。
彼女のペンダントから放たれた紫色の光が、城のほうへ飛んでいく。
「ふふ、よかった」
「……っ!」
苦しそうにそう言って微笑むと、アデリナ様の身体がふらりと傾いた。
その身体をなんとか支えて、声をかける。
「アデリナ様!」
なんて馬鹿なことをしたのだ、この姫は……!
「貴女はこの国でただ一人の王女じゃないですか。俺なんかのために、どうして自分を犠牲にするのです……!!」
俺は貴女が断罪されているのに、ただ見ていた男です。護衛騎士であるのに、貴女を守れなかった男です……!
「私はもう終わりだもの……。国外に追放されたって、待っているのは地獄のような生活よ。今まで私を守ってくれてありがとう、ニール。貴方はとても優秀だから、きっと大丈夫。幸せになってね」
まるですべてを諦めたみたいにそう言ったアデリナ様から、どんどん血の気が引いていく。
血が流れる肩を押さえても、出血が止まらない。
「俺は……、貴女の騎士です……! 貴女をお守りするのが俺の仕事です……! それなのに……!!」
「もういいの。誤解をされるような生き方をしてきた私が悪いのよ。あの場で私を庇ってくれた人は、誰もいなかったしね」
「それは、皆聖女や神殿を恐れて……!」
それに今思えば、あの場にアデリナ様と親しい侍女のメルやご友人はいなかった。
それらもすべて、手を回されていたのかもしれない。
「もし人生をやり直せたら……今度はもう少し大人しく生きるわ。誰からも好かれるような王女になりたい……」
「アデリナ様……!! 今からでも可能です! だからもう、しゃべらないでください……!!」
「……」
俺の言葉を否定するように口元だけで笑って目を閉じたアデリナ様を、俺は何度も呼びかけて、冷たくなっていく身体を強く抱きしめた。
「アデリナ様、アデリナ様……!」
誰かのことをこんなに強く想って名を呼んだのは、初めてだった。




